第11話 森を測る
第一進化を終えた身体は、以前より扱いやすかった。
四脚を動かす。止める。一本だけ細くする。前脚の内部へ砲管を移し、戻す。
《便利だ》
これまでは新しい器官を作るたび、身体のどこへ押し込むか悩んでいた。今は中央の擬似生体核が全体をまとめ、使っていない構造を内側へ畳める。
だから最初にしたのは戦闘ではなく、森を歩くことだった。
光感知、魔力感知、反響探知。
三つを重ねると、世界は以前よりずっと広い。
木々の向こうを小さな獣が走る。土の下には虫。遠くでは鳥型魔物が枝から枝へ移る。さらに先には街道らしい平らな地面が伸びていた。
俺は魔力を抑え、街道から距離を取って並走する。
人間が通った。
二人。荷車。一頭の獣。
声も出している。
だが俺には、地面を通じた振動と口の動きしか分からない。
《見えてるのに、聞こえない》
前は声を振動として拾えた。意味は分からなかったが存在は分かった。でも外では地面へ伝わらない音が多すぎる。
荷車の男が何かを言う。
隣の女が笑った。
口が開く。喉が動く。空気が震える。
俺には何も届かない。
妙に悔しかった。
前世では意識したことすらない機能だ。
耳。
《次はこれだ》
俺は森へ戻り、音らしい振動を出す生物を探した。
ほどなく、木の洞から奇妙な魔力反応を見つける。
小さな翼。大きすぎる頭。目は退化している。
代わりに、頭部の左右に薄い膜が何層も重なっていた。
そいつが口を開く。
空気が震えた。
直後、俺の反響探知より遥かに細かい振動が周囲へ広がる。
《お前、耳だけじゃないな》
相手もこちらへ気づいた。
翼が開く。
俺は砲管を出さなかった。
殺す前に、受けてみたい。
目のない魔物が鳴いた。
空気の震えが俺の黒い外殻を叩く。
何も聞こえない。
でも振動増幅を表面へ回すと、かすかな揺れが内部へ伝わった。
《ここから作れる》
俺は初めて、音を聞くための身体を設計し始めた。
◇
目のない翼獣は、森の中を音だけで飛んでいた。
木を避け、枝の隙間を抜け、俺が位置を変えるたび正確に顔を向ける。
《反響探知の完成形みたいなやつだ》
欲しいのは全部ではない。まず空気の振動を受け取る膜。
俺は相手の攻撃を避けながら、あえて近距離を保った。
鳴き声が当たるたび、外殻表面へ配置した振動増幅器官が震える。
薄膜を一枚。破れる。二枚。今度は揺れない。さらに薄くする。
ようやく、空気の揺れが魔力信号へ変わった。
【空気振動受容構造を形成】
次の鳴き声。
――キィィッ。
世界に音が生まれた。
《……うるさっ》
初めて聞いた異世界の音は、耳を塞ぎたくなるほど甲高かった。塞ぐ耳はない。
俺は感覚入力を絞る。
葉が擦れる音。羽ばたき。自分の脚が土を踏む音。
全部が新しい。
翼獣が再び迫る。
今度は見なくても分かった。右上。羽音が大きくなる。
噴射で前へ。爪が空を切る。
振り返り、一本だけ展開した砲管から弱い魔力弾を撃つ。翼を掠め、相手が墜ちた。
殺す必要はない。
頭部へ前脚を触れ、薄膜の奥を解析する。
【特性候補:聴覚膜/音源定位/高周波発振】
《聴覚膜》
今は基礎が欲しい。
定着すると、中央胴体の左右へ小さな窪みができ、薄い膜が張る。
風が通る。
ざあ、と木々が鳴った。
俺はその場で動けなくなった。
森は、こんなに騒がしかったのか。
遠くで水が流れ、虫が鳴き、枝が折れる。
さらに遠く、街道から人間の声が届いた。
意味はまだ分からない。
それでも今度は、ちゃんと声だった。
《聞こえる》
次は、あれを理解したい。
そしてできるなら。
俺も、音を返したい。
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