第九十四話 誰も知らない物語
決意を新たにした俺は、ひとまず、優奈さんと出会うために学校を出ることにした。
「そうだ刀也。今のうちにこれからの計画を話し合っておこう」
「そうだな」
優奈さんと出会う場所への移動がてら、俺は刀也とこれからの作戦を立てることにした。
「——ていう感じでいこう」
俺は、作戦会議をまとめる一言を発し、ひとまず締めくくる。
そして、作戦会議を終えた直後に、視界の端に見覚えのある姿を捉える。
「いた。優奈さんだ。追いかけろ」
「ああ」
俺は優奈さんの後を追いかけ、間界へと入っていく。
いつも通りの赤く黒い空。記憶を辿り、優奈さんがいる方へ駆けていく。
「気づいているか心也?」
優奈さんへの元へと走っている途中で刀也に話しかけられる。
「……ああ。この体に混ざっている禁忌の魔物のことだろ?」
今回のループが始まってからずっと感じていた。……いや、感じていなかった、体の不調。
「おそらく、今の俺は魔術を使える」
これまで、身体強化が使えるようになったことはあったが、魔術まで使えるようになったことは無かった。
おそらく、三度のループ、その度に多くの死線を乗り越えたことで、この体に巣食う禁忌の魔物に適応してきたということだろう。
とはいえ、俺たちの立てた作戦には優奈さんとの契約が不可欠だ。そのため、優奈さんを救助し、契約をしてもらう。
これは決定事項だ。
と、そんなことを考えながら走っていると、先の方に優奈さんと一匹の魔獣が見える。
「Grururuuu……!」
「こ、来ないで!」
魔獣が今にも優奈さんへと襲いかかろうとする。
俺は、強く踏み出し、すでに用意しておいたカッターを振るう。
「【切断】!」
俺の魔術により、魔獣は縦に真っ二つとなり絶命する。
「え?」
優奈さんが気の抜けた声を出しながらこちらを見つめてくる。
「大丈夫ですか?」
俺は、腰が抜けて立てない優奈さんへ手を差し出す。
「え、ええ。ありがとう……」
優奈さんは俺の手をとり立ち上がる。
「もう大丈夫だから。さようなら!」
「待ってください!」
立ち上がってすぐに立ち去ろうとする優奈さんを、俺は手を掴んで引き止める。
「何か、困っていることがあるんじゃないですか?」
俺は、優奈さんに怪しまれないように、しかし、彼女の懐に潜り込めるように遠回しに尋ねる。
本当は優奈さんが何に悩んでいるのか全て知っているのだが、それを言ってしまえば当然、怪しまれる。
下手をすれば逃げられてしまうので、作戦の第一段階、優奈さんと契約をする。を達成するには遠回しに近づいていくしかない。
「……っ!……あなたには、関係ないわ……」
一瞬何かを言いかけたが、すぐに言うのを辞めてしまう。
どういうことだ?今までならこれで優奈さんは悩みを——魔術を使えないことを話してくれるはずなのだが、今回は話してくれない?
俺が困惑していると、刀也が推測を話す。
「今回のお前は優奈さんの前で魔術を使った。そのせいで優奈さんのコンプレックスを刺激して心を閉ざしてしまったんじゃないか?」
だとしたらかなりまずいぞ?作戦を進めるには優奈さんとの契約が必須と言ってもいい。だから、優奈さんが心を開いてくれなければ、契約をしてくれなければ、全てが詰んでしまう。
ええいくそ!こうなればヤケだ!
「おい心也?いったい何を——」
刀也の質問に答えることなく、俺は行動を起こす。
「優奈さん!実は俺はあなたのことを知っています!」
「は!?え、何!?私のことを知って!?……ていうか、急に馴れ馴れしいわね!?」
唐突の俺のカミングアウトに、優奈さんは困惑する。
「何をやっているんだ心也!」
いや、これでいい。このまま勢いで突破する!
「この世界は何度もループしていて、俺はあなたと何度も出会っているんです」
「……は?いや、あなた急に何を言っているの?頭でも打ったの?」
うぐ。正直言って、かなり正しい罵倒……!しかし、だからといって退くわけにはいかない!
「俺はあなたの悩み。魔術が使えないことや、父親との確執などを知っています」
「!!……どうしてそれを……!まさかあなた、私のストーカーってやつ!?ここまで着いてくるなんて!!」
まずい!かなりとんでもない誤解をされている!どうにか誤解を解かなければ……!
となると、さらに強引に話を進めるしかないか……!
「優奈さん。俺と契約をしましょう。そうすれば、あなたの悩みは一つ消えるはずです」
俺の言葉に、優奈さんはさらに大きなリアクションをする。
「契約!?そんなことできるわけないでしょ!?あなたは魔術師じゃない!まともな契約すらできない私ができるわけないでしょ……!」
優奈さんは歯噛みしながら俯く。右手で左腕を強く掴んで必死に何かを耐えている。
できるものならやりたいに決まってるいる。そんな表情をしている。当たり前だ。今の優奈さんは、それほどまでに追い詰められているのだから。
だから俺は、契約ができるという証拠を見せる。
「俺の体には魔獣の一部が混ざっていて、体が魔獣に近いんです。こんな、風、に!」
俺は、手に持ったカッターで左手を突き刺す。
「ちょっとあなた、何をやっ、て、……!」
優奈さんは、みるみる塞がる俺の傷を見て驚愕する。
「これは、魔術?……いや、それにしては魔力の流れが不思議な感じね……」
優奈さんが一連の流れを見て興味深そうにする。
「この通り、俺は魔獣が混ざっているので傷もすぐに再生します。そして、【使役】魔術の対象にもなります」
「!!」
俺の手をしげしげと見ていた優奈さんがその言葉を聞いて顔を跳ね上げる。
「俺と契約してください優奈さん。これは、俺の願いでもあります」
「で、でも。私なんかにできるわけが……」
未だ自信を持てない優奈さんの顔をじっと見つめて、さらに言葉を重ねる。
「いいえ。あなたならできます。俺はそれも知っている」
「あなた……」
優奈さんが目を瞑り、思案する。
数秒ほどの思案を終えた後、優奈さんはゆっくりと口を開く。
「わかったわ。まだあなたの言葉の全てを信じたわけじゃないけど、騙されたと思って契約してあげる」
と、言いながら優奈さんは右の手のひらをこちらに向ける。
もう四度目となる優奈さんとの契約が始まり、優奈さんが詠唱を始める。
「私、魔使優奈は汝と契約を結び、汝の主となる。汝の名を述べよ」
俺はすかさず自分の名前を答える。
「黒峰刀也」
光が俺たちを包み、俺の右手に収束していく。
光が収まり、俺の右手に紋様が刻まれる。
「成功、した……?」
優奈さんが、信じられないとでも言いたげな表情でこちらを見てくる。
「だから言ったでしょ。あなたならできるって」
俺は、得意気な笑みを優奈さんに向ける。
「……そうね。まさか本当にできるとは思わなかったわ」
優奈さんもまた、笑みを浮かべる。
「まさかこんな方法で優奈さんを押し込むとはな」
契約ができたのを見て刀也が話しかけてくる。
ふふん。ま、俺にかかればこんなものさ。
「その前に危うく契約ができなくなりそうになったのは、いったい誰のせいだろうな?」
いったい誰のせいだろうなぁ……?と、刀也からの追及をすっとぼける。
「それじゃあ優奈さん。行きましょうか」
俺は、優奈さんへと手を差しだす。
「ええ。でも、まだあなたを完全に信頼したわけではないから」
優奈さんは、俺の手を取らず前へと出る。
そして、軽く後ろを振り向きながら呟く。
「色々と、知っていることを話してもらうわよ。黒峰刀也くん?」
「……ええ。よろこんで」
こうして、今回のループでも無事、俺は優奈さんと契約を結ぶことができた。
今まで通った三つの物語、そのどれでもない物語の、第一歩が踏み出された。




