第18話 第二進化の入口
森に出てから得たものを並べる。
耳。
声。
言葉。
手。
道具。
人間の知り合い。
そして魔法の入口。
戦闘能力だけならほとんど増えていない。
それなのに、できることは何倍にもなった。
俺は森の岩場で身体を組み替える。
四脚のうち後ろ二本を伸ばす。
前二本を短くし、把持器官へ。
重心を上げる。
立つ。
二秒で倒れた。
《無理か》
もう一度。
今度は尾のような補助器官を後ろへ出す。
三点支持。
立てる。
人間とは程遠い。
黒い胴体から二本の脚と二本の腕が生え、後ろに支え棒があるだけ。
でも形だけなら近づいた。
歩く。
一歩。
転ぶ。
二歩。
転ぶ。
十七回目で五歩進めた。
【新規身体構成を確認】
【二足支持構造:成立】
続けて表示が出る。
【第二進化条件の一部を開示】
【独立二足移動:未達】
【精密把持器官:達成】
【発声器官:達成】
【言語構造解析率50%以上:達成】
【外部魔力編成:達成】
【人型生体構造解析:未達】
最後の条件で止まった。
《人型生体構造解析》
人間の身体を調べろ、という意味に見える。
嫌な条件だ。
リナを解剖する気はない。
死体を探す手もある。
あるいは、人間以外の人型種族。
方法はいくつも考えられる。
さらに進化候補の輪郭だけが表示された。
【候補未確定】
【人型適応方向への派生を検出】
人型。
まだ進化できない。
でも道は繋がった。
その日の夕方、リナが森へ来た。
俺が二足で立つ練習をしているところを見られた。
彼女はしばらく黙ったあと言った。
「ネクサ……人になるの?」
俺は自分の黒い手を見る。
人間になりたいのか。
少し考える。
違う。
「ヒトニ、ナル。チガウ」
「じゃあ?」
俺は胸――擬似生体核のある場所を指した。
「ハナス。マチ、ハイル。ソノタメ」
人型は目的ではない。
社会と接続するための形だ。
俺の本質まで人間へ戻すつもりはない。
リナは完全には理解していない顔をした。
それでいい。
俺自身も、まだ完成形を知らない。
夜。
街とは反対、北の空で巨大な魔力反応が再び動いた。
前に感じたもの。
今度は前より長い。
そして、その巨大反応の下に。
複数の人型魔力反応があった。
《人型……?》
第二進化に必要な最後の材料。
俺は北を見た。
行けば危険だ。
だが以前とは違う。
今の俺には、逃げる脚も、見る目も、聞く耳も、話す声もある。
そして何より。
「シリタイ」
自分の声で、そう言えた。
◇
北へ向かうと決めた翌朝、リナにそのことを伝えた。
「キタ。イク」
「北? ……あっちは深森だよ」
深森。セルディア周辺の浅い森より魔物が強く、冒険者も滅多に入らない場所らしい。
ガドが腕を組む。
「理由は?」
俺は北を指した。
「オオキイ、マリョク。ヒトガタ、イル」
二人の表情が変わる。
どうやら、人間にはあの巨大反応が常時見えているわけではない。
リナは同行を申し出たが、俺は断った。
「アブナイ。オレ、ニゲル。リナ、オソイ」
「言い方!」
怒られた。意味は合っていると思う。
結局、二人には深森の手前まで案内してもらうことになった。
移動しながら、俺は二足歩行の練習を続ける。
四脚なら速い。二脚では遅い。
重心が高く、片脚を上げるたび中央核が左右へぶれる。尾を支えにすれば歩けるが、それでは条件の『独立二足移動』にならないらしい。
何度目かの転倒で、リナが笑った。
「ネクサ、歩くの下手」
「シッテル」
悔しい。
前世では考えもしなかった。歩くという行為が、これほど複雑だとは。
深森の境界へ着いた頃、空気中の魔力密度が変わった。
薄い霧のようだった魔力が、ここから先では流れとして見える。木々の幹にも魔力経路がある。
《面白い》
一歩入っただけで、調べたいものが増えた。
その時、北のさらに奥で巨大反応が動いた。
今回は空ではない。地上近く。
そして、その周囲を六つの人型反応が移動している。
巨大な何かから逃げているように見えた。
俺は四脚へ戻す。
「イッテクル」
「無茶しないでよ!」
無茶の基準は難しい。
死ななければいい。
俺は噴射器官を後脚へ移し、深森へ飛び込んだ。
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