第19話・二週目・002号室・工房
第19話・二週目・002号室・工房
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――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・古き屋敷の庭――
敷石の小道に沿って歩きながら、オレは思わず感嘆の声を漏らした。
「なんだか、凄い場所だな……すごく歴史が感じられる」
「そうだろ~!だから一体どんなものが待っているのだ~、わくわくが止まらないのだ!」
庭園には草木が鬱蒼と茂っているものの、定期的に剪定されているらしく、敷石の小道までは覆い隠されていない。ほこりにまみれた噴水が佇み、古びた屋敷の外壁には蔦類が這い上がっていた。
まるでファンタジー作品の中に登場する、神秘的な探検スポットのようだ。
一定の距離を進むと、「ギイイイーー」という重々しい響きと共に、後ろの扉が鈍い音を立てて勝手に閉ざされた。
「うわ!?何があった!?」
「わあ~!本物のお化け屋敷が始まったのだ、ここは!」
「へぇ、自動ロック機能が付けられているのね……。結構、便利な仕掛けだわ。わたくしの魔力感知から考えると、この屋敷全体が魔道具として改造されているわね。流石は世界の錬金術の始祖、すごくお金がかかっていそうだわ」
アイリスの言葉が正しいなら、ここは屋敷全体が魔道具に改造されているということだ。なら、あの閉まった扉はポルターガイスト現象なんかではなく、単なる「自動ドア」ではないだろうか?
「キン——(あるじ。工房は陣地、油断大敵)」
本物の幽霊に近いツクモガミである赤桜も、霊体への警戒というより、罠に対する注意を警告してきた。
念のため、魂の専門家であるファティラに相談しようと振り返るが——
「あれ……?ファティラは?」
ファティラは確かに、朝が苦手で眠いからとずっと一番後ろをついてきていたはずなのに——今はどこにも姿が見当たらない。
「さぁー、ボクも気づいたらもう居ないよ?まさか、これは最初の犠牲者のパターンだ!そう、まるで『密室のような古い屋敷の中に、偶然探検に来た少年少女。嫌な予感を感じた矢先、仲間が急に消えた』って、作品でよくあるやつなのだ!」
「おい!勝手に死亡認定するんじゃないわよ!きっとどこかで転んでるだけだから、さっさと探すわよ!」
相変わらず変なことを言う初雪とは裏腹に、アイリスはもうファティラの捜索を始めていた。
彼女の体力を考えれば、遠くへ離れているはずはない——。
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あ、いた。
草むらから伸びるまっ白な細い足が、彼女を見つけるきっかけだった。
「みんな、こっちこっち!」
「見つけましたわ!」
「おぅーよー!すぐ行くのだー!」
声をかけながら、オレはファティラ——草むらに埋もれるように倒れていた彼女を引っ張り起こす。
「ファティラ、大丈夫か!」
「……むきゅうーー」
「キー(あるじ、これはもう気絶している)」
まだかよ……彼女はいつもすぐに意識を失っている気がする。なんだかもう慣れてしまった。
全力で身体強化の魔法が使えるはずなのに、これほど簡単に気絶するものだろうか。
そこに駆け寄ってきた二人は、目がくらむような、まるで軟体動物のように全身の力を抜いてオレに支えられているファティラを見て、何があったのか大体察したようだ。
「まったく、女神ファティラは……で、今回は何が原因なのよ?」
「ふふん~、この謎解きはこのボク、名探偵・西園寺初雪に任せるのだ!どれどれ……ふむふむ、押し倒された草むら、脱げ飛んだサンダル、倒れ伏した位置、石畳の道、傍らを飛び去っていく甲虫、イチジクらしい木の実、無音の消失、星……分かったぞ!」
やってきた初雪は鞄から虫眼鏡を取り出し、あちこちを観察してから自信満々に胸を張った。
「わたくしも心当たりがあるから、回りくどい推理はいらないわ。結論から言いなさい」
「それは、オレもだ……」
「なら、長い話は辞めて、手短に説明しよう!恐らくファティラはここを歩いている最中、イチジクの果実へ飛ぼうとした甲虫に注意を逸らされ、ごつごつした石畳の道に躓いて、そのまま草むらに倒れ込んだのだ!草むらと彼女の軽い体重が相まって、悲鳴を上げる間もなく気絶したのさ!」
なるほど、いかにもファティラらしいトラブルだな……あれ、なんだか一つ足りない気がする。
「なぁ、探偵さん。その、『星』は一体なんだ?さっきの推理に入ってなかったぞ?」
「知らん。ただあそこの石板に刻まれたルーンがそう言っているのだ」
「「石板?」」
首を傾げるオレとアイリスが、ファティラの倒れていた場所を改めて見ると、確かにそこには複雑なルーンが刻まれた石板があった——何より、この未知の紋様が読めないはずなのに、なぜかその意味が直感的に理解できる。
「確かに『星』のルーンだな……でも、オレたちがその未知の紋様の意味を自然と理解できるということは、ここはきっと『課題』と深く関係のある場所に違いない」
「ええ、その通りですわ。この屋敷の『傑作』はきっとここにあるわ。それに、そこから微かに魔力が感じられるもの。あれはただの石板じゃない、魔道具だわ」
アイリスがその石板にそっと手を触れると、星のルーンが眩しく光を放った。
「それがどんなものかは分からないけど、とりあえず起動したわね」
まぁ、ファティラも無事に見つかったし、謎の石板という思わぬ収穫もあった。そろそろ先へ進もう。
「それじゃあ、失踪事件(?)も解決したことだし、本番の屋敷探索へ行くのだ!」
オレはまだぐったりしているファティラを背負い直すと、アイリスと初雪と共に、古びた屋敷のエントランスへと歩みを進めた。
……何か重大な手がかりが見つかるといいが。そうしないと、アイリスの地獄の特訓が始まってしまう——本気で。
*
――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・古き屋敷の中――
「うわっ!?かび臭いし、埃が積もっているのだ……」
初雪が古い木造邸宅の重厚な扉を開けると、すぐ目の前には二階へと続く大階段が待ち構えていた。
階段は中段で左右へと分かれ、その吹き抜けの高い壁面には、一幅の巨大な油彩画が厳かに掲げられている。
描かれているのは、おそらくこの屋敷の元主であろう一族の肖像だ。
黒髪に青い瞳の、どこか錬金術師を思わせる男。
その傍らに寄り添う、白髪に赤い瞳の女。
そして、その二人の間に立つ——白くふわふわとした長い髪に、涼やかな蒼い瞳をした幼い少女。
幾重もの埃が舞う薄暗い空間の中、その巨大な絵画だけが、まるで今も生きているかのように訪問者たちを見下ろしていた。
なんだか、いかにもお化け屋敷らしい不気味な雰囲気だな……。
「あの男の顔、街にある像と同じだわ……なら彼はきっと錬金術の始祖、ウィリアムズ・アドラーわ。その横にいるのは彼の妻と娘かしら?」
「たしかにそうだな、同じ顔だ。……ひっ、お化け、幽霊が出たぞ!?」
屋敷に足を踏み入れた瞬間、うなじにねっとりとした熱が走った。まるで何者かに舐め回されているような生々しい感触に、全身の毛が逆立つ。
「……うん。女神ファティラの仕業だわ」
「犯人はボクじゃなくてファティラだよ~」
「ファティラ!?もう起きたのか!?他人を舐めるのは本当に悪い癖だな」
驚愕するオレとは裏腹に、アイリスと初雪は慣れた様子でツッコミを入れた。
そして、まるでASMRのように、透明感のある声がオレの耳元で囁かれる。
「お化けだよー……汗の味が美味しい、よ~」
「もう~、驚かせないでよ~!起きたなら自分で歩けるかな?」
「びびった?面白い、よ……ん、この屋敷に害のある悪霊の気配はない、よ。……残念、朝ごはんは見当たらない、の」
「超自然現象がないなんて、残念なのだ……」
今回のファティラは意外と素直で、オレの背中からトテトテと降りると、あたりをぐるりと見回してそう結論づけた。
その言葉に、初雪とファティラは揃って心底残念そうな表情を浮かべる。
「いやいや、二人ともそんな顔をするな。悪霊なんていない方に決まっているだろう?」
「そうよ。遊びに来たんじゃないんだから」
「あはは、半分は冗談だったのだ!さってさって~、探索を始めよう!こんなに大きい屋敷だし、二組に分かれて探そうか!えっと、助手くんと赤桜とボクは二階、ファティラとアイリスは一階、これでどう?」
まぁ、悪くない提案だな。お互いに異論もないようだ。
「別にいいけど……なんだか『助手』っていう名前を付けられて以来、やっと探偵さんと二人きりの行動だな。赤桜ちゃんもいるけどさ」
「悪くない提案だわ。なぁ、女神ファティラはどう思う?」
「良い、よ」
「キン(主の意のままに)」
「みんな異論はないみたいだね!それじゃ、探索スタートなのだ!」
*
……
…
二階。オレと初雪はもう、最奥にある主の部屋へと辿り着いた。
「なんだか、空っぽの部屋ばかりだな」
「それもそうだな~、誰も住んでいないはずだけど、ネルくんたちが定期的に整理に来ていたに違いないのだ?」
オレたちは扉を開け、邸宅の主が使っていたという部屋へ足を踏み入れる。
そこには相変わらず埃が積もっていた。
大きなベッド、仕事用の机、本だらけの本棚——それ以外には何もない、静まり返った空間だ。
「おや、あれは——」
初雪がトコトコと仕事用の机へ歩み寄り、机の上に置かれていた写真立てを手に取ってじっと見つめた。
「探偵さん、何かあったのか?」
「うん~これは、四人の写真みたいなものだね。錬金術師のウィリアムズ、さっきの絵にあった女性はなんだかヒーラー姿、それからキャルロに似たケモミミの戦士と……周囲に本を浮かべた、銀色のゴシックロリータな竜人の少女?なんがオシャレな格好だね~……あ、裏に名前が書いてあるぞ。『大邪神ディルーム封印の旅立ち記念』だって!」
「なんだか物騒なことが書いてあるな……今の状況から見れば、封印は成功して英雄になれたみたいだけど。この屋敷の『傑作』とどう関係があるのか……」
「そうだな、なら他のものを探そう!そ・の・時・は~、定番の本棚から始めるのだ!」
「っと、こら、走るなよ!」
「ごめんごめん~」
うう……埃が喉に入って気持ち悪い——。
「やっぱりギミックがあった!えっと、この本をこっちに移動して……この本を押すと、ここは順番に整理して……って、ボクの身長じゃ届かないから、助手くん手伝って!」
「はいはい、分かったよ。どうすればいい?」
「あそこにある燭台を回してほしいのだ!」
燭台って、あれか!
その金色の燭台は本棚の最上層——いや、本棚と一体化するように固定されている。これを三周回すと、「カチリ」と音を立てて本棚の横の壁が隠し扉のように開いた。
「うわー!?何あれ、開いたぞ!?」
「ふふ~、大当たりのだ!一体何が隠されているかな……」
オレと初雪がひょいと首を突っ込んで中を覗き込む。
そこにあったのは小さな四角い収納スペース、そして——見覚えのある石板だった。
「それは、『魂』のルーンだね?でも、こんなに隠されているものなら、一応起動しておこう~」
初雪がその石板に手を伸ばして自分の魔力を込めると、『星』の石板と同じように眩しく光り始めた。
その瞬間、屋敷全体が激しく振動し始める。
「地震か!?」
「おおーー!!これは、どこかの密室が開くときのギミック作動の振動に違いない!わくわくが止まらないのだ~、早くみんなと合流しよう!」
初雪はその言葉を残すやいなや、ものすごいスピードで部屋を飛び出していった。
「走るなって言ったのに……待てよ!」
仕方なく、オレはその背中を追いかけた。
背は小さいのに、相変わらず足が早いな——。
*
――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・古き屋敷の庭――
ロビーに辿り着いた頃には、すでに揺れは収まっていた。
アイリスとファティラはすでにそこで待っていた。
「遅かったわね。あなたたちもあの石板を見つけたの?」
「そうだよー!ボクたちが見つけたのは『魂』の石板なのだ!アイリスの方も?」
「見つけたわ、よ……暖炉の中に、『元素』のルーン、よ?」
なるほど、三つの石板をすべて起動したことで、どこかの仕掛けが作動したってわけか。
周りを見回しても、ロビー自体には特に変化は見当たらないが……。
「ってことは、外かしら?」
「そうね、室内には何もないみたいだし、その可能性は高そうね!」
慌てて外に出てみると——そこには驚くべき光景が広がっていた。先ほどまであった噴水が移動し、その下へと続く階段がぽっかりと口を開けていたのだ。
「わひゅうー!!!本物の隠し階段なのだ!!」
「あ、こら……また勝手に行って」
「まったく、相変わらず暴走する子わ……わたくしたちも行くわよ」
はしゃぐ初雪の後を追うように、アイリスも階段へと消えていく。
そして、その場に残されたのはオレとファティラだけだった。
ファティラはその階段の底を覗き込み、またもや死んだ魚のような目で、幼い子供のように両手をこちらに伸ばしてきた、「また階段……階段はもう嫌だぁ……おんぶして?」と甘えてくる。
「そんなに階段が嫌なのか……。仕方ないな、おいで」
「ありがとう、よ……助手のそういうところ、好き、よ」
オレはファティラを抱っこし、共に階段を下りていく。
少し長い螺旋階段だったが、ダンジョンであの果てしない階段に比べれば短いものだ。
その階段の果てに繋がっていたのは——無数のガラス瓶と謎の機械が所狭しと並ぶ、薄暗い空間だった。
「ここは……工房か?」
「うん、なんだかオレの想像通りの錬金工房だな。ふたりは……どこに行った?」
ファティラを下ろし、オレたちは先行した二人を追って奥へと進む。
地下工房の行き止まり、天井の崩落によって生じた瓦礫の山の前で、アイリスたちが立ち止まっていた。
「お前たち、そこで何をしている——って、え?」
問いかけようとしたオレの言葉が、途中で喉につかえる。
「……足が、出てる、よ?」
草むらに転がっていたファティラの時とは似ている、崩落した瓦礫の山から伸びるまっ白な細い足が——誰かが、そこに埋もれていることを示している。




