第25話 人型への条件
灰角族の避難先で身体を修復した。
二日かかった。
その間、俺は黒結晶片を一度も体内へ取り込まなかった。
前の俺なら、すぐ試していたかもしれない。
今は違う。
未知構造との一致率が低すぎる。
何が起こるか分からない。
好奇心と無謀は別だ。
表面だけ解析する。
黒結晶には、生体構造そのものを書き換えるような魔力配列がある。
森冠獣はそれを利用して、既存の植物操作能力を異常な規模まで拡張したらしい。
ただし副作用もある。
魔力経路が黒結晶へ依存し始めている。
切り離せば、おそらく死ぬ。
《進化じゃなくて侵食に近い》
選ばなかった特性を思い出す。
侵食。
似ている。
だが同一ではない。
解析を切り上げ、第二進化条件を確認する。
【独立二足移動:達成】
【精密把持器官:達成】
【発声器官:達成】
【言語構造解析率50%以上:達成】
【外部魔力編成:達成】
【人型生体構造解析:83%】
まだ足りない。
セラ、ケイン、ロウの死体。
複数を見ても83%。
何が不足している?
表示へ意識を向ける。
【不足要素:全身連動/生体維持系/感覚統合】
なるほど。
骨格と筋肉だけでは人型ではない。
呼吸。
循環。
内臓。
複数感覚の統合。
俺には必要のない器官が多い。
でも、進化が求めているのは形の模倣ではなく、人型生命体として成立する構造理解らしい。
そこへリナとガドが来た。
灰角族からセルディアへ連絡が行ったらしい。
リナは俺を見るなり怒った。
「また半分なくなったって聞いた!」
「モウ、ナオッタ」
「そういう問題じゃない!」
前にも似た会話をした気がする。
俺は彼女の胸を見る。
心臓。
肺。
血流。
必要な情報。
でも勝手に触らない。
「リナ。タノミ」
「何?」
「カラダ、ミセテ」
空気が凍った。
ガドが剣へ手をかけた。
言い方を間違えた。
かなり。
◇
説明には十分かかった。
「解剖じゃないのね?」
「シナイ」
「服も脱がなくていい?」
「イラナイ」
「先にそう言って!」
難しい。
必要なのは、生体維持の動きを魔力感知で観察し、許可された範囲で触れて構造を確かめることだった。
リナだけではなく、ガドとセラも協力した。
心拍。呼吸。歩行時の循環変化。
人間の脳そのものは見えない。
代わりに俺自身を見る。
光感知、聴覚膜、振動感知、魔力感知。今まで別々に処理していた情報を、一つの中枢へ集約する。
第一進化から、俺の思考は全身に散ったまま中央核周辺で同期しやすくなっていた。
なら人間の脳をコピーする必要はない。
俺の霊子認識相を管理する、俺専用の中枢を作ればいい。
【人型生体構造解析:100%】
【第二進化条件:達成】
進化候補が開く。
【候補A:人型擬態体】
【候補B:戦闘多肢人型】
【候補C:可変生体人型】
【候補D:寄生同化人型】
Aは最も人間に近い外見。Dは他者の身体を土台にする。Bは戦闘特化。
俺が見るのはCだった。
人型を基本形にしながら、必要に応じて四脚、多肢、砲身、感覚器官を展開できる。
人間へ戻るのではない。
人型という新しいインターフェースを、自分の構造へ組み込む。
《これだ》
【『可変生体人型』への第二進化を開始します】
中央核が熱を持ち、四脚がほどける。
魔晶骨格が再構成された。
骨盤。背骨。二本の脚。二本の腕。
指は三本を基本に、必要時だけ細い補助指を二本展開する。
胸部には黒い核殻。肺も心臓もない。代わりに二つの魔力嚢と内部魔力循環が収まる。
首。頭部。二つの目。外から見えない聴覚膜。発声のための口。
鼻は形だけ。
皮膚は滑らかな黒。
魔力が流れる時だけ、細い青白い線が浮かぶ。
髪もない。
明らかに人ではない。
それでも、二本の脚で立っていた。
「ネクサ……?」
発声器官を調整する。
「……うん。ネクサ」
以前より滑らかに出た。
握る。開く。歩く。
一歩。二歩。
転ばない。
前世では何万回とやった動作なのに、今は一歩ごとに面白い。
ガドが言った。
「これで街に入るつもりか?」
俺は自分の黒い身体を見る。
「マダ、ムリ」
三人が笑った。
俺も笑顔を試す。
リナの笑顔が止まる。
「それは練習しよう」
難しい。
【第二進化完了】
【種別:可変生体人型】
【人型基本骨格形成】
【感覚統合中枢形成】
【器官再配置範囲拡張】
【形態保存枠:2】
感覚統合中枢が形成された瞬間、世界の輪郭が変わった。
頭の中に脳が生まれたわけではない。
全身の魔力回路へ分散していた思考が、専用の中枢を経由して同期する。
視覚と音と振動と魔力が、初めて一つの景色として同時に理解できた。
《これが、俺の脳の代わりか》
正確には違う。
俺は今も全身で考えている。
ただ、その考えを束ねる器官を手に入れた。
俺は腕を地面へつき、骨格を畳む。
数秒で以前に近い高速四脚形態へ。
再び立ち上がり、人型へ戻る。
《いい》
人の形を得た。
でも、人間になったわけではない。
その違いが、俺にはちょうどよかった。
遠く北で、森冠獣の魔力が再び脈打つ。
胸の奥に保存した黒結晶片も、同じ周期で微かに震えた。
人型は手に入れた。
次に知りたいものは、もう決まっている。
あの黒い結晶は何なのか。
そしてなぜ、俺の核を見て森冠獣は『返せ』と言ったのか。
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