第5話・二週目、001号室の休憩、『時間』
第5話・二週目、001号室の休憩、『時間』
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――001号室――
「『6時間経過』?この部屋で過ごすだけですの?だからあんな目立つ時計があったのですわね。」
初雪が大きな声で課題内容を読み上げたことで、オレたちの雰囲気は困惑から安堵へと変わった。
ただ普通の部屋で時間を待つだけなら、確かに危険はなさそうだ。壁掛け時計の針は正常に動いている。
でも、本当に何もないただの高級ホテル客室なのか?
「うん!これは危険もないし、良い課題だね!今後の探索で疲れたらここに来て休めばいい。六時間もあれば充分に休憩が取れるだろう!」
「なんだ、つまらないですわ。でも、確実に通過できるなら文句は言えませんわね。」
自分の実力を証明したかったアイリスも諦めたように、ベッドの隅に腰を下ろした。
「これ……最高じゃない……お休みー」
ファティラはそう言い残すと、ベッドに飛び込み、うつ伏せのまま即座に寝息を立て始めた。
「あいつ、猫みたい……そこまでならわたくしも呆れるわ……」
「まあ、良いじゃないか。ボクたちも休憩しよう」
状況を理解したみんなは、それぞれの方法で部屋での時間を過ごし始めた。
「みんな、聞いて欲しい」
急に視線が集まったので、オレは少し緊張しながら言葉を続けた。
「その……オレはみんなのことをもっと知りたいんだ。いや、ちょっと違うか。この前の自己紹介は名前と出身だけだったろ?オレは過去の記憶がほとんどない空白状態だけど、みんなは話せることはまだたくさんあるはずだ……。せっかくの機会だから、もっと理解し合いたいと思うんだけど……」
自分に失ったものが多いからこそ、みんなのことを知っておけば今後の判断に役立つはずだ……そう思ったが、口に出すと気まずくなった。
「やっぱり無し」と言いかけた時、初雪がオレの期待を裏切らない笑顔で応じてくれた。
「うん、それは良い提案だ!ミステリー小説でもよくあるだろう?『理解不足のせいで誤解が生じ、最後は殺意に変わって悲劇になる』みたいなプロット。キミはどんどん名探偵の助手に相応しくなってきたな!」
彼女はサバサバとオレの背中をパタパタ叩き、その言葉にオレは少し心強くなった。
「むむむ、良いですわ。このアイリス・ラランドの偉大さを、もっと知ってもらいましょうか。」
アイリスはいつものツンツンした態度で答えたが、反対はしていないようだ。
「べつにいいよ~……ふふ、わたしのこと、もっと知りたいの?……言えることも、言えないことも、知ったら大変なことも、全部きみに教えてあげる……」
「そこまではいらないかな……」
幸い全員がオレの提案に賛成してくれたので、みんなで巨大なベッドの上に輪になって座った。
なんだかパジャマパーティーのような雰囲気だ……どうしてオレはこんなことを自然に思いつくんだ?昔のオレは本当に謎の知識が多いな。
*
「なら、ボクから始めよう!ボクの何を知りたいのだ?」
初雪はいつもの自信満々なドヤ顔で、みんなの質問を待っている。
オレは手を挙げた。
「はい、そこ!助手くんはこの名探偵に何を知りたいのだ?」
「うわ、探偵から名探偵に進化したな……まあいいか。オレが知りたいのは、解明者首席の初雪さんに聞きたいんだ」
「おや?怪異のことですか?」
「はい。お前はどうして探偵を自称して、怪異の研究をしてるんだ?」
これは初対面からずっと気になっていたことだ。
「そうそう、あなたは何であの『怪異』とかいうものに興味津々ですの?もしかして、あなたの世界の変人集団?わたくしの世界である魔物学者みたいですわ?」
どうやらオレだけじゃなく、アイリスも興味津々らしい。
「やあ~、そんなにボクのことが知りたいのか~?良いだろう、教えてあげるよ。これはいろいろな理由があるさ。そうね、未知を既知に変えるのが好き、かな。でも自慢じゃないけど、ボクは天才だから普通の知識はほとんど学んでしまった。だから、現代社会に再び現れた『未知』である怪異に凄く興味がある、それが主な理由だ。」
彼女らしい、未知への純粋な好奇心……だからこそ、この謎の怪異空間で見たものを全部ノートに記録しているのだろう。
「ほら、怪異を解明するには推理力と観察眼が必要だろう?謎を解く探偵と似てるから、ボクは探偵を自称してるのさ。」
「なるほど、ありがとう」
オレが納得していると、アイリスはジト目で初雪を見つめていた。
「これだけで危ない場所に飛び込むなんて、やっぱり変人ですわね。まあ、次はわたくしの番ですわ!ほら、平民共、これは王族であるわたくしに質問できる千載一遇のチャンスよ!」
次はアイリスか。聞きたいことはもう決まっている。
「ならボクが質問する!アイリスちゃんの世界と国って一体どんなところなんだ?」
「あ、初雪に先を越された……」
「ふんふん~♪残念でしたね。助手は名探偵に勝てないのだ!」
「うっ、いきなり調子に乗る探偵はどこにいるのよ」
「ここだよ、のだ!」
うわ、その得意げな表情が神秘的な容姿と相まって妙にイライラする。
オレと初雪の茶番に、とうとうアイリスが不満を爆発させた。
「そっちうるさい!!今はわたくしの番でしょう、黙って聞きなさい!」
「「すみません」」
さすがにこちらが悪いので、オレと初雪は素直に謝った。
「……ふん、わたくしの器が大きいから許してあげますわ。あなたたちがわたくしの世界を知りたいなら教えてあげましょう。そうね、わたくしの世界には沢山の国々が存在しますわ。それを始めたのは、ただ一つの疑問――『こんなに多くの国があるのに、一番強いのはどの国?』。その疑問から止まらなくなった『覇権戦争』が始まりましたの。わたくしの国『ラランド王国』は小さな国でしたが、最初から覇権争いとは無縁。でも、個人武力を重視する文化があったから、乱世に乗じて傭兵として活躍したわ。その結果、国民から王族までが戦場と魔物討伐に挑む傭兵国家になりましたの。大儲けですわ。」
なるほど、国民から王族までが傭兵国家……だからこそ、彼女はオレたちが死んだ時にあんなに激しく反応したのだろう。
守るべき国民であり、戦友である文化がそうさせたのだ。
アイリスの説明が終わると、ずっと黙って聞いていたファティラがぽつりと発言した。
「ああ……その世界、わたしも知っていますよ……ずっと戦争の最中だから、転生に必要な魂が多い……カルマ限界の魂も多いわ……美味しい……ごっくり」
ファティラは何かを思い出したように、涎を垂らしながら虚空を見つめている。
「こいつ、転生の女神を自称してるけど、やること冥府の神に近いわ……一応聞きますけど、この場の全員に食欲は起こさないよね?急に捕食されるのはごめんですわ!」
ファティラの話に怖くなったアイリスが彼女に質問する。
まあ、彼女自身が戦場に出る身だから、その恐怖は当然だろう。
その質問を受け、ファティラの雰囲気が変わった。
金色の瞳がアイリスをじっと見つめる……いや、アイリスだけじゃない。オレと初雪も、その魂を吸い込むような瞳に捉えられた。
急に空気が張り詰め、心臓が止まりそうな緊張が走る。
どれくらい時間が経ったかわからないが、ファティラはゆっくり目を閉じた。
「大丈夫……ここにいる全員の魂の色は、とても輝いているから、処分の必要はないよ……ふふふ~、生きている生命に判決を下すのは初めて……新しい体験」
正直、怖かった。心臓が止まるかと思ったほどだ。
隣のアイリスも、涼しい部屋の中で脂汗を浮かべている。きっと自分の罪を思い返したのだろう。
「これはまさか『死後裁判』だ!この体験をメモしよう。」
まあ、一人だけノリノリだけど。
初雪なら隕石が降ってきても平然と写真を撮りそうだ。
「アイリス……」
「な、なによ」
「きみは何人を殺した?戦場で」
「……おっしゃる通りですわ。傭兵の依頼だから」
「うん……自分の罪を自覚しているなら、まだ大丈夫……もしその感覚が麻痺したら、手遅れだから」
「そのお言葉、深く心に留めておきますわ。帰ったら父上と兄上に伝えましょう」
「よろしい……」
ちょっとしたハプニングはあったものの、話題は自然とファティラの番へと移った。
「色々あったけど、次はファティラさんの番だ!」
「わたしが……いいよ。何でも言うから、何が知りたい?」
ファティラは……謎の多い神霊だが、ここで聞きたいことはすでに決まっていた。
「ファティラ、前に言ってただろ。お前は隔離されて転生の女神になったって。その前は何の神だったんだ?」
「そうそう、神霊ってボクの専門外だから、ボクも凄く知りたいのだ!」
アイリスは先ほどの話の余韻で何か考え込んでいるように、珍しく沈黙していた。
「それは……知らない……。別の神々によると、わたしは『パー』って突然現れたらしい……なんかビッグバンみたい」
「なんか雑だな……」
「わたしもそう思う、雑……。現れたばかりのわたしは大暴れしたみたい……あの時の自我は今よりずっと薄くて、ただ目の前のものを破壊するだけだった……。時間を経て、神々はわたしに彼らの世界を壊されないよう願った……わたしはあれは何のためにそう言われたのか知りたくて……あ、そういえばわたしは全能だったらしい……全能だから、目の前の存在は何となく理解した。わたしも自我を得て、女神になった……簡単だよ」
ファティラの話は混沌としすぎていて、オレとアイリスは思わず顔を見合わせた。誰も彼女が何を言っているのか、よく理解できなかった。
「うん、何となくわからない混沌だな。オレにはよくわからない」
「同感ですわ……」
仕方なく、オレは自称名探偵の初雪に説明を求める視線を送った。
「むむ、これは……つまり、ファティラさんが突然現れて大破壊を起こし、神々が止められなくて許しを乞い、全能でなんが女神になった……ということかな?」
「大体そう……すごいね、探偵」
これで全員が少しずつ理解を深め、有意義な対話になった。
壁掛け時計を見ると……二時間が経過していた。
「これでみんなのことをもっと理解できたね。この後はゆっくり休もう」
初雪の言葉で、今回の語らいは穏やかに終わった。
*
オレたちはそれぞれ自由に時間を過ごすことにした。
アイリスはユニットバスに強い興味を示し、審判の脂汗を洗い流すために入浴を決めた。すると初雪が目を輝かせて、「アイリスちゃんと仲を深めるチャンスだ!ボクも一緒に入るぞ!」とノリノリでアイリスを連れてバスルームへ消えていった。
一方、ファティラは……考える素振りもなく、巨大なベッドにダイブしたまま動かない。
「すぅ……んぅ……あん……」
つんつん……柔らかくて弾力のある頰を軽く突いてみるが……反応はない、完全に寝落ちしている。
まあ、随分時間が経った気がするけど……今、経過した時間は――
これはあくまで簡単な確認だがその異常を見た、たった『5分』しか経っていない。壁掛け時計の針も、明らかに遅い速度で動いている。




