第29話 化け物にも仕事はある
翌朝、俺は魔道具屋の前にいた。
昨日修理した冷却箱は、店先で何事もなかったように動いている。内部の魔力を感知すると、三本へ分けた導線にも偏りはない。
《まだ壊れてない》
自分の身体以外に作った構造が一晩残ったことが、妙に嬉しかった。
店主――ドルグという名前らしい――は開店準備をしながら俺を見るなり、奥を指した。
「ちょうどいい。昨日の続きだ」
「シゴト?」
「金が欲しいんだろ」
分かりやすい。
奥には故障した魔道具が七つ並んでいた。照明具、湯沸かし器、携帯用の着火棒、魔力計、簡易結界杭。見たことのない構造ばかりだ。
俺は一番近い照明具へ手を伸ばしかけて止めた。
「サワッテ、イイ?」
「昨日より社会性が上がったな」
許可をもらってから触れる。
壊れた箇所を探すだけなら簡単だった。魔力感知で流れを見て、不自然に途切れている場所を辿ればいい。
問題は、直せることと直していいことが別だったことだ。
照明具の導線を一本増やそうとすると、ドルグが止めた。
「それじゃ規格外になる」
「ナオル」
「直っても、次に別の職人が開けた時に困る」
《規格》
俺の身体にはない発想だった。
自分なら、その時必要な形へ変えればいい。人間の道具は、誰が触っても同じように扱えることに価値があるらしい。
ドルグは棚から薄い板を取り出した。線と記号が並んでいる。
「術式図だ。まずこれを読め」
魔法文字は日常会話より難しかった。
記号一つが『流す』ではなく、『この属性の魔力を、この圧力以下で、この方向へ流す』という複数の条件を持っている。
俺は実物と図を交互に見た。
三十分ほどで、意味の対応が見え始める。
【外部魔力記述体系を解析中】
【基礎術式記号:17%】
「早いな」
「ミレバ、ワカル」
「それを普通は何年かけて覚えるんだよ」
人間は身体の構造も、魔法も、全部外から覚えないといけない。
俺は触れれば流れまで見える。
便利だ。
その代わり、人間は一度覚えた知識を紙に残し、他人へ渡せる。
俺にはその方が不思議だった。
◇
昼までに三つ直した。
一つは導線の断線。二つ目は魔晶固定具の摩耗。三つ目は術式板の焦げ。
四つ目の魔力計で失敗した。
壊れていると思った導線を交換した途端、針が振り切れた。
「止めろ!」
ドルグの声より先に、俺は内部へ魔力を逆流させていた。
分流で三方向へ逃がし、魔力嚢へ一部を受ける。
器具が破裂する直前で止まった。
「……何した?」
「ナカ、コワレテナイ。ハカル、キジュン、ズレテル」
原因は導線ではなかった。
測定基準になる小さな魔晶が劣化し、通常の半分しか魔力を保持できなくなっていた。そこへ新しい導線を通したので、相対的に入力が大きすぎた。
俺は少し考える。
《身体なら、基準側を作り直す》
でも道具は規格を守る。
ドルグへ聞く。
「オナジ、マショウ、アル?」
「ある」
交換すると正常に動いた。
昨日なら、無理やり分流経路を増やして終わっていたかもしれない。
人間の道具を直すには、俺の最適解ではなく、その道具の最適解を考える必要がある。
《これも解析か》
対象の形だけではなく、使われ方まで読む。
少し面白い。
作業が終わると銀貨を五枚もらった。
昨日より多い。
「オオイ」
「爆発を止めた分だ」
「バクハツ、シタラ?」
「お前が払う側だった」
危なかった。
◇
午後、ドルグが一人の男を連れてきた。
革鎧に泥。腰には短剣。背負っている袋から、昨日買った廃晶と同じ反応がする。
「旧中継遺構から品を持ってくる回収屋だ。名はバルザ」
男は俺を見るなり露骨に顔をしかめた。
「これが昨日言ってた黒いのか?」
「ネクサ」
「名前は聞いてねえ」
俺も似た会話をしたことがある。
バルザは袋から廃晶を三つ出した。
形も大きさも違う。ただ、表面の魔力配列は同じ方向へ崩れている。
俺は一つずつ離れた位置から観察した。
「ドコニ、アッタ?」
「東の遺構。地下の方だ」
「チカ?」
「上はもう拾い尽くした。三月前に床が崩れて、新しい区画が出た」
三月前。
森冠獣が急激に強くなった時期と一致するかは分からない。
だが近い可能性はある。
「クロイ、オオキイ、ケッショウ、アッタ?」
バルザの表情が変わった。
「何で知ってる」
リナとガドも俺を見る。
「モリカンジュウ、ナカ」
「……あの化け物に?」
バルザは声を落とした。
「遺構の地下にもある。触ってない。触った奴が一人、おかしくなったからな」
「オカシク?」
「身体じゃねえ。頭だ」
俺の感覚統合中枢が、わずかに緊張した。
「最初は普通だった。黒い柱に触れて、数分後から同じ言葉を繰り返した。『接続する』『戻る』ってな。押さえようとしたら仲間に噛みついて、そのまま地下へ走っていった」
「シンダ?」
「分からん。追えなかった」
黒脈晶は生体構造を書き換えるだけではない。
意思にも触れる可能性がある。
霊子認識相の設定を知らなかった頃なら、俺は今すぐ触りたくなっていたかもしれない。
今も触りたい。
かなり。
でも、先に準備がいる。
「イキタイ」
バルザは即答した。
「嫌だ」
「カネ、ハラウ?」
「命の値段には足りねえ」
なら別の方法。
「オレ、マモル。アンナイ、スル」
「お前が?」
俺は右腕だけ外套の内側で砲身形態へ変え、すぐ戻した。
バルザが黙る。
ガドがため息をついた。
「行くなら正式な依頼にしろ。勝手に出れば、今のお前は三日の滞在許可を破ることになる」
《また制度か》
面倒だが、意味は分かる。
俺は街で自由に動ける立場ではない。
ドルグが顎を撫でた。
「遺構の廃晶は俺も欲しい。危険性が分かったなら、むしろ調査依頼として出せる」
「ドコ?」
「冒険者組合」
昨日から何度も聞く場所だった。
◇
冒険者組合は、想像していたより役所に近かった。
酒場は併設されているが、入口には受付、掲示板、依頼票、素材鑑定窓口。武装した人間が多いせいで騒がしいだけだ。
俺が入ると視線が集まった。
一時識別印を見せる。
受付で事情を説明する。
ドルグが依頼主。目的は東の旧中継遺構、新区画の安全確認と廃晶採取。バルザが案内役。ガドが登録冒険者として同行する。
問題は俺だった。
「未登録知性魔導生体は、冒険者として受注できません」
受付の女が言う。
「でも、依頼対象の専門知識を持つ協力者として同行することは可能です」
「キョウリョクシャ」
「報酬分配は依頼主と相談。ただしあなたが原因で損害が出た場合、保証人にも責任があります」
俺はガドを見る。
「イヤナラ、ヤメル」
ガドは少し驚いた顔をした。
「前なら勝手に行っただろ」
「マエ、マチ、イナイ」
今は違う。
やりたいことを続けるために、守った方が得な規則もある。
ガドは依頼票へ署名した。
「行くぞ。どうせ止めても行きたがる」
「ウン」
「そこは否定しろ」
依頼票に印が押される。
出発は明朝。
俺は受け取った控えを見ながら、新しい単語を覚えた。
仕事。
契約。
責任。
前世では面倒だった言葉ばかりだ。
今は、その先に未知の遺構がある。
悪くない。
黒脈晶の封印箱が、外套の内側で一度だけ震えた。
東を向くように。
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