第九十七話 バグったシステム
彼は、他とは違い、何度死んでも諦めなかった。
刻 印の魔術で爆死した時も、
「まだまだ!」
呪禍桔梗の魔術で心臓が貫かれた時も、
「今度こそ!」
彼は諦めず、立ち上がり、再び生きようと足掻いた。
彼の動向こそ観察できるが、交流できるのは彼が死んだ時のみ。
次第に私は、彼が死ぬことを、どこか楽しみにすらしていた。
ある時、彼は四元学人との戦いで死んでしまった。
「だぁくそっ!やっぱり魔術長は強いな!」
今仕方死んだというのに、全く気勢を削がれていないのを見て、私は感嘆するほどだった。
「それだけの元気があればまだ大丈夫そうですね。それでは、ヒントを与えましょう」
いつも通り、無機質に、ただヒントだけを与える。
少なくとも、私はそう思いながら行った。
だがしかし、彼は不満気だった。
「う〜ん。ナビ子ってさぁ、全く笑わないよな」
「……笑う必要があるのでしょうか?」
当時の私は、言葉の意味がわからず、彼に尋ね返した。
「いや、別に無理に笑えって、ワケじゃないんだけど。……やっぱさ、明るい雰囲気の方が「また頑張るぞ!」ってなれるワケよ」
「……こ、こうでしょうか?」
私は、口角を上げ、どうにかぎこちない笑顔を作る。
今まで何人もの主人公が心が折れたことで諦めてしまったことを考え、私は笑顔を練習し始めた。
「うん。やっぱり笑顔の方がやる気が出るよ」
彼が、優しく微笑む。彼の言葉が、動きが、頭から離れなくなる。
元々、ナビゲーターとして、彼を物語の終わりまで導こうと思っていた。
けれど、彼との交流が増えるたび、その想いは強くなっていく。
彼がリスポーンしようとする間際、思いついたように言う。
「そうだ。せっかくリスポーン部屋が教室なんだからさ、ナビ子もいつものドレスだけじゃなくて、教師みたいな服を着るのもアリなんじゃないか?」
「……却下。確かにこの空間は教室を模していますが、私が教師の服装をする必要はありません」
「そうか……。ま、考えておいてよ。それじゃ、行ってくる」
彼もきっと、深く考えていたワケではなかったのだろう。
私が却下すると、軽く流してリスポーンした。
その後も彼は、物語に挑み続けた。祈闘守杜を失っても、その体がぼろぼろになったとしても。
何度死んでも諦めず、生き返り、進み続けた。
そしてとうとう、物語の最後、星詠未来を倒した。
魔使い優奈と手を取り合い、エンディングを迎える彼。
ついに私は、主人公を導くことに成功した——と、思われた。
「ここ、は……?」
エンディングを迎えた彼が、唐突にこちらの世界に現れる。
景色が一変して混乱している彼は、私を見つけて安堵する。
「ナビ子!急にここに来たんだが、何が起こったんだ!?俺は死んだのか!?」
私に尋ねる彼。しかし私も、彼の質問には答えられない。
なぜなら、私自身、彼がこの世界に現れたのがイレギュラーだったからだ。
私たちが混乱していると、リスポーン部屋が——教室のような空間が割れて、マザーシステムが現れる。
「マザーシステム……?どういうことなのですか!?なぜ彼がこちらに来ているのですか!?」
私は、マザーに真意を問うために尋ねる。きっとこれは何か異変が起きているのだ。
それを修正するためにマザーシステムが出てきた。きっとそうに違いない。そう、思っていたのに。
「おめでとうございます。ようやく、クリア者が現れましたね」
マザーは、こちらの言葉の一切を無視して、称賛の言葉を放つ。
「あんた、ナビ子の呼び方的に、ナビ子の親とか、この世界の根幹とかそういうのだよな?いったい何が起こっているんだ?」
彼が、改めてマザーに問う。すると、マザーが質問に答えた。
「あなたが物語をクリアしたので、ひとまずこちらに呼び戻したのです。もう一度攻略してもらうために」
「「…………は?」」
私と、彼の声が重なった。
それほどまでに、マザーの言ったことは衝撃だった。
「この物語は美しかったでしょう?感動したでしょう?この世界をそう簡単に終わらせるのは惜しい。いや、許されない。故に私は、世界を繰り返し、永遠に存続させることに決めました」
「何を、言って……!」
マザーの言っている意味がわからず、私と彼は戦慄する。
「では彼が成し遂げた物語はどうなるのですか!?」
私は、自分でもなぜここまで怒っているのかわからないまま叫んだ。
「繰り返されるのですから。何度でも、ご自由に物語を紡いでもらえます。素晴らしいことでしょう?」
意味がわからない、といった風にマザーは首を傾げる。
その時私は、初めて、すでに私が、マザーシステムとは大きく異なった存在になっていたことを理解した。
「ふざけるなよ」
彼が、ぽそりと呟く。
「あの世界を繰り返すってことは、彼らの命を!死を軽んじるってことだろ!それだけは、絶対に許さない!!」
私がこれまで彼を観察してきた中で、最も激昂していた。
それほどまでに、マザーの発言は彼にとって地雷だった。
彼が、ナイフをもって走り出す。
黒峰刀也の肉体で来ていたため、魔術を使って切り掛かる。
「危ないですね。管理権限執行:バリア展開」
しかし、マザーの眼前で透明なバリアが現れて、彼の攻撃は弾かれる。
「おかしいですね。あの物語を生きた者なら、きっと共感してくれるものだと思っていたのですが」
マザーは、なぜ彼が怒っているのかわからず、首を傾げる。
「ナビ子!手を貸してくれ!俺とお前なら、きっとこいつを倒せる!」
己だけではバリアを壊せないと感じた彼は、私に助力を求める。
それは、禁忌の誘惑だった。システムの一部として、マザーに逆らうことは許されない。いや、ありえない。
それは、重力がひっくり返るような、滝の水が上へと登っていくような事だからだ。
だがそれでも私は、迷いなく彼を助ける道を選んだ。
「システムNo.105の権限を使用!障害の除去を命ずる!」
私の権限では、管理権限を上回ることはできない。しかし、対抗する命令を降すことで、命令を弱めることはできた。
バリアにヒビが入る。
「今よ!」「ああ!」
彼が、ナイフをバリアに突き刺し、破壊する。
「マザー!」
彼が、ナイフをマザーへと振り下ろす。
「面倒ですね。管理権限執行:一切の動きを禁ずる」
瞬間、体が硬直して倒れ込む。
「ぐっ……あっ……!」
私も、彼も、マザーの前で倒れ伏し、動けない。
「なぜ理解してくれないのでしょう。世界はこんなにも素晴らしいというのに。世界の破滅を望む輩は、排除しなくては」
マザーは、一歩、また一歩と彼に近づいていく。
「ダメ……。お願い。やめて、ください……!」
私はマザーがやろうとしていることを理解し、懇願する。
「ああ、可哀想なナビゲート・システム。バグに思考回路を汚されてしまっている。バグを消去したら、すぐにあなたも初期化してあげます」
マザーはこちらを一瞥してそう言うだけで、止まることはない。
マザーが彼の目の前に立つと、彼が、ゆっくりと浮き上がる。
「この世界から追放する前に、一言くらいは喋らせて上げます。何か言うことは?」
マザーは、彼の口だけを開放して喋らせる。
「あんたの理念は、絶対に理解されない。……いつか、あんたを打ち倒す奴が現れる。それまでせいぜい、神様気分を楽しんでろ」
「そうですか」
ただ一言。マザーはそう返して彼をこの世界から追放した。
「さて」
バグの排除を終えたマザーは、今度はこちらに向かってくる。
「今度はあなたを初期化してあげましょう。安心してください。今度はバグに犯されることなどありませんから」
マザーは私を浮き上がらせて、両の手で私の顔を包む。
「待って、ください……!」
私は、どうにか権限を駆使して、口だけを開放する。
「バグの原因は消去、されました。……もう私は、正常、です!」
私に心を、自己というものを与えてくれた彼をバグ呼ばわりをして、私はマザーに許しを乞う。
「なんだ!そうなのですね。それならよかった。あなたの経験を全て消すのは惜しいですからね。これからも、主人公をしっかり導いてくださいね。ナビゲート・システム」
システムに嘘を吐かれるという概念が無いマザーは、私の言葉を信じきり、私を解放する。
「了解、しました……」
それから私は、再びナビゲート・システムとして、主人公を導き始めた。
しかし、ただマザーの命令を聞いたわけではない。リスポーンルームを隠れ家に改造し、マザーが直接見ようとしなければ認識できないようにし、秘密裏に準備を始めた。
黒峰刀也の魂を保護し、彼と同じか、それ以上に思いの強き人に助力させようとした。まさか、彼の次に現れるとは思わなかったが、炎上寺心也は、彼以上に経験を積み、強くなっていった。
しかし足りない。結局、マザーを打ち倒すには、通常の努力では足りなかった。
だから私は賭けに出た。もしも彼がなんらかの手段をもって、マザーのいる座標まで来ることができたなら、それは、システムの力に干渉できているということである。
ならば、事前にマザーを削っておけば、マザーへの勝ちの目が見えてくるのではないか。
私はそう考え、マザーとの勝負に出た。
願わくば、炎上寺心也が、黒峰刀也が、私の予測を上回り、マザーを打ち倒してくれることを願って。




