第13話・二週目・002号室・エレメント・その一
第13話・二週目・002号室・エレメント・その一
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――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・風の遺跡、四階層の階段の前――
「みんなさん、準備は良いですわ?」
アイリスは相変わらず威風堂々と、階段の前でオレたちの状態を尋ねた。
こんなにパーティーを全滅させて……いや、ギルドに雇われた監督役の冒険者たちが連れ出されただけだから、全滅は言いすぎだ。
まあ、これをやった怪物、ボス魔物が存在するから、たとえアイリスとファティラがいるとはいえ……刀とバールを使うオレと初雪の方は戦力外に近い。
特に、あの狩り同好会のリーダーが言っていた『魔法が無いとダメだ』から考えると、物理攻撃が無効化されるか、魔法攻撃じゃないと有効なダメージを入れられない可能性が高い。
「探偵さん、妖刀ちゃん。オレたちは頑張りましょう」
「おうょ~!先に帰れないように頑張りましょうのだ、助手くん!」
『キンー(あるじの意のままに斬る)』
「うむ、宜しいわ。」
オレと初雪、ついでに刀の反応を見ると、アイリスも最後の準備を始めた。
アイリスの指に嵌めたリングが輝き、背後に漂う速やかに切り替え可能な五つの武器を、今回のボス特化仕様へと展開した。
それは『刀、槍、銃、杖、杖、杖』……杖だけが多いな。嵌まった宝石の色は違うけど、同じシリーズだと分かる。これはもしファティラが失敗した時の予備かな。
「宜しいわ。女神ファティラを起こして、出発よ。早くしましょう、助手」
「はいはい、オレはもうファティラの世話役に認定されてるみたいだな。」
別に嫌いはないけど、何度もこうなったから感嘆するだけだ。
ファティラは本当にどこでも眠れるな。本当に疲れているのか、眠るのが好きなのか、少し興味がある。
まあ、今やるべきことは彼女を起こすことだ。オレは彼女の肩に手を置いて軽く揺すった。
「ほらファティラ、起きてください。」
「ん、うん……ふにゃん……?もう行く、の?わかった……引っ張ってー」
起きたファティラがこちらに伸ばした手を握って引っ張り上げ、地面に置いてあった杖を手渡した。
「はい、杖。もう、服にシワがついてるよ、直してあげる。腕、広げて?」
「おー、ばんざいのポーズ、の?……髪も整理してありがとう、よ」
うん、ついでに髪も直して……その髪質が完璧なまでにサラサラで、整理も簡単だった。
流石オレだ、バッチリだ……あっ、またオレの謎の過去から未知のスキルが蘇ってきた。
「これで準備よし、行こうか」
「一体、第五階層で何が待っているのでしょう、超~期待するのだ!」
「まあ、どうせ新人がギリ勝てる程度のボスだから、さっさと突破するわ」
「早く終わって、帰ると熱々の晩御飯と、ぽかぽかのお風呂……うん、やる気が出せそう、よ」
準備万端のオレたちはその階段を降り始めた。
*
――002号室・錬金術師の始祖の街、フラム・風の遺跡、第五階層――
今回の階段は前より随分長く、降りるにつれて風が洞窟らしくないほど強くなっていく。
「みんなさん、見てください!あれは外じゃないのだ!」
「やっと出口を見つけましたわ、長いわー」
「――いや、どうやらまだまだですわ」
この長い洞窟の階段の行き着く先は、開けた柱状の岩窟空間の最上部であり、壁に沿って螺旋階段が下に向かって設置されていた。
風は一段と強くなり、岩窟の底から戦闘の音が伝わってくるのが聞こえた。
その長い階段を見ると、ファティラの目は普段より僅かな生気も消え、死んだ魚の目になった。
「ここは……わたしの死地、が……先に死に帰るかも……あっー」
それを言い終えた彼女の身体が突風にぐらりと揺れ、ガードレールのない階段の外、空洞に向かって崩れ落ちていった――
「……落ちた……おさらば、みんな」
「っ……!落ちたじゃないよ!!早くオレの手を掴まえて!」
オレは急いで彼女へ手を伸ばし掴んだが、勢いが強すぎてオレも共に階段から落ちていきそうになる。
「お前たちは何をするの!?」
「急げーー!!よし、捕まえた!けど、重いぃぃぃーー」
浮遊感が一瞬で止まった。それはアイリスと初雪がオレの両足を掴んだからで、仲良し落下死の未来を止めてくれたのだ。
「みんなさん……!助かった!」
「お前はバカですか!人助けは己の安全を考えてください!もう、だから……」
「その、アイリスちゃんは怒っているのが分かるけど、早く引っ張って上がらないとボクの体力が先に切れますのだ……」
アイリスが長い説教を始める前に初雪がそれを止め、彼女の掴む手が震えているのを感じたから限界は明らかだ……って、怖いよ、早く引っ張って帰らないと本当に落下する。
「仕方ない、説教は後回しですわ。せい~のー!」
「のー!のだ!」
彼女たちが同時に力を込めてオレたちを崖から引っ張り上げる。
と、オレたちはまるで釣り上げられた魚みたいな軌跡を描いて壁に叩きつけられ、そのまま階段へと滑り落ちた。
「いたたた、背中が折れそう……アイリス、初雪、ありがとう。ファティラは無事か?」
オレがクッションのように先に衝撃を受けたから、彼女は無事なはず……でも、そのか弱いさを考えると、無事じゃない可能性もある。
だが、オレの体を覆うように乗った彼女は普段より更に呆けた顔で、ただオレを見ている。
これは……まさか頭をぶつけたのか!?
「……どうして、わたしを助ける、の?ただ、帰還するだけ、なのに?」
「あ、無事みたい……でも、『どうして、わたしを助ける』か。それは仲間だし、このくらいは当たり前じゃないか?まあ、あの時のオレも考える前に先に動いたから説得力は無さそうだけどね。」
オレの返事を聞くと、ファティラは今の言葉を咀嚼するかのように、目をパチパチさせた。
そして、答えた――
「……む。」
――頭でオレの胸のところへ頭突きをした。
「何で!?その頭突きを止めなさい、そろそろ下ろしてはどうかな」
その突然の行動で、オレも一時的にどう反応すればいいか困っているところへ、初雪とアイリスがこちらへ来た。
「ヤアー、お二人は無事でよかったのだ!この掴まる腕は少し痛みを感じたけど、ボクは嬉しいのだ!」
「探偵さん……!心配してくれてありがとう!」
初雪の言葉で心が温かくなったが、アイリスの方からは凄まじい圧迫感が感じられた。
「正座」
「はい?その、一応ここはダンジョンの中だから……」
「聞こえないのか、正座。助手だけじゃない、女神ファティラと初雪もだ。」
「……わたし、も?」
「え!?ボクは何も悪いことはしていないのに、どうして!?」
その圧迫感に負けたオレたちはアイリスの言う通り、階段の少し広い場所で並んで正座し、そしてアイリスの説教が始まった。
「お前たちこいつもどいつも、勝手な行動ばっかり。危ない場所で勝手な動きの危険性をしっかりと教えないと、間違いない大きな事故が起こる!わたくしの我慢にも限界があるわ!……まずお前、初雪。西園寺初雪!」
「はい!急にフルネームを呼ばれるのは本当に怖いよ!ヤバい、普段はお人好しのお母様が夜叉のように叱る記憶が……本気で殺される記憶が溢れ出す!?」
怖いという感情とは関係なく、自由奔放のイメージが強い初雪がぷるぷる震えている。
「初雪、お前は第一階層で安全を確保しないのに、ただ好奇心を満たすために勝手にダンジョンという危険地帯に走り回った。その結果、本当に危険なことになったのを覚えているか。それに、死の危機に瀕したとき、お前は諦めが早すぎる。ただそこで死を受け入れるのか?人間と呼ばれる生き物はな、どんなに醜く足掻いてでも、かすかな希望に手を伸ばして追い求めるべきだろうが!」
「は、はい……ごめんなさい」
そのまま借りてきた猫のように、アイリスの説教を大人しく受け入れた。
そういえば、オレたちが全滅危機になると初雪はいつも一番早く諦めていた。
「あはは、本当にお母様みたいなお言葉だ……ボクは子供の頃からずっと、そう生きることに執着はなかったから、それを気付けたお母様はお父様の止めを無視して大変怒られたけど……そのまま言い出されて、ボクはやっと気付けた。その癖はまだ変われないみたい」
「はあ、今後はもっと注意して、その癖が治らないなら死に近づくだけですわ。次。助手、お前!」
「は、はい!どうぞ」
アイリスに指名された瞬間、オレは慌てて姿勢を正した。
「お前の問題は何も準備をせずに人助けをすること!もし何も考えないまま本能で人助けするなら、だいたいの場合はただ遭難者を増やすだけよ。まぁ、今回の件はお前がそうしないと女神ファティラはきっとそのまま落ちていただろうから、次は注意してください」
「はい、今後は注意します」
想像より緩い説教で助かったが、自分より小さい子にそんな当たり前の常識的なことを言われるのは……
オレのことはこれで、最後は――
「女神ファティラ、お前は女神だから多少無常識なのは仕方ない。わたくしは他人より我慢するけど、今のお前の問題は山ほどあるから、我慢ももう限界だわ。説教は長くなるから、聞いてね」
「はい……です」
ああ、この流れで本当に長くなりそうだ。
……
…
「――それで分かりましたか?」
長い、本当に長かった。
完全に止まらないノンストップの説教で、十分近くまで伸びた……オレたちはたった三日くらいしか暮らしていないのに、こんなに減点があったのか……
すべてを言い終えてスッキリしたアイリスと真反対に、ファティラの顔色は青くなり、目がくるくる回っている。
「はい……本当にごめんなさい……きゅー」
と、そのまま倒れた……その頭は正座したオレの太ももに当たったから傷はつかなかった。
「まあ、今回はこれだけで良いわ。その奇行さえ抑えられれば、だいぶマシになると思うんだけど。次はもっと注意してください、助手に」
「オレが!?」
「当たり前じゃないか、世話役だから」
「仕方ない、出来ればそうするけど……アイリスも分かるだろう、ファティラの行動を予測するのは無意味だって」
「それは……まぁ、出来る範囲で何とかしなさい」
でも、まさかここの全員で一番常識を持っているのが王女であり、一般的に常識が無い地位のアイリスであるとは。
初雪は、まあ、初雪だ。常識はあるけど、それをしない自由奔放と好奇心旺盛な子。
ファティラはそもそも常識と関係ない存在だし。
オレの場合は、知識以外の記憶が奪われたから、常識も欠陥がある。
傭兵として平民とよく共同行動したアイリスが一番真面目な常識人になる原因かもしれない。
オレは気絶してオレの太ももに頭を預けたまま倒れたファティラの頭を撫でているその時、ぷるぷるの状態から回復した初雪がニコニコして、意地悪そうな笑顔でこちらに話しかけた。
「頼りにされたな、アイリスちゃんに~」
「って、ば、バカなことを言わないでくれますか!たまたまー……そう!たまたま女神ファティラがそいつに慣れただけだから、仕方ないわ~!あと、ちゃんを付けないで!」
「わお、なんと古典的なツンツン反応、ありがとうございます!面白いのだ!でも、アイリスはボクよりちっちゃいのに、その怒り方でお母様のことを思い出して不思議なのだ。あ、うちのお母様もアイリスと似ていてボクよりちびだから、この原因なのだ?」
「知るか!それにわたくしはお前のお母様ではない、ちびでもないわ!ほら立てて、さっさと行きましょう!」
アイリスは照れ隠しで先に進んだが、オレは仕方なく気絶したファティラを背負って、初雪と共に追い付いた。
*
階段を降りながら、オレはとあることを思い出し、声を上げた。
「そういえば~」
「まだ何かあったの?」
「はい。先にオレとファティラが階段から落ちたでしょう?オレは見ました、この階段の終点は円形の広場で、ネルくんのパーティーがとあるものと戦っているんです。何と言うか……そうだ!新緑の嵐を纏った緑の結晶——それは、八面体の水晶にも似た半透明の物体でした。ネルくんのパーティーはその嵐の障壁を突破できず、悪魔の聖職者が回復を続けて耐えているけど、完全に詰んでいるみたいです。」
「え、なにそれ!ボクたちが遭遇した魔物はウサギや虫や、動物に似たものばかりなのに、ダンジョンマスターは水晶!?あれはどうやって動くの?その原理は一体何なのだ~!すごく気になりますのだ!!」
「あれは……水晶の魔物、そして嵐が……あれは恐らく『エレメント』ね。このダンジョンの評価から考えると、それはまだ実体が存在する『レッサー・ウィンドエレメント』に間違いないわ。そっか、魔法が無いと面倒になるのはそのせいね。」
エレメント?それは何の魔物だ?
「なぁ、妖刀ちゃん。それ、知ってるか?」
『キンキン』っと、刀の振動から意志が伝わってきた。
それはあくまで軽いお言葉だった――『魔物に堕ちた微精霊のなれの果て、斬れる』
「それは安心なお言葉だ。頼りにしてるよ、妖刀ちゃん」
まだ振動しているが、今回は何も伝えてこない。極めて単純な振動だ。
これは受け取ったという意味か?
まあ、それはそれで、そろそろ螺旋階段が終わるからボスエリアに入るに近いから、ファティラを起こそうが。
「ほら、ファティラ、起きてください。もう気絶している場合じゃないよ」
「ん……にゃ~?」
今回は眠りじゃないから、起きる速度は早いな。
「わたしは、何時から意識を失ったの?……確か、アイリスの説教が終わったあとで記憶が無い、か?」
「まあ、そんなことは気にしないでください。ほら、戦っている声が聞こえるでしょう?早く準備してください、良い子にしてね」
「はい~……良い子だからそうする、よ……あっ、アイリスは怒るから、階段の端に近づかない、と……杖は、どこ?」
なんと尊い景色でしょうか、あのファティラが反省するなんて……!ヤバい、彼女の成長で急に泣きそうだ。
「ファティラは本当に良い子だな!はい、杖はここですよ、持っててください。」
「うん……ん……にゃー?どうして急に頭を撫でるのですか……嫌いは無いから、もっと」
「良いよ!よしよし~、よしよし~!」
「むん~……にゃー、にゃー~」
オレがファティラの頭を撫でている時、横から冷たい視線が飛んできたのに気付けなかった。
「なにそれ?わたくしは一体何を見てるの?まさか、助手はあいつが遥か年上なことを忘れたの?」
「まあ、そうじゃない……大分?ボクもそれに自信は無いのだ……助手くんって子供が出来たら、子を全力で甘やかすタイプかな~。未来はこの点を注意しないと、その心は子供に奪われるかもな」
「はぁー、今はそうするのを放っておいて……もし戦が始まってもそうするなら、殴るわ」
「怖い~、でもファティラが溶けた顔と猫にのようなにゃんにゃんして言語を失った表現を見れば、その撫で方は素晴らしいかな。ボクも並んで行こうのだ!ゴー!」
「え?待ちなさいわ!」
ボスエリアの修羅場と逆で、階段はダンジョンらしくない日常のような光景だった。




