第九十六話 主人公になれなかった者たち
それは、少しばかり昔の話。
私が最初に見えた景色は、何もない暗闇の中で、ただ一人存在している女性の姿だった。
「システムNo.105——分離成功。おはようございます。体は問題無く動かせますか?」
司書のような姿をした女性——マザーシステムが、こちらに向かって話しかける。
「はい。問題無く動かせます。マザー」
手のひらを握ったり開いたりするなどをして、体が問題無く動くことを確認する。
「それはよかった。それでは、あなたを私から分離した理由。あなたの任務を言い渡します」
この世界のシステムは、中枢のマザーシステムを中心として、いくつものサブシステムが連結している。
私もその一つだったが、この時マザーシステムから分離され、体を与えられた。
美しい桃色の髪を持つ少女の肉体。この世界の主人公である黒峰刀也の姉。黒峰桃子に酷似した姿を。
「もうすぐ、世界が始まります。その時、あなたはナビゲート・システムとして、主人公を導いてください」
それが、私に与えられた任務。終ぞ叶うことのなかった、私の、業。
「了解しました。ストーリーが始まり次第、プレイヤーの先導を行います」
「頼みましたよ。ナビゲート・システム」
それからすぐに私は、プレイヤーを導く準備を始めた。世界をプレイ中のプレイヤーに干渉する権限は与えられていなかったため、リスポーンする時のセーフティルームを作り、そこで助言を与えることとなった。
造りなどどうでもよかったが、攻略法を教える。教育の場ということで、教室のように作った。
そして、最初の世界が始まった。
最初の主人公は、とある日本の高校生だった。
トラックに撥ねられてこの世界に来た彼は、転生早々再び死んだことで、ひどく怯えていた。
「こ、ここ何処!?お、俺、また死ん、死んで、でも生きてる?」
「ようこそリスポーンルームへ。はじめましてプレイヤー。私はナビゲート・システムです」
「リスポーン、ルーム。……てことは、やっぱり俺は死んだのか。でも、まだ生き返れる?」
「はい。あなたは——」
少年は、混乱しつつも、次第に落ち着いていき、私からこの世界についての説明を受けた。
そして、再びリスポーンすることを決めた。
「それじゃあ行ってくるよ。ナビゲート・システムさん」
そう言って彼はリスポーンした。その時の彼はまだ笑顔だった。希望に満ち溢れていた。
けれど、次に彼が死んだ時、過去の希望は儚く消えていた。
初めて彼が死んだ翌日。術木薔薇との戦闘で死んだ彼が、この部屋にやってきた。
「死んでしまいましたね。それでは、アドバイスを——
「もう嫌だ!!」——!?」
この部屋に来てすぐに、彼は、叫んだ。
「どうしてこんな、殺し合いなんかしなくちゃいけないんだ!転生したなら、もっと楽に生きられると思ったのに!どうして何度も死ななくちゃならないんだ!!」
それは、心からの叫びだった。彼の心はポッキリと折れてしまっていた。
今にして思えば、当然の話だった。この世界に転生してくるのは、ある程度の厳選が為された人であると言っても、人である以上は、死の恐怖を持つのだ。
たとえ何度も生き返れると言っても、痛みもあれば、死ぬ時の恐怖もある。それは、大抵の人間がそう何度も耐えられるものではないのだ。
だからこれは、彼の責任ではないし、私は彼を責めるつもりもない。
そして彼は、こう言い放った。
「もう俺は、この世界で生きられない……」
「……それでは、あなたの世界を終了します」
彼が再起不能だと判断した私は、任務不達成の悔恨だけを感じながら、彼を、この世界から追放した。
おそらく彼の魂は、元の世界で輪廻の輪に戻っただろう。この時の私はまだ、命の尊さも、悲しみも、何も、知らなかった。
次はどうすれば任務を達成できるのかだけを考えて、何人もの主人公たちを見送った。
ある時は高齢の男性だった。
ある時は若い女性だった。
ある時は黒い肌の青年だった。
人種、性別、年齢。様々な主人公がいた。
けれど皆、数回の死を経験すると、生きるのを諦めてしまった。
どうして諦めてしまうのか?どうして生きたいと思わないのか?わからない。どうして?どうして?どうして?
何度も人を見送りながら、何度も人を追放しながら、私は思考し続けた。
その答えは私の中には無かった。私には命が無かったから。
未だ、生きたことが無かったから。
そしてある時、転機が起こった。
記念すべき——ある意味では恥ずべき百人目の主人公として、ある青年が、この世界に訪れた。
彼は、なんてことのない、普通の青年だった。
「うえっ!?俺生きてる!?いやでも、死んっ……!生きてるのか!?」
例に漏れず、この世界に来てから初めての死を経験した彼は、この部屋に来て混乱していた。
「ようこそリスポーンルームへ。初めましてプレイヤー。私はナビゲートシステムです」
「リス、ポーン、ルーム?ナビゲート、システム?」
彼はまだうまく事態が飲み込めていなくて、私はいつも通り、この世界について、この世界の法則について説明した。
「なるほどなぁ……。ほんとにゲームの世界なんだな」
彼は私の説明を聞き、ある程度の事情を理解した。
いつも通りの、状況。いつも通りの、説明。
きっと、彼もまた近いうちに生を諦め、私は彼をこの世界から追放することになると考えていた。
しかし彼は、今までの誰とも異なる行動に出た。
「ナビゲート・システム。ナビゲート・システム、ねぇ……。そんな名前じゃ、呼ぶのがめんどくさいな」
彼は何度か私の名称を呼び。具合を確かめる。
そして、何かを思いついた彼はこう言った。
「うん。決めた。これから君のことはナビ子って、呼ぶよ。ナビゲート・システムだからナビ子。いい名前だろ?」
記憶の中の青年は、まるで子供のような顔で笑った。
「……それは、愛称というものですか。まぁ、あなたが私のことをなんとお呼びしようと問題ありませんが」
その時の私は、彼には何も期待していなくて、彼の歩み寄りにも、冷たく接した。
「……そっけないなぁ。ま、いいけど。それじゃあ、俺はもうリスポーンするよ。ナビ子」
そう言ってリスポーンしていく彼を見ていると、私は何故か、私の中で何かが揺れ動くような気がした。
これが、彼と、私の出会い。
誰も導けない迷子のナビゲーターと、主人公になれなかった青年との出会いだ。




