第九十三話 難易度選択:ハードコア
「システムが、物語の繰り返しを辞めなかっただって……!?」
俺は、驚きのあまり、ナビ子の言葉を繰り返す。
「いやでも、元から確証は無かったか……」
しかし、すぐさま冷静になる。
そう。あくまでも、三つの物語を終わらせればシステムが世界のループを辞めてくれる、というのは希望的観測だ。
システムが世界のループを辞めなかったとしても、何ら不思議ではない。
とはいえそうなると、これ以上どうしたものかとなる。
「じゃあどうするんだ?また三つの物語を攻略するのか?」
と刀也がナビ子に尋ねる。
「……いいえ。それでは結局、ただの繰り返しになるでしょう。今度はまた別の手を打たなければならないわ」
「何か案はあるのか?」
俺は、ナビ子の言葉を聞いて尋ねる。
「……これは最終手段だったのだけど、一つ、手段が無くもないわ」
「それって……?」
もったいぶるナビ子に、俺は答えを催促する。
最終手段。ナビ子がそう言うからには、よほどのことなのだろうけど。いったい何をするつもりなのか……。
数秒ほどためらった後、ナビ子が最終手段の内容を話す。
「私が、直接システムに物語の繰り返しを辞めさせに行くわ」
「「!?」」
ナビ子の言い放った案に、俺も刀也も驚く。
「直接辞めさせに行くって、そんなことできるのかよ!?」
俺は思わず、声を荒げて尋ねる。
俺はてっきり、システムは手が出せない相手で、だからシステム本人(?)に心変わりしてもらうしか無いのだと思っていたのだが、ナビ子の言ったことから考えれば、システムはどこかにいて、話もできるということか?
「はっきり言って、成功率は低いわ。なんせ、システム……、この場合はマザーシステムと呼ぶべきかしら?は、この世界で最上位の権限を持っていて、その気になれば私程度、あくびをしながら削除できるもの」
もちろん、システムはあくびなんかしないけどね、となんでもないように言うナビ子。
つまりナビ子が言いたいことは、これから強硬手段に出る、ということだ。
そしてそれは、相手が自身よりも圧倒的に格上であるために、成功率がかなり低いということも。
「ナビ子お前、死ぬ気なのか……?」
俺は、ナビ子に尋ねる。今のナビ子はどこか深刻そうな顔をしつつも、いつも通りのように見える。
しかしそれは、気丈に振る舞っている。そんな風に感じるのだ。
ナビ子——ナビゲートシステムにとって、死がどういったものなのかは、俺にはわからない。
しかし、もしも今ここにいる『ナビ子』と会えなくなるのなら、金輪際話すことができなくなるのであれば、それは、確実に死と呼べるだろう。
明るい笑顔を浮かべていたナビ子が、悲しみと喜びがないまぜになったような顔になる。
「……そうね。まだ私は死を体験したことは無い。終わりというものを知らない。それでもマザーに表立って反抗すれば、『私』は消えるかもしれない」
けれどね、と付け加えながら、ナビ子はまた明るい笑顔に戻る。
「私はナビゲートシステム。主人公を導き、先へと進ませる存在。だから、まだ道半ばのあなたを放って消える気はないわ」
ナビ子がそっと、俺の頬に手を添える。
「だから、私を信じて待っていて」
「ナビ子……」
その時だった。突然、ビシィッと、何かが割れるような音が響いた。
「おい!教室が割れ始めたぞ!!」
刀也の言葉を聞いて、俺は辺りを見渡す。
すると、確かにこの教室のような空間にヒビが入っていた。
「ここが元々リスポーンするためのセーフティルームであったことは確かだけど、さらにそこから私が隠れ家へと改造していたの」
と、ナビ子が落ち着きながら述べる。
「急に何言ってるんだよ!ていうか、早くここから逃げなくちゃ!」
自分でそう言いながらどこへ逃げればいいのかわからない。
リスポーンすればいいのか!?
ナビ子は、慌てることなく何やら説明を続ける。
「今から私はマザーの元へと直談判しに行くわ。そうすれば、マザーが改心してくれない限りここは破壊されるでしょう」
だから、とナビ子は続ける。
「あなたたちはリスポーンして、大人しくしていなさい。物語を攻略する必要も無いわ。私が成功すれば、きっと迎えに行くから」
ナビ子がそう言うと、体が浮き上がるような感覚がする。
唐突に、リスポーンが始まったのだ。
「待てよ!そんなこと急に言われても——」
ナビ子に手を伸ばそうとするが、体が動くことはない。
意識が暗転していく。
「そうだ。最後に一つだけ。しばらくリスポーンができなくなるから、絶対に死んじゃダメよ」
意識が落ちていく中、囁くようなナビ子の声が聞こえた。
「刀也、もう六時だよ、学校が閉まっちゃう前に帰らなきゃ」
もう何度も聞き慣れた、薔薇の声で俺は目覚める。
「そう、び……」
薔薇が起きた俺の顔を見て、怪訝そうな顔をする。
「どうしたの刀也?怖い夢でも見たのかい?」
「え?」
その時初めて、俺は自分が涙を流していることに気づいた。
「ああ……そう、だな。少し、嫌な夢を、見たんだ」
「大丈夫かい?一緒に帰ろうか?」
薔薇がこちらを心配して一緒に帰らないかと誘う。
「いや、大丈夫だよ。ただの夢だから」
しかし俺は、なんでもないと誤魔化す。
「……そう。君がそう言うならいいけど。じゃあ、僕はもう帰るから。刀也もすぐに帰るんだよ」
そう言って、薔薇は教室を出ていく。
一人になった俺は、空に向かって呟く。
「なぁ刀也。いるか?」
すると、頭に声が響き返事が返ってくる。
「ああ。俺はここにいる」
その返事を聞き、俺は少し胸を撫で下ろす。
「ナビ子は、成功すると思うか?」
俺は自分の中でもわかりきっている質問を刀也に投げかける。
「……彼女の言い方を思えば、難しい、のだろうな」
「そう、だよな……」
ナビ子のことは心配だ。けれど同時に、ある種の怒りが湧き上がる。
きっとナビ子は、こうなることがわかっていた。ナビ子だってシステムの一部だったんだ。
マザーシステムの意思がどれほど固いのかよくわかっていたはずだ。
その上で、希望的観測によって三度の攻略を俺たちに依頼した。
そして、希望は儚くも破られた。そして、ナビ子は決意した。
死の覚悟を持って、マザーシステムに歯向かうことを。
「どうしてだよ……」
思わず言葉が洩れ出る。
どうして、俺たちに何も手伝わせてくれないんだ!
俺たちだって、この世界に先を与えたいという思いは同じなのに!
「刀也」
「なんだ」
俺は、刀也に言葉を投げかける。
「俺は決めたぞ」
「何をだ」
刀也が、合いの手を入れる。
「この世界を、この物語を、とびっきりのハッピーエンドで終わらせる」
俺は、目の前の空間を、右手を伸ばして握り込む。
「誰も死なせない。そんなハッピーエンドで終わらせてやる!」
ここから、俺たちの最後の物語が始まる。
というわけで、とうとう最終章となりました。ここまで読んでいただいた読者の皆さん。どうかもう少しだけ、お付き合いください。




