第12話・二週目・002号室・風の遺跡
第12話・二週目・002号室・風の遺跡
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――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・風の遺跡、草原エリア――
鉄の門を越えて階段を降りると、目に映ったのは広々とした草原だった。
涼しい風が吹き抜け、雲一つない青空が広がっている。
そう、まるで――
「まるで外とそっくり……千門ホテルの客室のような、異空間だな?」
「そうとは言い切れないわ。空間の歪曲により一見すると無限に広がっているように思えるが、実際は有限の境界が存在するわ。……女神ファティラ、あそこの地平線方向へ、地や岩属性の魔法で射撃をお願いしますわ」
アイリスが草原の地平線を指差しながら、ファティラに魔法攻撃を要求した。
「良い、よ……えっと、『ストン・バレット』?」
ファティラが弱々しく杖を振った。
なぜ疑問形なんだ……そう思った瞬間、岩山のような塊が発射され、途中で透明な壁にぶつかって爆発した。破片が霰弾のようにこちらへ跳ね返ってくる。
「あわわっ、これで全滅するのだ?」
「はははーー……早く避難を!!!」
「ぐ、わたくしはそんなに強い魔法を要求した覚えはないわ!!盾よ!!」
アイリスは正面を向き、側に浮遊していた『01』と『02』と塗装された四角い鉄板のような盾を地面に突き立て、壁のような堅牢な防御態勢を取った。
「オレの体を一時的に任せるよ、妖刀ちゃん!」
オレも呪いの刀を抜き、自分らしくない刀を構えて、洗練された動きで盾を越えて高速で飛来する石を次々と受け流した。
岩石の瞬時の暴雨がやっと終わると、もう一度刀を鞘に納めたと、体が勝手に動いていた状況も解けた。
「体を乗っ取らせたまま危機から守ってくれてありがとう」
「キンー」っと、鞘の中で軽く振動し、『たいしたことありません』と応えたような感じがした。
……ファティラに呪いを解かれる前とは大違いで、謙遜な刀だったな……いや、刀に謙遜があるのか?
でも、このまま頼るわけにはいかない。
自分で刀を操れるようになるのが一番だ。
「ボクたちは生きたのだ?」
他の二人を見ると、初雪は頭を抱えてしゃがみ込み……
この危機を引き起こした張本人であるファティラは、危険な岩石を発射した反作用で転んだように、地面に座り込んでいた。
「なんとなく防御されたけど……って、弁解は?」
全滅に近い危機で、アイリスが不満そうにファティラを睨んだ。
「それは手加減ミス、みたい?……もう最低限の魔力しか使えないはず……わたしも知らない、が」
手加減したつもりでこの危機を起こした、だと!?
防御態勢から立ち上がった初雪は、考察モードに移行したようで、興味津々にファティラを観察しながら顎に手を当てて思考している。
「力を制限されていてもこの威力……何度かその雑な経歴が実感的に感じられましたのだ。」
そういえばファティラが言っていたっけ。魔力は千門ホテルのルールによる『奪われたもの』の対象外……だからこうなるのか。
「ねえ、ファティラ」
「なに……?わたしは本当に手加減した、それは0.000000000000……」
あ、ファティラは壊れたロボットみたいにゼロを繰り返し始めた。
「その、落ち着いてください」
「……0001%の力だけ……なに?」
なんとなくゼロの無限ループが終わった彼女が、下から半目でオレを凝視した。
「その、あのですね。ファティラはやればやれるっ子だから。自分から制御するんじゃなくて、なんとなくその謎の力で出力を一般人の上級者程度に制限すれば良いんじゃない?」
「……!?」
あ、その普段より呆然とした顔から『そんな手があったなんて』が読める……うん、全然自分が持つ力を忘れていたみたいだ。
身体能力とかが奪われたけど、魔法の使い方でオレは彼女のことをなんとなく理解した。
それは――思考が苦手で、自分が持つ力を上手く利用できない、ファティラは実はとんでもない不器用なドジっ子。
即ち、有能の同時に『ドヘタレ女神』だった。
その雑な動きも思考が苦手な証拠だ。
かつての彼女はその規格外の力で何度かごまかしてきたけど、今は大半奪われたから力が失われた以上、その動き方が問題になっている。
って言うか、オレが呪いの刀に体を乗っ取られた時、彼女からあの岩山と同じ出力の「キュア」を受けた……あれは大丈夫だったのか!?
「試して、みる……『ストン・バレット』」
「おい、お前はまだか!?」
アイリスがすぐ警戒態勢に戻るが、今回はファティラの杖からただ一つの小さな石が打ち出され、透明の壁に跳ね返って、ファティラ自身の額にぶつかった。
「ふにゃん~」
――そのまま、自分の魔法で気絶した。
「なんだこいつは……でも、今回は随分制御できてましたみたいですわ」
「あはは、助手くん。今回は良くできましたのだ!ボクたちはこんなふざけた全滅を避けられて良かったのだ!」
「はぁ……、オレは彼女を背負うか。」
一連の出来事を見ていた初雪とアイリスは冷静を取り戻し、呆れたような雰囲気に変わった。
「まあ、あれだ、女神ファティラだから仕方ないわ。……少し意外はあったけど、ここが有限空間だってことは分かりましたわね」
「うん、透明な壁みたいなものにぶつかったから、よく見えた。」
「これはどういう原理なのだ?」
初雪はその境界へ走って行き、手を伸ばして透明な壁に触れた。まるで行為芸術みたいだ。
「はいはい、この世界のダンジョンがわたくしの世界のダンジョンと似ているなら、謎は多いわ。考察はそこまでで良いわ。さっさと続けましょう」
「はい~、少し残念だけど、時間制限があるから仕方ないのだ」
つまらない顔で初雪がこちらへ戻ってくる――その時、とある白いものが高速で彼女の薄い胸、心臓めがけて飛んできた。
「ワアッ!?な、なんだこれは!?」
幸い、彼女は反射的にアイリスのコレクションから貰った金属製のL字型の棒状工具――バールを振り、それを野球のようにかっ飛ばした。
「探偵さん!?大丈夫か!?妖刀ちゃん、頼む!」
「敵襲!?わたくしの気配感知をすり抜けた、隠蔽が得意な魔物が!」
アイリスは急いで武器を銃に切り替え魔力を装填し、撃飛された白いものに穴を開けた。
それを見たオレは、まだ気絶しているファティラを背負ったまま、アイリスと共に武器を持って急いで彼女の元へ集合し、周囲を警戒しながらその死体に近づいた。
「これは、角が生えたウサギ?ゲームに登場したアルミラージ、ですか」
なぜか、オレはそんなものを知っている……昔のオレはRPGゲームが好きだったのか?
「ボクがこんなものに襲われたなんて……もし反撃が外れていたら、ボクはお先に帰ってしまうところだったのだ。……普段の心音はこんなにうるさいものなの?……ボクは別に死を怖くないけど、こんな心理的な反応を体験するのは初めてだ。」
オレと初雪はそんなもの初見で詳しく知らないが、アイリスなら……
「なに、急に注目して……はあ、この魔物は知っていますわ。文字通り兎に角、角の付いたウサギ、アルミラージですわ。隠蔽と速度で一発の不意打ちを狙う魔物ですわ。でも、こいつはいつも急所を狙うから、対処は簡単ですわ」
襲撃者の正体を知ると、アイリスは『なーんだ、心配して損した』という顔をした。
「いやいや!それはアイリスの戦闘経験が豊富だから対処できるんじゃないか!オレと初雪はそうはいかないよ!」
「その、ボクもただ幸運でそのウサギを撃退しただけのだ……」
オレのツッコミと襲われた初雪の証言で……
「それは仕方ないわ~。面倒だけど、民を守るのは王族の使命だから、わたくしが守ってあげますわ~」
……なんか口では面倒そうに言っているけど、頼りにされてノリノリで上機嫌になっている?
それに、オレたちはアイリスの国の民ではないけど、今は黙っておこう……
あ、そういえばアイリスは『自分の事を証明したい』みたいな言動をしていたっけ。
というか、むしろ彼女の望むところなんじゃないか?
「でも、今後はわたくしがじっくりと刀の使い方を叩き込みますから、覚悟しなさいよ、助手」
「えぃ?オレですか!?」
びっくりしたオレに対し、アイリスは当然の表情で答えた。
「当たり前じゃないか。文句があるの?ファティラに必要なのは力加減。初雪は、先の動きを見るとギリギリ合格……けど、お前は違うわ。それ、全然刀の呪いに動かされているでしょう?今は大人しいけど、もしまだ乗っ取られてわたくしの後ろを斬ったらどうするの?」
「それは……はい、その通りです。確かに一時的に刀に体を委ねたから、言い訳はない。」
オレの言葉を聞くと、アイリスは長い溜め息をついて……オレと刀を睨んだ。
「はあーー、だろうわ。危機があればどんな力も頼るのが人間性だから、仕方ないわ。その兵器の危険性をわたくしが一番よく知っていますわ。わたくしの世界でそういうことが起きた……。それは、他の大陸でとある小さな国が滅ぶ前の話。最後の足掻きとして、かの国はそう決断したわ……国王としての百腕巨人が、宝物庫にあるすべての腕に呪いの武器を持ったの。その結果、国が滅ぶ運命は変わらず、ついでに呪いの嵐のように狂乱の巨人が暴れた……無念と憎しみの中に殺された生命の魂が巨人を呪ってその嵐の一部になり、あれはまさしく呪いの方舟のようなもので、あの大陸のすべてを滅ぼしたわ。その呪いの厄災は今でも暴れているわ。」
その予言、いや、アイリスにとってはこれは歴史……オレはそうにはならないために言ったのだろう。彼女なりの温情が感じられた。なら、この後はアイリスに刀の使い方を学び、刀の魂に頼らず自分の力で戦うしかない。
んー?刀がまだ振動している。これは……『あれは別の魂が勝手に動く、魂が重ならない限り、しません』と、『女神、怖い』の意味か?
先もそうだった。まさか自分に、刀の言葉が理解できるような才があったとは。何だか、意外と感情豊かな刀だな。
「なんなの、急に刀を凝視して……まさかまだ体が取られているの?やっぱり暴走した後ですぐ鉄屑にしてしまえる邪物ですわ!」
そう言うと、アイリスは一本の武器を収納し、大きなハンマーと入れ替えて刀を狙った。
「待て待て待て!!今はそうじゃないから、そのハンマーを下ろしてください!妖刀ちゃんもビビってるじゃないか、ね?」
オレが必死に止めると、アイリスは疑う目でハンマーを地面に置いた。
こんな単純な行動だけで地面が微小な地震を起こし、潜伏していたアルミラージたちが逃げ回った……あれは超危険なハンマーじゃないか!
ほら、刀の方も怖がってカタカタとぷるぷる震えている……あ、その振動から伝わってきた、いくつかの些細な言葉。それは……『命の恩人、一生付いてる』。そうなら良いけど、少し重くないか、その誓い。
「で、その暴走しない根拠を教えてもらえますか?」
「それはですね、先から妖刀ちゃんは振動でオレと意思疎通するから分かるんです。この子は別に暴走するつもりはない。ただ混ざった、ファティラから言うとカルマが限界した多重魂が勝手に動くだけで、刀の魂一つだけならそれを止められないのが原因です。でも、今はファティラが憑依した悪意の魂を喰ってくれたから、残された刀の魂だけなら暴走はしない……大分。」
「へぇー、武器と話せるなんて、なんと羨ましい……じゃなくて、わたくしから見ればただ振動しているだけですわ?なぁ、初雪」
「そうね、ボクから見ればたまたま振動するだけの刀だけど……もし助手の言うことが正しいなら、これはまさか呪いされた刀だけじゃない、ツクモガミの噂みたいな『知恵武器』ですのだ!興味深いじゃないか!触ってみてくださいのだ!……力を入れても抜けない?」
先の状態から完全に回復した初雪は、旺盛な好奇心で刀の柄を握って抜こうとしたが、刀の方は必死に抵抗し、「あるじ、助けて」の振動がオレに伝わった。
でも、初雪とアイリスの反応から見れば……まさかオレだけがその振動を分かるのか?これは刀の持ち主になれる原因か?
「それは……もう暴走しない、よ。わたしの目に入る限り……」
背中から、何時でも気絶しそうな無気力な声が……!
「ファティラ、もう起きたのか!」
「ついさっき起きただけ、よ。……魂はわたしに逆らえないから、まるで蛇とカエルのように、ふふ。」
ファティラはそう言うと、オレの背中から降り、初雪に代わって刀の柄を触ったが、今回は振動もしない……あ、これは死んだふりをしているのか。
「ええ、女神ファティラがそう言うならわたくしも文句はありませんわ。でも、邪心が感じられたら壊しますから、覚えておいてくださいまし。」
「いいな、ボクもツクモガミが欲しいな~。ボクのこのバールはただのバールだから、羨ましいのだ~」
「……じーー」
「その、みんなさん……妖刀ちゃんをいじめないでください。」
「あるじー!」って、刀から今までで一番大きな振動がその言葉を伝えた。
でも、これで妖刀ちゃんは正式にオレたちの仲間に加わることになった。
*
多少の意外はあったけど、ここは新人試練で使えるダンジョンだから、別に困難はしない。
いや、オレたちが遭遇した困難はほとんど仲間が起こした意外だから、この戦力過剰パーティーで順調に二階の草原まで進められた。
アルミラージはアイリスの言う通り急所しか狙わないから、心臓の前に武器を立てるだけで勝手に飛びかかって当たって死ぬ。
「みんなさん、こっちこっち~!階段はこっちにあるよのだ~、ボクのところへ来てください~!」
「二階も草原で、この先もまだ草原ですか?どこもかしこもアルミラージだらけだな。いっそのこと、ここは『ウサギの遺跡』とでも呼ぶとするか。」
「まあ、わたくしたちは簡単に突破できるから、悪くないじゃないわ」
「はあ、はあ……まだある、の~?……しんどい、です……死ぬ、かも~」
ただの二階だけなのに、ファティラの顔色は普段より蒼白で、何時でも光っている青い光がまるで電力不足かのようにチカチカと明滅している。
「ほら、無理ならオレが背負ってあげるから、無理はしないでください。」
「わたしに優しいいい人、好き……褒美でキスする」
「しないしない、そうすると仲間たちの関係が気まずくなるじゃないですか。ほら、早く乗ってくださいよ。」
「分かった、乗るよ。……少し残念、だ。でもわたしは構いませんから、欲しいなら何時でも良い、よ?」
「ファティラも冗談を言うようになったな」
「冗談、じゃない……ちょっと本気、よ。」
オレはファティラを背負うと、もう階段を降りて一足先を行った初雪とアイリスたちが、オレたちを急かしてくる。
「終わったなら、早く来てくださいまし。」
「はいー、すぐ行くー!」
次はどんな感じの階層だろうな~
*
――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・風の遺跡、洞窟エリア――
「これは洞窟、ですか?」
階段を降りると、土色一色の洞窟が広がっていた。
でも、どこからともなく風が吹き抜けていて、洞窟特有の閉塞感はなかった。
「うん、洞窟の中とはいえ、風の流れを辿っていけば次の階層へ行けるはずだな。ボクの推測は正しいでしょうか、アイリスちゃん?」
「ちゃんを付けないで……まあ、いいわ。そう理解しておけば良いわ。今は一本道かどうかもわからないから、進みましょう」
「了解す~」
「え、初雪って口癖が変わった?」
「気にしない、気にしないのだ~!レッツゴー!」
「ゴー~……」
全員元気に洞窟の探索を続けた。
*
「ワームが出た!集中攻撃するわ!」
「はい!探偵さんも!」
「はは、こっちに来い~!喰らえ、のだ!なんかゾンビの頭を潰す良い気分だな~」
「ゴミは燃やす、『ファイア』……」
オレとアイリスは刀で鋏のように十字に斬り合い、切断してもまだしぶとい生命力で死にきれずに地面で足掻く頭を、初雪がバールで潰した。
最後は復活させないために、ファティラが灰すら残さないよう燃え尽くした。
この洞窟階層に入ってからずっとこうだった。
別に複雑な迷路はないけど、洞窟の四方八方からワームたちが時々襲いかかってくるから、緊張感が解けない。
いよいよ第四階層の洞窟エリアの末に、階段が目の前に現れたが……
「これは、どうする?」
「ありゃりゃー、虫が多いのだ……」
オレたちと階段の間には、芋虫の池があった。
無数の虫がうねうねと蠢き、見るだけで気分が悪くなる。
「もういいや、先から虫だらけはもう飽きたわ。行け、女神ファティラ!」
「燃やす、ね……『炎海』」
ファティラの火魔法で前が見えないほど大きな炎が燃え盛り、虫の池をすべて焼き払った。
「相変わらずスゲー火力だな」
「そうね、ボクは魔法が使えるかな?」
「誤解しないで欲しいわ……普通なら、こんな火力は出ないわ」
何も残されていないくぼみを越えて、五階層への階段にたどり着いた。
「いよいよ終りに近いかな」
「だろうな」
「ねぇ、ねぇ、ファティラ。今は何時かな?」
「ん……午後三時かな、の?」
すごいな、さすがは全能のことを『何でもできる子』なんて言ってしまうファティラだ。時計がなくても外の時間が分かる。
「行こうか」
「そうですのだ!」
「待って、退避するわ!」
「ふぇ~?」
そのまま最下層へ行こうとした直前、アイリスが急に警告を発した。オレはファティラを掴んで傍に退避する。
そして、冒険者ギルドの紋章が付いたマントの冒険者たちが担架を持って誰かを運んできた……あれはボロボロになったハンター集団、『コロロ村狩り同好会』のパーティーだった。
「……魔法はないと、ダメだ」
リーダーらしい人物がこの忠告を残すと、急いで出口へ運ばれていった。
そして、他のボロボロになったパーティーも次々とギルドに連れ出される。
……これは、ネル君のパーティー以外の新米パーティーは全滅したらしい。
「この下、第五階層は一体何があるんだ……」
「でも、魔法ならファティラは何とかなるのだ?」
「頑張ります、よ……」
最後に、アイリスが結論を口にした。
「どうやら、わたくしたちは行く前にここで整備と一旦休みましょう」
強力なボスが待ち構えている可能性がある前に、休んで全力で挑む。




