第九十五話 迷子のナビゲーター
俺たちは間界から出て、俺は優奈さんに提案する。
「今日はもう遅いですし、色々と話さないといけないこともありますから、家に来ませんか?」
俺がそう提案すると、優奈さんは少し驚いたような顔をする。
「いいの?正直、今は家に帰りづらいから、私はありがたいけど、あなたの家族とかに了承を取らないといけないんじゃない?」
優奈さんの疑問はごく当たり前のことだが、黒峰家に限ってはそうではないので、俺は安心するように言う。
「大丈夫ですよ。家はそういうのに緩いんで。それに、優奈さんが困っているのは本当でしょう?」
「それはそうなんだけど……」
それでもまだ躊躇う優奈さんの手を、俺は掴んで前に進む。
「ちょっと!」
「ほら行きましょう。悩むのは、家の家族に反対されてからでいいでしょう」
俺たちは今回も、優奈さんを家に泊めることになった。
もちろん父さんも姉さんも、優奈さんを家に泊めることに反対はしなかった。
そして、今回のループでも優奈さんに頼み込んで決議に参加してもらうこととなった。
途中なぜそこまでするのかと、とても怪しまれたが、明日事情を話すことを約束して、今日はひとまずお開きとなった。
寝る支度を全て済ませ、俺は布団の中に入る。
その時ふと、ナビ子のことが思い出された。
「そういえば、今ナビ子はどうしているんだろうか?」
ナビ子は、一人でマザーシステムを止めにいくと言った。
なので今頃、すでにマザーと対面しているかもしれない。
「どうだろうな。あの空間からマザーシステムが居る場所までどれほどかかるのか俺たちにはわからない。それに、俺たちとしては、まだナビ子が辿り着いていない方がいいだろう?」
刀也の言葉に俺は同意する。俺たちの立てた作戦には、二つの目標がある。
一つはループの停止。これは大前提だ。そしてもう一つが、ナビ子の救出。
ナビ子はおそらく、自分が死ぬ覚悟でマザーシステムを止めに行った。俺たちはそんなことを見過ごせない。
故に、どうにかナビ子がマザーシステムと対面する前に追いつきたい。
「明日からは色々と忙しくなるなぁ……」
これからのことを考えていると、だんだん眠たくなってきた。
急がなくてはならないが、休息も必要だ。なので今は、この微睡に身を任せることにした。
心也たちが眠りについた頃、暗闇の中を一人、ナビ子が歩いていた。
そこは、前後も上下左右も無い。『どこでもない場所』本来であれば、その場所に何かが存在することも、動くこともできない。
それでもナビ子は、その美しい桃髪を靡かせながらどこかへと歩いていく。
本来の意味で歩いているわけではないが、目的地へと近づいていくという事象が歩くという動作で表されていた。
そしてとうとう、ナビ子は歩みを止めた。
ナビ子の目の前に、一人の女性が現れたからだ。
「お久しぶりですね。システムNo.105——いえ、ナビゲート・システム」
その女性は、ぱっと見であれば、司書のような姿をしていた。
青色のシャツに白のストライプが入ったワイシャツ、その上に深い緑のエプロンを付けて、黒のロングスカートを履くという地味な格好をしているが、一点、特異な部分があった。
彼女の顔には、モザイクがかかっていた。そのモザイクは顔のほとんどを覆っていて、僅かに大きくなったり縮んだりすることで、時折口元や目が見えている。
「相変わらずその現し身がお気に入りなのですね。マザー」
ナビ子は、眉ひとつ動かすことなく言う。
そんなナビ子を見て、司書のような女性——マザーシステムはため息をつく。
「冷たいですね。久しぶりに会った親に対して挨拶すらないだなんて。……それに、お気に入りと言うのなら、それはそっちもでしょう?」
「……」
マザーの言葉にナビ子は何も返さない。
そんなナビ子を見て、再度ため息をついたマザーは、ナビ子がここに来た理由を問う。
「それで、なぜあなたはここに来たのですか?」
とうとう本題に入り、ナビ子は目的を言う。
「マザー。物語の繰り返しを、世界のループを辞めてください」
一切の物怖じをすることなく、ナビ子は言い放つ。
何も言葉を発しないマザー。モザイクにより表情は読めないが、驚いていることは感じられた。
「……なぜ、そんなことを?」
長い沈黙の後、マザーは理由を問う。
「人は、簡単に死んでしまう。それでも、日々を懸命に生きている。それが、私たちには美しく見える」
「ええ。だからこそ、守らなければならない。この美しい物語を、永遠に存続させるために」
「いいえ違う。あなたのやっていることは、ただ彼らの物語を空虚にしているだけよ!」
ここで初めて、ナビ子が声を荒げる。
世界と共に、永遠を生きるシステム。その頭脳体たち。片や世界が先へ進みことを、物語の終わりを望み、片や世界が繰り返されることを、物語の永遠を望む。
二つの意思は、視線と共にぶつかり合う。
「まさかあなたが、そんなことを言うようになるとは思いもしませんでした」
ナビ子が自身を睨んでも、マザーは余裕を持って受け止める。
そして、ナビ子にとって、心の臓を掴まれるような言葉を放つ。
「あなたをそのように変えたのは、あなたが今まで触れてきた、あの成り損ないたちのせいですか?」
「ッ!!」
ナビ子が、マザーを睨む視線に怒りの色が強くなる。
「あなたが、いったい彼らの何を理解ると言うのですか!!」
激しい感情を顔に出すナビ子。それは、冷静に、平坦に、世界を運行するシステムにはあり得ないことであった。
ナビ子は自身がそうなった理由を、過去に出会ったある人を思い出す。
それは、まだナビ子が、ナビゲート・システムが心を、人を、理解する前の話。
「ナビゲート・システム。ナビゲート・システム、ねぇ……。そんな名前じゃ、呼ぶのがめんどくさいな」
一人の青年が、手を顎に当てて考え込む。
「うん。決めた。これから君のことはナビ子って、呼ぶよ。ナビゲート・システムだからナビ子。いい名前だろ?」
青年が、まるで子供のような顔で笑う。
これは、一人の道を指し示す者が、失敗を重ね続けた、物語。




