第12話 初めて聞く人の声
翌日、俺は街道近くの藪へ戻った。
姿は隠す。
魔力も絞る。
耳だけを外へ向けた。
人が来る。
「ラド。ミア、セト」
三つの音。
別の男が答える。
「セト。ラド」
意味は分からない。
だから全部覚える。
声の高さ。口の動き。使われた場面。
何組も観察した。
門へ向かう商人。
森から戻る武装した集団。
荷車を止める兵士。
特に門番の言葉は繰り返しが多い。
同じ問い。
似た返答。
《規則がある》
昼過ぎ、一人の旅人が門前で紙を出した。
門番が言う。
「ネム?」
旅人が胸を指し、「アルド」と答えた。
次の旅人。
「ネム?」
「シェラ」
《ネム……名前?》
確証はない。
でも場面と反復から推測できる。
さらに観察する。
「スト」
門番が手のひらを前へ出す。
人が止まる。
何度も同じ。
《スト=止まれ、か》
言語は身体と違って触れて解析できない。
だから面白かった。
情報を集め、仮説を作り、外れたら直す。
夕方までに、意味を推測できる音が六つになった。
止まれ。
名前。
行け。
金らしき言葉。
森。
魔物。
最後の一つだけは間違えようがなかった。
森から巨大な猪型魔物の死体を運んできた冒険者たちを見て、門番が叫んだからだ。
「ガルム!」
周囲が集まる。
何人も同じ言葉を繰り返す。
《ガルム……魔物、じゃない。あの種類の名前か?》
そう考えたところで、俺のすぐ背後から声がした。
「……?」
近い。
振り返る。
十歳くらいの人間の少年が立っていた。
薪を抱えている。
目が合った。
正確には、俺の光感知器官と。
少年の顔から血の気が引く。
「――ガル!」
叫ばれた。
俺は反射的に森へ逃げた。
背後で薪が落ちる音。
人を観察するなら、隠れる技術も必要らしい。
◇
聞けるようになった。
次は喋りたい。
問題は、俺に肺も喉も舌もないことだった。
《全部作る必要あるか?》
人間と同じ方式にこだわる理由はない。
必要なのは、空気を押し出すものと振動を作るもの。
胴体の前面へ細い管を作る。内部に薄膜。後ろから魔力で圧縮した空気を送る。
ぶしゅっ。
《違う》
膜を張る。
ぶぉぉ。
《怖い》
高さを変えると笛に近い音になったが、人の声には遠い。
森で試していると、沼地の近くに喉を大きく膨らませた爬虫類型の魔物を見つけた。
鳴くたび、その袋が縮む。
《いた》
相手の威嚇音をあえて受ける。外殻がびりびり震えた。
痛くはない。むしろ構造が見たい。
二度目の咆哮で吹き飛ばされた。
【姿勢制御失敗】
《いいな、それ》
三度目は避け、側面へ回って前脚を喉袋へ接触させる。
伸縮する袋。振動膜。細かな筋肉で張力を変え、音程を調整する構造。
【発声器官構造を解析】
【特性候補:共鳴膜/空気圧縮嚢/咆哮増幅】
俺は共鳴膜を選んだ。
空気圧縮なら魔力嚢と噴射を応用できる。欲しいのは威力より精度だ。
岩陰で新しい膜を形成する。薄く。張力を変えられるように。後方に小型の空気嚢。管を一本。
《これで……》
空気を押し出す。
膜を震わせる。
「あ」
自分の身体から音が出た。
俺は固まる。
「あ」
もう一度。
掠れている。人間らしくない。
それでも、前世で何万回も使ったはずの『声』という機能を、俺は自分で作り直した。
第12話 初めて聞く人の声
翌日、俺は街道近くの藪へ戻った。
姿は隠す。
魔力も絞る。
耳だけを外へ向けた。
人が来る。
「ラド。ミア、セト」
三つの音。
別の男が答える。
「セト。ラド」
意味は分からない。
だから全部覚える。
声の高さ。口の動き。使われた場面。
何組も観察した。
門へ向かう商人。
森から戻る武装した集団。
荷車を止める兵士。
特に門番の言葉は繰り返しが多い。
同じ問い。
似た返答。
《規則がある》
昼過ぎ、一人の旅人が門前で紙を出した。
門番が言う。
「ネム?」
旅人が胸を指し、「アルド」と答えた。
次の旅人。
「ネム?」
「シェラ」
《ネム……名前?》
確証はない。
でも場面と反復から推測できる。
さらに観察する。
「スト」
門番が手のひらを前へ出す。
人が止まる。
何度も同じ。
《スト=止まれ、か》
言語は身体と違って触れて解析できない。
だから面白かった。
情報を集め、仮説を作り、外れたら直す。
夕方までに、意味を推測できる音が六つになった。
止まれ。
名前。
行け。
金らしき言葉。
森。
魔物。
最後の一つだけは間違えようがなかった。
森から巨大な猪型魔物の死体を運んできた冒険者たちを見て、門番が叫んだからだ。
「ガルム!」
周囲が集まる。
何人も同じ言葉を繰り返す。
《ガルム……魔物、じゃない。あの種類の名前か?》
そう考えたところで、俺のすぐ背後から声がした。
「……?」
近い。
振り返る。
十歳くらいの人間の少年が立っていた。
薪を抱えている。
目が合った。
正確には、俺の光感知器官と。
少年の顔から血の気が引く。
「――ガル!」
叫ばれた。
俺は反射的に森へ逃げた。
背後で薪が落ちる音。
人を観察するなら、隠れる技術も必要らしい。
◇
聞けるようになった。
次は喋りたい。
問題は、俺に肺も喉も舌もないことだった。
《全部作る必要あるか?》
人間と同じ方式にこだわる理由はない。
必要なのは、空気を押し出すものと振動を作るもの。
胴体の前面へ細い管を作る。内部に薄膜。後ろから魔力で圧縮した空気を送る。
ぶしゅっ。
《違う》
膜を張る。
ぶぉぉ。
《怖い》
高さを変えると笛に近い音になったが、人の声には遠い。
森で試していると、沼地の近くに喉を大きく膨らませた爬虫類型の魔物を見つけた。
鳴くたび、その袋が縮む。
《いた》
相手の威嚇音をあえて受ける。外殻がびりびり震えた。
痛くはない。むしろ構造が見たい。
二度目の咆哮で吹き飛ばされた。
【姿勢制御失敗】
《いいな、それ》
三度目は避け、側面へ回って前脚を喉袋へ接触させる。
伸縮する袋。振動膜。細かな筋肉で張力を変え、音程を調整する構造。
【発声器官構造を解析】
【特性候補:共鳴膜/空気圧縮嚢/咆哮増幅】
俺は共鳴膜を選んだ。
空気圧縮なら魔力嚢と噴射を応用できる。欲しいのは威力より精度だ。
岩陰で新しい膜を形成する。薄く。張力を変えられるように。後方に小型の空気嚢。管を一本。
《これで……》
空気を押し出す。
膜を震わせる。
「あ」
自分の身体から音が出た。
俺は固まる。
「あ」
もう一度。
掠れている。人間らしくない。
それでも、前世で何万回も使ったはずの『声』という機能を、俺は自分で作り直した。
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