第7話・二週目・001号室『クリア』、食事、次の世界へ
第7話・二週目・001号室『クリア』、食事、次の世界へ
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――???――
全身が海の底に沈んだような浮遊感に包まれていた。手足を動かそうとしても、まるで縛られたように動かない。ただ、そのまま漂うだけ。
(あ、これは夢だ)
気づいた瞬間、視界が一気に広がり、明晰夢へと変わった。
夢とは、休憩時の記憶整理の副産物。
記憶を失ったオレにとって、水に沈むようなこの感覚は、まさに今の自分そのものだった。
仲間たちの姿が、スライドのように次々と目の前に浮かび上がる。
最初に現れたのは、白き探偵少女――西園寺初雪。
彼女はオレと同じ世界から来た解明者の首席で、持っている知識も似ている。話していると、すごく楽だ。
でも、今回の件はワクワクしすぎる。もし危険な真似をしそうになったら――彼女のために、他の仲間のために、オレは適度にブレーキをかけよう。
それに、彼女が言っていた西園寺家秘伝のカレー、凄く食べてみたい。
(でも、彼女は頼れる。信頼できる……ところで、彼女は何を失ったんだろう……自制心?)
初雪の姿は雪が溶けるように消えた。
次に現れたのは、金色の姫君――アイリス・ラランド。
異世界から来た、正真正銘のお姫様。勝ち気で負けず嫌いだけど、本性は良い子で仲間思いだ。もっと仲良くなりたい。
それに、中二心をくすぐる空間魔法の指輪で、複数の武器を使いこなすウェポンマスター。
「自分を証明したい」――なんとなく気づいた。いや、オレを含めて全員が気づいていた気がする。
彼女は何をそんなに焦っているのだろう。もっと仲良くなれば分かるかな。
彼女の元の世界は戦乱の真っ只中。
彼女自身も戦争の経験者だ。
オレたちが知らないトラウマを抱えているかもしれない。もう少し、彼女の様子を観察したほうがいい。
(……今更だけど、オレたちは彼女をもっと尊敬したほうがいいのかもしれない。でも、急に態度を変えるのも気まずいな……)
初雪と同じく、アイリスの姿も雪のように溶けて消えた。
最後に現れたのは、蒼く輝く白い女神。
って、まさか記憶の中でも輝いている……その光は一体なんだ?
(あ、それはわたしもよくわからない、よ)
彼女は不明な存在から転生の女神へ「転職」した存在らしい。
全能を自称するけど、今見る限りただの眠そうな無気力な子にしか見えない。
(これは、ただの自称じゃないのよ……あれは、パッシブではなくアクティブのスキルだから……つまり、やればできることも、専門家以上にできるみたい……ただし女神になってからはほとんど使えなくなったから、うっかり忘れてた。今のわたしならパラシュートくらいできる……そう、わたしはやればやれるタイプ、よ)
へえ、そうだったのか。ならいっそ、その力で加減や制御を覚えれば、無心にものを壊さずに済むんじゃないか?まあ、彼女はきっと試してダメだったんだろう――
(お前、天才かな……全然それを試したことはない、よ。……帰ったら試そうか)
(やらないでくれ!?)
少し驚いたが、回想を続けよう。
スタイルと身長は初雪レベル小さいけれど、顔は綺麗で可愛い。小さな声も美しく、儚げな美少女だ。脆くて、簡単に死んでしまいそうで、オレはなんとなく彼女の世話役みたいになっていた。
時折見せる神秘的な一面も良い。魂に対して特別な理解があるらしい。
(……神々に「恐怖の具現、怪物、創世神を殺した無法者、名前を呼んではならない存在、鏖殺の神」と呼ばれるわたしに……そんなに誉めてくれるなんて、流石に照れる、な……これは、誉め殺しのやつかな……?ふふ、この女神殺し野郎、わたしとお揃いするつもり?)
なんか忌々しい異名が聞こえた気がするけど。
先ほどからこの記憶だけは妙に鮮明だ。彼女に対する解像度が高い理由は?
(そうなら嬉しいけど、違った……わたしはファティラ、本人……本神?だよ……)
本人って、どうしてオレの夢の中に入ってくるんだ?
(わたしも知らない、なんとなくできた……近い過ぎたの原因?)
相変わらず雑な説明だ……これで本当に本人らしい。
それで、近い過ぎたってどういう意味だ?
(まぁ、それは現実の本体はあなたに絞め殺され直前から?……ふふ~、ひどい寝相だな、わたしをぬいぐるみに誤認した?……予想五分経過すると死にます、よ?)
こんなこと先に言えよ!大惨事じゃないか!?
早く起きないと――
(……手伝い?)
何か良い方法があるのか!?……なんか悪い予感しかしないけど!?
ファティラの姿が夢の空間でどんどん大きくなっていく。
(夢だから、死のような衝撃を与えると起きるだろう……)
待って!待ってくださいわ!
(ふふ、アイリスの口調みたい……それじゃあ、いただきます)
何の抵抗もできず、その蒼白い歯が――
*
――001号室――
「うわああああっ!?」
ファティラの言う通り、痛みはなかったが、オレは夢から強制的に引きずり出されたように目覚めた……目覚めたはいいが、捕食されかけた記憶がトラウマ級に怖かった。
でも、それを考える暇はない。早く、抱きついたままふにゃふにゃになったファティラの身体を離さないと。
「ファティラ!大丈夫か!?」
「……ふにゃ~」
返事はない。完全に気絶している。
息は……微弱だが、まだある。胸が呼吸に合わせて小さく上下している。
ん?オレの行動でベッドから白いバスタオルが二枚、床に落ちていた。
ということは――
「――先ほどから平民、お前はうるさいですわ!って、動けない……バスタオルがどこかに消えて……これで全裸じゃないですの!?平民……西園寺初雪!わたくしを抱っこしないで、早く離しなさい!寝ぼけて周囲に関節技をかけるやつがどこにいるんですの!!」
「……あと五分~」
どうやらアイリスと初雪のほうも大変なことになっているらしい。
「こら助手、早くわたくしを助けてくださいまし!もしわたくしの身体を見たら、すべての兵装をもって、お前をハリネズミに変えてやりますわ!」
「そんな無茶な!オレ死ぬ気か!?」
「役立たずめ、なら女神ファティラを助けてくださいまし!」
アイリスがファティラに救援を求めたが……
「……むきゅー」
「その……アイリスちゃん、ごめんな。ファティラは、寝ぼけたオレに締め落とされかけたみたいだ」
「ちゃん付け禁止よ、もう!!どうしてわたくしがこんな目に遭うんですの!もういいわ、殺さないから早く助けてくださいまし~」
最後、オレは床に落ちていたバスタオルを拾い上げ、アイリスの裸体を素早く覆い隠し、初雪を引き剥がした。
……ただ一瞬だけだが、確かに初雪の言う通り、綺麗な身体だった。ピンク色の――
「こらー!!お前は今、回想したでしょう!死にたいの!?」
――ん、その記憶は封印しよう。
*
なんだかんだで、全員が起き上がった。
アイリスと初雪はバスルームで着替えを済ませた。
「やっとそのすーすーから解放されましたわ!西園寺初雪、お前はしっかり反省しなさい!」
「ごめん、ボクは知らないうちにアイリスに迷惑をかけちゃったみたいだ」
赤いふわふわの寝間着に戻ったアイリスと、いつものロンドン風探偵服に着替えた初雪。
「オレもごめんな、ファティラ」
「……いいの、よ~。元々わたしの方から積極的に抱きついたんだから……今のわたしの力が小さすぎて、あなたは無事だった~」
こうして全員が時計の前に集まり、カウントダウンする。
3、2、1
「時間だ。門を開けましょう!」
初雪の号令で、オレたちは戻りの扉のノブを握った。今回はあっさりと開いた。
*
――千門ホテル・食堂――
001号室クリアの記念として、オレたちは食堂で食事会を開いた。
各自が好みの定食と飲み物を選ぶ。
オレは炭酸水とチキンカレーライス。
初雪はアイスコーヒーとステーキ。
アイリスは異世界で激レアという「世界樹の果実」を使ったジュースとドラゴンステーキ。
ファティラは……中になんとなく宇宙が見えるような黒い液体と、真ん丸い光の球が盛られたお椀。
初雪はアイスコーヒーに上げて。
「それでは、001号室クリアに――」
「「「「乾杯!」」」」
そして、オレたちは食事を始めた。
「~~~!!おいしいわ~~!まさかわたくしの人生で、幻の世界樹のジュースを飲めるなんて……この一杯で、すべての苦難が報われたわ~」
アイリスは一瞬でふわふわとだらしのない表情になった。
「ねえ、アイリスちゃん。本当にそんなに美味しいの?」
「そうだわ~。でも、それだけじゃないわ~。この一杯で十年は寿命が延びるのよ~。ほら、わたくしの肌、びしょびしょに戻ったわ~。水筒があるなら、いっぱいに汲んで持って帰るわ。」
そんなにすごいなら、オレも飲んでみよう。
オレはドリンクバーへ行き、世界樹のジュースを一杯に注いだ。
……
――はあ!?確かに一口飲んだはずなのに、意識が飛ぶほど美味しかった。
これでアイリスがあんな顔になるのも完全に理解した
……もう一杯、初雪の分も用意しよう。
「初雪、これ飲んでみて」
「おお~、良い心がけだな助手くん。それはアイリスがあんなだらしなくなる原因のジュースか?それじゃあ、一口……!」
ははは~!初雪もオレと同じく、意識が飛んだように固まった。
そういえば、ファティラも妙な食べ物を……
「む……」
死んだ目で機械的に食べ進めている。
「もしかして、不味いのか?」
「……うんうん……これは罪人の魂……のはずだけど、なんか偽物っぽい味……その飲み物も想像の味と違った……でも、浪費は禁物だから、食べる」
「なんかオレにはわからないけど、ファイト」
「ファイト……」
*
――千門ホテル・廊下――
「ははー!これでボクたちの冒険はまだまだ続くぞ!」
「こら、その不吉な言葉はやめなさい!」
「その言葉、なんかまずいですか?」
「うん……あれは打ち切りのフラグ、みたい?」
満腹になり、完全に休憩できたオレたちは元気いっぱいで、002号室と記された黄金色のドアプレートの前に集合した。
「それじゃあ、次の冒険は……助手くん、キミに開ける権利をあげよう!」
「オレが?みんな、衝撃に備えて!」
オレが扉を開けると――予想通り、光の渦に巻き込まれた。
「お前も外れだわぁぁぁっ――!」
「ごめんなさいぃぃぃ――!」
「やあー、次はどんな世界だろうぅぅぅ~」
「……わあ~」
――002号室――
オレたちは扉から投げ出された。
今回は心の準備ができていたので、誰も転ばずに済んだ……まあ、ファティラはオレの背中にぶつかってギリギリ倒れなかっただけだが。
「ふんふん、これは――!!」
今回たどり着いた場所は、石畳の小路が続く異世界の街並みだった。目の前の大通りでは、巨大な蜥蜴が引く馬車が悠々と通り過ぎていく。
オレたちは振り返る。
今回、扉は消えていなかった。
そして、扉の金属プレートに刻まれた今回の課題は――
『埋もれた傑作を再び日の目を見せる』
「――本物の異世界だ!!」
初雪の叫びでオレはここの冒険が始まった。




