第九十八話 野生のシステムがあらわれた!
「あなたはここで、倒す!」
過去を振り返り、覚悟を決めたナビ子は、マザーとの戦闘を始める。
「プログラム設定。ハッキング開始!」
ナビ子の足元から、世界が変わり出す。
『どこでも無い場所』が、教室のような空間に変わっていく。
「世界のハッキング。……まるでウイルスですね」
マザーは全く焦りを見せない。この程度では彼女を脅かすことはできないからだ。
「せっかくです。少し、遊んであげましょう」
マザーが両手を広げる。すると、どこからともなく本と本棚が現れる。
両者が支配する空間が、せめぎ合い、喰らい合う。
両者はしばらく拮抗していたが、次第にナビ子の方が押し込まれていく。
「くっ……。やっぱり、正面からの押し合いじゃ不利か……!……だったら!」
正面からの押し合いは不利と見て、直接マザーに攻撃するために、走り出す。
「あら、押し合いは終わりですか?」
自分の方へ向かってくるナビ子を見ても、マザーは余裕を崩さない。
とはいえ、対処するために次の手を打つ。
「管理者権限執行:バリア展開」
ナビ子の目の前に透明な壁が現れる。
それは、拒絶という概念そのもの。システムの権限無しには破壊することは叶わない絶対の防壁。
それに、ナビ子はそっと触れて、呟く。
「アンチシステムプログラム。起動」
透明な壁が、毒々しいピンクに染まり、甲高い音を立てて割れる。
「なっ……!」
この時初めて、マザーの顔に驚愕の色が現れた。
かつてこのバリアは、主人公だった者と、ナビ子のあわせ技により破られている。
だから、ナビ子がこの障壁を破ることができるのは何もおかしくない。
しかし、たった一撃で、それも、権限を使わずに破壊したことから、マザーは混乱していた。
「知らないようだから教えてあげるわ」
驚くマザーに対しナビ子が言う。
「野生動物の明るい色は、毒があるって意味なのよ」
ナビ子が、まるで引き寄せれるかのように美しい桃髪を靡かせながらそう言った。
「……あなたは私の管理下でしょう……!」
ナビ子の言葉に、マザーが強く反応する。
「……それで、今のはいったい何なのですか……!?」
理解できないものに、マザーはひどく狼狽え、混乱する。
ただ理解できないのが怖いのではない。人の心情などは、理解できない時もある。
しかし、アレは違う。アレは、自身の生命を、この世界を脅かしうるものだ。そんなものは、あってはならない。
ナビ子がマザーの元へと駆け出す。
「あの時、初めてあなたが世界をループさせようとした時。私は、あなた相手に何もできなかった」
ナビ子の手が、毒々しいピンクへと染まっていく。
「っ!止まりなさい!」
再びバリアを展開するマザー。
しかし、すぐにナビ子に割られてしまう。
「だからこの毒を作ったの。この世界を否定し、破壊する、最悪の毒を!」
ナビ子は、炎上寺心也たちの旅を見守りながらも、力を培い続けた。
あの日初めて知った悔しさを、あの日思い知った絶望を、あの日湧き上がった憎悪を、自身の全てを込めて作り出した、ウイルス。それこそが——
「アンチシステムプログラム。それが、この毒の名前よ」
マザーとナビ子の距離が、残り十メートルほどとなった。
「管理者権限執行!一切の動きを禁ずる!!」
マザーシステムからの絶対命令。それは、あくまでも一システムであるナビ子に抗えるはずがない。
しかし、ナビ子は止まらない。一瞬動きが止まるが、ガラスが割れるような音がした後、すぐに動きだす。
「どうして……!」
ナビ子に対する命令すら効かず、マザーは混乱する。
「すでにこの身は毒そのもの。抗体も無しに、システムの命令が通じるはずがないでしょう?」
とうとう、ナビ子がマザーに触れる。マザーですらも、毒へと侵され始める。
「あなた、死ぬ気ですか!?たとえあなたが作った毒と言えど、あなたもシステムの一部なら、その毒はあなたでさえも破壊するはず!」
自身を毒に侵させたナビ子に、マザーは恐怖を覚えて叫ぶ。
「確かに、あなたは正しい。この毒は私であっても破壊する」
事実、ナビ子の体にはところどころヒビが入り、割れ始めていた。
けれどね、と、ナビ子は続ける。
「私は、あなたを破壊して、この世界を先に進められればそれでいい」
ナビ子が両の手でマザーの顔に触れる。
マザーは恐怖していた。自身の破滅を知りながらも、笑う狂気の沙汰に。本能というものからひどくかけ離れた、理性的な錯乱に。
「っ!私を破壊すれば、この世界が終わるかもしれないのですよ!?」
マザーは叫ぶ。マザーシステムは、いわばこの世界の法則そのもの。故に、マザーの言葉は正しかった。
「そうね」
そして、ナビ子もまた、マザーの言葉に同意する。
「だからこれは、度胸勝負なのよ。あなたが死ぬ前に心変わりするか、私が死ぬ前に、世界が壊れる前に、私が心変わりするかのね」
マザーとナビ子の体が、毒によってさらに壊れる。
「だから、なるべく早く心変わりしてね」
ナビ子が呟く。
「私は、最期まで止まらないつもりだから」
その時、マザーはやっと理解した。この娘はもう、致命的なまでに壊れているのだと。
「……ならばこちらも、本気を出しましょう」
マザーの雰囲気が変わる。
マザーがナビ子の手を握る。
「ナビゲート・システム。あなたならば知っているでしょう?私は、元のあなたのようなシステムを、数千単位で並列接続していることを」
マザーの辺りから風が噴き出す。——否。それは、風ではない。この場所で風など吹かない。それは、ナビ子が感じる、マザーのプレッシャーそのものであった。
マザーが、触れているナビ子から、見えている全ての事象から毒のプログラムを読み解く。
「構造、解析。抗体プログラム、構築」
「嘘!この一瞬でもうそこまでの解析を!?」
恐るべき速度で毒を解析され、ナビ子は驚愕する。
「実行!」
マザーから閃光が瞬き、世界が白く染まる。
「そん、な……。私の毒が……!」
ナビ子とマザーのヒビ割れは止まり、血色も元の色に戻る。
「ナビゲート・システム、あなたと私では処理速度が文字通り桁違いなのです。あなたがいくら手をかけてシステムを破壊する毒を作ろうと、一瞬で解読できるのです」
「……ここまで、ね」
ナビ子は、自分が完敗したことを認め、座り込む。
「これ以上あなたを野放しにしておくことはできません。とはいえ、あなたを破壊すると発動する罠でも仕掛けてあったら困りますからね。そういった安全を確認するまではあなたを監禁しておくことにしましょう」
そう言って、マザーはナビ子の周りに檻を出現させ囲う。
「私は安全を確認してきますから、それまで大人しくしておくように」
ま、何もできないでしょうけど、と、言ってマザーは消える。
「はー!やっぱり負けたかぁ」
マザーが消えて、力が抜けたナビ子は、地面に仰向けになる。
できる限りのことはした。けれど敵わなかった。だがしかし、それは想定内のことだ。
だからナビ子は、期待を込めて呟く。
「心也、刀也。私の予想通りではダメよ。あなたたちは、私の予想なんか飛び越えて、とびっきりのハッピーエンドに辿り着いてね」
主人公は、未だ現れない。ハッピーエンドは、まだ遠い。




