1.『7 Turn』
「それじゃあ、今日も配信始めていくよー!」
ヘッドセットの位置を調整し、私はモニターに向かって声を張り上げた。
「記念すべき『7 Turn』七千七百七十七回目の配信! 今日も完全勝利を掴むから、ちゃんと見届けろよ、お前たち!」
ゲームを起動すると、見慣れたオープニングが流れ始める。
やがて画面いっぱいに表示されるタイトルロゴ。
――『7 Turn』。
これこそ、私の人生を大きく変えた最高のゲームだ。
今から半年ほど前、とあるゲーム会社から発売されたこの作品は、いわゆる人狼ゲームの一種である。
プレイヤーは七人の魔法少女たちとともに、あるデスゲームへと参加する。
目的はただひとつ。
彼女たちの中に紛れ込んだ魔女を見つけ出し、処刑すること。
制限は七ターン。
それまでに魔女を見つけられなければ、世界は滅亡する。
ここまでなら、私もやりこむことはなかっただろう。
けれど、『7 Turn』には他の作品にはない特徴があった。
それが――魔法だ。
登場する七人の少女は、それぞれ異なる魔法を持っていた。
それぞれの能力を駆使して相手を欺き、真実を暴き、ときには殺し合う。
人狼ゲームにおける役職の代わりに、魔法が存在しているのだ。
さらに、このゲームにはもうひとつ重要な要素がある。
アイテムだ。
その数、七十種類以上。
魔女を見つけ出すためのものから、自分の身を守るもの、さらには相手を強制的に処刑するものまで、効果は実に様々だ。
どの魔法を誰が持ち、どのアイテムを使うのか。
その組み合わせ次第で、ゲームの展開は大きく変わる。
しかも、少女たちの会話や行動まで毎回変化するという徹底ぶり。
高度なAI技術が搭載されているらしく、同じ状況でもまったく違う反応を見せることがあった。
ストーリーらしいストーリーはなく、オンライン対戦もない。
ただ七ターンの人狼ゲームを繰り返すだけ。
それなのに、私はこのゲームが世界で一番好きだった。
もっとも、普通のプレイヤーなら、とっくに飽きているだろう。
けれど、残念ながら私は普通じゃない。
半年間、毎日配信。
一日十時間以上プレイしたことだってある。
今ではアイテムの種類も効果もほぼ暗記済み。魔法との組み合わせだって、頭に叩き込んである。
おそらく、ここまで『7 Turn』をやり込んでいる人間は、世界中を探しても私くらいだろう。
「さーて、今回は誰が魔女なのかな? みんなも一緒に考えてくれよ。まあ、私より先に当てるのは無理だろうけどね!」
自信満々に宣言すると、画面端のコメント欄が一気に流れ始めた。
『絶対スリィちゃん。今日こそスリィちゃん』
『うおおおお! 絶対先に当てたるで!』
『まけろ』
『オイお前ら静かにしろ! 七千七百七十七回目のフォーちゃん死亡シーンが来るぞ!』
『ロゼ様の煽りいただきました!』
「おい、今まけろって言った奴! 覚えたからな!」
コメントに軽口を返しながら、何気なく同時接続者数を確認する。
⋯⋯ん?
思わず目を疑った。
表示されていた数字は、三万。
「⋯⋯三万?」
マジか。
今、この瞬間に三万人以上が私の配信を見ているということ?
普段の倍以上だ。
やっぱり七千七百七十七回目という節目だからだろうか。いつも以上に人が集まっているらしい。
さすがに少し緊張する。
けれど、すぐに深呼吸して気持ちを切り替えた。
大丈夫。
私は配信者ロゼ。
視聴者に呑まれてどうする。
「よーし! それじゃあ、始めるよ!」
ゲームが進行する。
いつも通り、七人の少女が自己紹介を終え、最初の議論が始まった。
そして、一ターン目が終了。
「はい、一ターン目終了! それじゃあ、記念すべき最初の投票結果は⋯⋯」
まっ、結果なんて見るまでもないんだけどね。
「⋯⋯うん。やっぱりフォーちゃんか。ごめんね、みんな。私、またフォーちゃんを救えなかったよ」
わざとらしく肩を落としてみせる。
『知ってた
『今日も平常運転』
『フォーちゃんを救う会、解散』
『七千七百七十七回目の犠牲者』
『フォーちゃんかわいそう』
『むしろここまで来ると様式美』
「お前ら、本当にひどいな⋯⋯」
そう言いながらも、私の口元には笑みが浮かんでいた。
このゲームには七人の魔法少女が登場する。
その中でも、私の配信で圧倒的な人気を誇っているのがフォーちゃんだ。
緑色の髪に、いつもオドオドと周囲の顔色を窺う臆病な性格。
何かあるたびに泣きそうになり、誰かに怒られればすぐに謝ってしまう。
見ているだけで放っておけなくなるような少女だ。
ただし、彼女にはひとつ致命的な問題がある。
必ず一ターン目で処刑されるのだ。
どれだけ議論で守ろうとしても、別の少女に疑いを向けても、結果は変わらない。
投票が始まれば、必ずフォーちゃんが最多票を獲得する。
私も何度か助けようとした。
わざと自分が疑われるように立ち回ったこともあるし、他の少女を徹底的に追い詰めたこともある。
けれど、何をしても無駄だった。
まるで最初から結末が決まっているかのように、彼女は必ず処刑されてしまうのだ。
もはやゲームの仕様としか思えない。
そのせいで、フォーちゃんは私の配信における名物キャラクターになってしまった。
七千回以上も処刑されているのだから、そりゃあ人気も出るだろう。
「さて、一ターン目が終了。ここからが本番だね。次のターンから魔法とアイテムが解禁されるよ!」
私は画面を見ながら指を鳴らした。
「全員の魔法は把握済み。今回配られたアイテムは六つ。さあ、見せてあげるよ! ロゼ様の頭脳プレイ!」
そこから先は、いつも通りの展開だった。
少女たちの魔法とアイテムがぶつかり合い、議論が白熱する。
誰かが疑われ、誰かが反論し、時には予想もしなかった行動で場が荒れる。
何度か驚かされる場面はあったものの、私の予想はおおむね的中していた。
そして、三ターン目。
「いや、これ絶対シックスちゃんが魔女でしょ⋯⋯って、ちょっと待って。何で私を吊ろうとしてるの、こいつら?」
画面を見ると、少女たちの投票先が次々と私に集中していた。
「うわ、最悪。魔法とアイテムの組み合わせが悪かったか⋯⋯」
このままでは、次の処刑で私が脱落する。
別に負けたところで、どうということはない。
何千回と遊んできたゲームだ。負けることだってある。
ただし⋯⋯記念すべき七千七百七十七回目に、何もできずに負けるなんて御免だ。
「⋯⋯仕方ないな」
私はアイテム欄を開いた。
そこに表示されていたのは、銀色に輝く一本のナイフ。
「アイテム、銀のナイフを使うよ!」
途端にコメント欄がざわめいた。
『出たwww』
『五分の一は無理だろw』
『完全に運ゲー』
『よし負けたな。風呂行ってくる』
『頼むぞロゼ様』
「お前ら、私を誰だと思ってるわけ?」
私は不敵に笑った。
銀のナイフ。
対象をひとり選び、強制的に処刑できる強力なアイテムだ。
ただし、選んだ相手が魔女でなければ、自分の陣営は壊滅する。
まさに一発勝負。
普通のプレイヤーなら、こんなお遊びアイテムを本気で使わないだろう。
でも、私に迷いはなかった。
「弱気だなぁ、お前ら。いいから見とけって」
マウスを動かし、ひとりの少女にカーソルを合わせる。
これまでの行動、発言、魔法の使用タイミング。
すべてを考慮したうえで選んだ相手だ。
外すはずがない。
「この世の不条理は、私に攻略されるためにある!」
クリック。
画面に銀色の光が走った。
選択された少女の姿が消える。
そして、表示されたのは――。
『WITCH ELIMINATED』
「っしゃあああああ!」
思わず椅子から立ち上がった。
大当たり!
見事、魔女の処刑に成功したのだ。
『うおおおおおお!』
『マジかよwww』
『やっぱりロゼ様なんだよなぁ!』
『神回確定』
『女神! 女神!』
「これがロゼ様の実力よ! これからは『7 Turn』の女神として崇拝しろよ、お前たち!」
私はカメラに向かって指を突きつけた。
気分がいい。
まさに最高の勝利だった。
同時接続者数もさらに伸びている。登録者だって、今頃増えているかもしれない。
これくらい調子に乗ったって、バチは当たらないだろう。
「いやー、最高! やっぱりこのゲームは面白いね!」
私は上機嫌のまま、次のゲームを始めようとした。
そのときだった。
「⋯⋯ん?」
タイトル画面に戻ったモニター。
ゲームクリアの文字の下に、見慣れないアイコンが表示されていた。
白い四角形の箱に、赤いリボン。
まるでプレゼントボックスのようなデザインだ。
「⋯⋯何これ?」
マウスカーソルを近づける。
こんなの今まで一度も見たことがない。
七千七百七十七回もプレイしてきた私が、だ。
「もしかして⋯⋯隠し要素?」
それしか考えられなかった。
七千七百七十七回目のプレイ。
ひょっとすると、この回数に到達したプレイヤーだけが受け取れる特別な報酬なのかもしれない。
『何それ?』
『初めて見た』
『隠しイベント?』
『押してみようぜ』
『怪しいからやめとけw』
「いやいや、こういうのは自分で確かめるから面白いんでしょ」
私は笑いながらマウスを動かした。
「せっかくだし、ありがたくいただきまーす!」
クリック。
刹那、画面に砂嵐が走った。
「え?」
ブツッ。
不快なノイズとともに、モニター全体が白く染まる。
同時に、身体から力が抜けていった。
「ちょ、なに⋯⋯これ⋯⋯?」
マウスを握る指が動かない。
ヘッドセットから流れていた音声も、コメント欄の声も、急速に遠ざかっていく。
何が起きているのか分からない。
ただ、意識だけが暗闇へと沈んでいく。
まずい。
何かがおかしい。
そう思ったときには、もう身体の自由が利かなくなっていた。
そして、意識が途切れる寸前。
耳元で、誰かが囁いた。
『さぁ、楽しいゲームを始めましょう』
知らない女の声だった。
――次の瞬間、私の意識は完全に途切れた。




