第九十二話 ルートクリア3
黒百合との決戦。それから一週間が経った。
俺たちは、日常へと戻っていた。
朝起きて、朝ごはんを食べるなど、支度をする。
テレビでは先日の大事件を、ガス漏れによる爆発と、集団幻覚と報道している。
「まぁ、仕方のないことだな」
と、刀也が呟いた。
実際、魔術や魔獣の存在を公表するわけにはいかないため、こうした隠蔽が為されたのだろう。
操蛇さんなどに聞けば詳しく教えてもらえるかもしれないが、おそらくそれをする時間は無いだろう。
「操蛇さんと言えば、まさか魔術長になるとはなぁ」
操蛇さんのことを思い出し、俺はつい言葉を洩らす。
先日の大事件の結果、魔道具が半壊し、決議は不成立となった。
その時点での残っていた候補者が、祈闘家当主の祈闘さんと、優奈さん、薔薇、そして刻家当主、刻 印の四人。
最初は、候補者かつ、歴の長い七大魔家当主である、刻に話がいったようだが、刻がこれを辞退。
続いて他のみんなも辞退したため、魔術組合は次の魔術長をどうするかと揉めに揉めて、とうとう、七大魔家の当主の中で、最も歴の長い操蛇さんに頼み込んで、操蛇さんがその座についたというわけだ。
「刀也ー!みんながもう来てるわよ!早くしなさい!」
「わかった!すぐに行くよ!」
と、そんなことを考えていると、姉さんに、みんなが迎えに来ていることを知らされる。
すぐに支度を終えて、俺は玄関から出る。
「お待たせ。みんなおはよう」
「おはようございます先輩!」
玄関から出てすぐに、百合が俺に挨拶する。
続いて薔薇と優奈さんも挨拶をする。
決議は終わったが、後始末が膨大にあるため、魔使家や刻家はしばらく三重に留まるそうだ。
そのため、優奈さんもしばらくは東神高校に通うらしい。
「それじゃあ行こうか」
俺の言葉を皮切りの、全員が歩を進め始める。
少し歩いた後俺は、気になっていたことを百合の問う。
「そうだ百合。その……、家のこととかはもう大丈夫なのか?」
俺がそう聞くと、百合は少し表情を暗くする。
あの後百合が家に戻ると、母親を模した人形を見つけたと言う。どうやら、かなり前から、人形を母親だと思わされていたようで、調査によって百合の母親は萄越に殺されていたことがわかった。
この一週間、百合と薔薇は、今後の身の振り方なども含めてかなり忙しかったようだ。
「はい。お母さんの葬儀とかも改めて行いましたし、これからは魔使家の皆さんにお世話になることが決まりましたから」
そう言って、百合は優奈さんの方を見る。
「えぇ。魔使家の次期当主として、責任を持って二人を預かるわ」
「まぁ、僕はただ預かってもらうだけじゃなくて、色々と仕事もあるけどねぇ」
百合の言葉に、優奈さんと薔薇が応えた。
そんなみんなを見て、俺は心の底から安堵する。
「そうか……。それなら、もう大丈夫そうだな」
俺がそう呟くと、突如鋭さのある声がした。
「ちょっと、私のことも忘れていませんよねぇ?」
声のした方を振り向くと、百合の髪が金に染まり、肌も白磁の如きものに変化していた。
「もちろん、お前のことも忘れていないよ、黒百合」
俺がそう言うと、黒百合は、不機嫌そうな表情を一変させて、唐突にこちらに抱きついてくる。
「く、黒百合?」
「それならいいんです。これからも、私と、百合をよろしくお願いしますね。先輩♡」
そう言って、黒百合は俺から離れる。悪戯っぽい笑顔を浮かべる彼女に、俺は不意にドキリとする。
すると、黒百合が慌て出す。
「ちょっ、ちょっと待って百合!もう少しだけ、もうちょっとだ——」
慌てた風な動きが止まると、百合の姿は元へと戻る。
しかし、よく見ると耳が少し赤くなっている。
「今のは忘れてください。黒百合がふざけただけですので」
「そ、そうか。それならいい……。いいのか?」
俺と百合の間に、少し気まずい空気が流れてしまう。
「お前、百合に惚れてるのか?」
心の中で刀也が尋ねる。
何故だろう。声しか聞こえないはずなのに、般若のオーラが見える気がする。
というか、別に今のは仕方ないだろ!?
「はぁ……。妹と親友兼、好きな人がイチャイチャしている光景を、僕はどんな気持ちで見ればいいんだろう?」
「知らないわよ。微笑ましいと思っていればいいんじゃない?」
……なにやら薔薇と優奈さんが話しているが、刀也から圧がすごくて、正直それどころではない。
「……と、こんなことしてたら遅れちゃうな」
始業の時間が迫っていることを感じ、俺は茶番を切り上げる。
「さ、行こうか。百合」
俺は、百合の方へと手を差し出す。
「はい!」
百合が俺の手をとる。と、同時に百合は、花のような。それでいて、太陽のような笑顔を浮かべる。
悪なる自身を認めながら、それでも他者へと笑顔を向ける少女のことを、俺はきっと、忘れることはないだろう。
俺がそう心の中で呟いた時、景色が一変した。
そして、機械音声のようなナビ子の声が響き渡る。
「おめでとうございます。無垢でいて悪なる私ルートをクリアしました」
そこはいつもの教室のような空間で、俺の目の前にはナビ子がいた。
「ここに来たってことは、百合とのルートもクリアできたのか」
「アナウンスからしても間違いなさそうだな」
俺の呟きに、横にいる刀也が同調する。
「えぇ。改めておめでとう。あなたたちは見事三つのルートをクリアしたわ」
ナビ子がこちらに歩み寄り、俺たちの言葉を肯定する。
いつもの教師服ではなく、初めてナビ子と出会った時に着ていた、純白のドレスを着ていた。
「てことは、いよいよ……!」
俺は期待の籠った声を出す。
俺たちが、三つのルートをクリアしようとしていた目的、システムが世界をループさせるのを辞めさせるために、三つの物語の終わりを見せ、システムに物語の繰り返しを思い直させる。
そのために、ここまで来たんだ。様々なことがあった。様々な出会いがあった。大変なこともあったけど、終わってみれば、案外いい旅だったように思う。
だが、途端にナビ子の顔が曇る。
「そのことなんだけどね……」
なんだ?どうしてそんな顔をするんだ?
まさか……、まさかシステムが……!
ナビ子は、俺の思いついた最悪の言葉を紡ぐ。
「システムは、物語の繰り返しをやめなかった」
物語は未だ終わらず。 ハッピーエンドはまだ遠い。
まだ終わらんぞ、もうちっとだけ続くんじゃ




