第14話 手が欲しい
言葉を覚えるほど、人間の身体が羨ましくなった。
声ではない。
手だ。
門前の人間を観察すると、何をするにも手を使っている。
金を渡す。
紙を見せる。
剣を握る。
荷物を結ぶ。
相手を指す。
文字を書く。
俺の前脚でも物は押せる。
巻き付けば掴める。
でも細かい操作ができない。
《指、便利すぎる》
人間の手を奪う気はない。
自分で作る。
まず前脚一本を細くする。
先端を三つに分ける。
それぞれへ擬似収縮構造。
一本を曲げる。
他の二本と向かい合わせる。
石を掴む。
落とした。
もう一度。
落とす。
十回目で持てた。
《おお》
持ち上げる。
落ちる。
強く握る。
石が割れた。
《力加減》
問題は感覚だ。
振動感知を指先へ移す。
触れた圧力が分かる。
弱く握る。
成功。
【把持器官を形成】
【既存構造:振動感知+擬似収縮+器官再配置】
新しい能力を取ったわけじゃない。
昔の能力だけで、手の原型ができた。
次に枝を拾う。
持てる。
振る。
地面へ線を引く。
その線を見て、妙な感覚になった。
俺は今まで、身体そのものしか使えなかった。
初めて、外にあるものを道具として扱った。
前世なら幼児でもすることだ。
今は大発明に感じる。
俺は地面へ丸を描いた。
その下に四本脚を描く。
自分のつもり。
《絵、下手だな》
笑ったつもりで発声器官から変な息が漏れた。
そのとき、森の奥から金属の匂い――ではなく、魔力反応を感じた。
落ちている。
近づく。
錆びた短剣だった。
人間の道具。
把持器官で柄を握る。
重い。
でも持てる。
刃を振る。
木の皮が切れた。
《身体を刃にする必要、ない場合もあるのか》
俺の戦い方が、また変わる気がした。
◇
短剣は弱かった。
俺の高圧魔力砲の方が強いし、前脚を刃状に変形させた方が硬い。
だから捨てる。
そう思って、やめた。
《強さだけが価値じゃない》
短剣は魔力を使わない。壊れても俺の身体は減らない。何より、人間の道具の形を学べる。
俺は柄の太さに合わせ、把持器官を調整した。
振る。突く。逆手に持つ。器官再配置で前脚の関節位置まで変える。
一時間ほど試した頃、樹上から何かが降ってきた。
猿に似た魔物。腕が四本。そのうち二本に石を握っている。
《お前も道具使うのか》
石が飛ぶ。
一発目を避け、二発目が胴体へ当たる。
【損傷率:7%】
相手は笑うような声を出した。
腹が立つより、投擲方法が気になる。
後ろ二本の腕が次の石を拾い、前二本が投げる。作業を分担している。
《いいな》
俺も前脚一本で短剣。もう一本は砲管へ。
猿魔物が接近する。
砲撃。相手は木の陰へ避けた。読まれている。
なら短剣を投げる。
外した。
だが相手の注意が短剣へ向いた。
その隙に噴射で距離を詰め、前脚を刃へ変形させて脇腹を切る。
相手が残りの腕で掴んできた。
俺も把持器官で一本を掴む。
力比べでは負ける。
なら、脚内部へ砲管を移す。
掴まれたままゼロ距離で撃った。
魔物が吹き飛ぶ。
そいつは森の奥へ逃げていった。
追わない。
地面へ落ちた石を拾う。
形が整えられている。ただの石じゃない。尖らせてある。
《魔物でも道具を加工する》
人間だけが社会を作ると決めつけるのは早いらしい。
俺は短剣を拾い直した。
使い捨てるつもりだった人間の道具が、戦い方を一つ増やした。
能力を集めるだけじゃない。
外の物も、俺の一部にできる。
その発想はかなり気に入った。
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