第九十一話 表裏一体
百合の精神世界で、俺と——炎上寺心也と黒百合との戦いが始まった。
ここは精神世界。本来俺は、魔術も魔眼も使えないが、どちらも使った感覚を知っているので、普段と同じように戦えるようだ。
黒百合の放つ魔術を、見て、切り裂く。
「さっきから防いでばかりですけど、私に勝つんじゃなかったんですかぁ!?」
黒百合がこちらを煽る。しかし実際、黒百合の言う通りだった。
精神世界でなら、多少、限界を超えた動きをできるものの、それでも黒百合の攻撃を避けて防ぐのが精一杯だった。
「はっ!」
再び黒百合の攻撃を防ぐ。すると、ほんの一瞬、黒百合に隙ができる。
ここが好機!そう感じた俺は、円を描くように走り、黒百合を狙う。
「隙ができた、とでも思いました?」
俺が黒百合の懐へ飛び込むと、黒百合が呟く。
足元から、嫌な感覚がする。おそらく、罠を仕掛けてあったのだ。まんまと誘い込まれた俺を喰らうために。
しかし、この程度俺だって予想していた。
「ああ。大きな隙が見えたからな!」
俺はそう叫ぶと同時に、空間を切り裂き、転移する。
今は黒百合の右手から攻めていたが、その反対方向に移動する。
黒百合は咄嗟に反応できない。
「はぁっ!」
「がっ……!?」
体を大きく袈裟斬りにされ、黒百合は怯む。
このまま一気に……!
俺はそのまま追撃しようとするが、黒百合もただではやられない。
「舐めないでください!」
黒百合の体から、魔力の波動が放たれる。
「ぐっ!」
咄嗟に防御はしたが、俺は大きく吹き飛ばされる。
「炎上寺さん!大丈夫ですか!?」
吹き飛ばされた俺を、百合が心配する。
「ああ大丈夫だ」
この程度であれば、すぐに治る。心持ち、普段より治るのが速いのは、ここが精神世界だからだろうか?
「まさか、あなたも空間転移のようなものをできるとは思いませんでした」
と、黒百合が呟く。すでに傷は再生している。やはり、みじん切りにするくらいのつもりでいかなくてはならないようだ。
そうなると、何か、もう一手欲しい。黒百合の行動を止められるような、もう一手が……。
俺がそんなことを考えていた、その時であった。
同時刻 選定の部屋
草木が蔓延る大広間にて、一組の男女が立ち尽くしていた。男性の方が女性の背中に手を触れている形だ。
その形で固まっていた男女——黒峰刀也と黒百合だが、突如として、刀也が動きだす。
「悪いな百合。少し、体を傷つけるぞ」
刀也が手に持ったナイフを振りかぶり、黒百合の肩に突き刺した。
精神世界
「ぐうっ……!?」
突如として、黒百合が肩を抑える。
「黒峰、刀也ぁ……!全く動いていなかったのに、どうして急に!?」
黒百合が、訳がわからないといった風に叫ぶ。
どうやら、俺が刀也の体から一時的に抜けたことで、刀也自身が体を動かせるようになったらしい。
「今だっ!」
ここがチャンス!この好機は絶対に逃しちゃいけない!
「はぁっ!」
「こ、のっ!」
俺が黒百合に襲いかかると、黒百合は煩わしそうに防御する。
動きが鈍い。おそらく、現実の体と精神世界の体、二つを同時に操ろうとして限界がきているんだ!
なんとなく、刀也の動きが伝わってくる。
刀也も黒百合の攻撃を捌きつつ、黒百合にダメージを与えている。
少しずつ、黒百合が押されてていく。現実と精神、二つの世界で押し込まれていく。
「こんな、あり得ない……!私が、負けるはずがないっ!!」
黒百合が叫び、魔力を爆発させる。
しかし、現実でも、精神世界でも、目の前の敵は揺るがなかった。
心也が呟く。
「【空間切断】は、盾のように扱うこともできる」
心也の目の前の空間に穴が空いていて、爆発はその穴に吸い込まれていた。
同じく、【空間切断】で攻撃を防いだ刀也が呟く。
「これで終わりだ、黒百合。お前の、負けだ!」
現実と精神世界、二つの世界で歩みを重ねる心也と刀也。
すでに黒百合は目前、二人のナイフは、瞬く間に黒百合を切り裂いた。
「がっ……!」
とうとう、黒百合が膝をつく。勝敗は決した。心也も刀也もそう判断し、黒百合に近づいていく。
すると、精神世界の方の黒百合が呟いた。
「どうして……」
「ん?」
黒百合の呟きに、心也は反応する。
「どうして、あなたばっかり助けられるの!?」
「「!?」」
黒百合の叫びに、心也も、百合も驚く。
「私だって、黒木百合なのに!!」
「……!」
黒百合の叫びによって、心也は悟る。
術木家の別邸で見た計画書。そこには、百合という器に禁忌の魔物という力を注いだと書いてあった。
そして生まれたのが、この黒百合だ。だがしかし、その人格はどこから来たのか?禁忌の魔物が元々持っていたもの?いいや違う。理性が無いとまでは言わないものの、人格とまで呼べるようなものは、無かったはずだ。
あくまでこれは、過去のルートで出会ったクロを参考にしているので、間違っている可能性はある。しかし、もしも、もしも黒百合の叫びを信じるならば、黒百合の人格というものは——
「本当は、私と同じだったんですね」
百合が、黒百合に近づいて呟いた。
「あなたは、私が目を逸らしていた私の悪の側面。少しは力と混ざって変わっているかもしれないけれど、あなたも私だったんですね」
「……」
先程とは打って変わって黙り込む黒百合。その沈黙が、百合の言葉を肯定していた。
「あなたはきっと、誰かに受け入れて欲しかった。私自身が否定していたから、あなたを認めてくれる父さんに従った」
人間は誰しも、悪い側面も持っている。
アイツが嫌い。これはやりたくない。何もかも壊してしまいたい。そんな、当たり前の感情。
黒木百合という少女は、そんな当たり前を持ちながら、強く、押し殺してしまっていた。
自分がそんなこと思っているはずがない。そんな気持ち、認められるわけがない。
そうして、抑圧された感情が、内に秘めた禁忌の魔物と結びつき、黒百合となった。
黒百合が、呟く。
「えぇ。黒百合は、百合が羨ましかった。あなたには友達がいて、兄がいて、好きな人がいて、みんなと、仲良くできている。それなのに、私は心の奥底に封じられて、みんなへの、誰かへの嫌悪を持ってあなたを見つめるしかなかった」
同じ黒木百合なのに、と、付け加えて言う黒百合。
「そしてある日、萄越の手によって自由を得た、と」
黒百合は、こくりと頷いた。その後の黒百合は、今まで見てきた通りだ。
「あーあ!私ももうここで終わりかぁ。短い自由だったけど、案外楽しめました。もうあまり、気持ちを我慢しちゃダメですよ、百合。じゃないと、また体を乗っ取りますから」
そう言って、どこか悲しそうに笑う黒百合。
一瞬、決意が鈍りそうになる。しかし、黒百合を消さなければ、また同じことが起こるのではないか、そう思い直し、ナイフを持つ手に力を込める。
すると、百合が一歩、踏み出した。
「楽しめただなんて、そんなの嘘ですよね。あなたはまだ、生きたいと、そう思っている」
百合のその言葉は、黒百合の逆鱗に触れた。
「じゃあどうすればいいって言うんですか!?私はあなたの悪の側面。私を残す限り、あなたは人を傷つけるんですよ!?」
「それでも!」
と、百合が叫び、黒百合の手を握る。
瞬間、景色が一変し、真っ黒い空間は、一面の花畑に、陽だまりの中の空間に変わっていた。
「私はもうこれ以上、自分の悪感情から目を逸らしたくない。あなたと共に生きて、折り合いをつけていきたいんです」
「百合……」
百合の言葉に、黒百合は言葉を失う。
「消えるだなんて、そんな、悲しいこと言わないでください。あなたも私なんだから……」
黒百合は、しばらく黙り込んだ後、観念したように大きくため息をついた。
「しょうがないですね。あなたがそこまで言うのなら、あなたが私を受け入れるのならば、私もあなたと共に生きましょう」
黒百合の言葉を聞いて、満足気に頷いた百合は、こちらに向き直る。
「ええと、炎上寺さん、でしたっけ?ここまでしてもらって本当に申し訳ないんですが、私はもう大丈夫なので、この子を殺さないでほしいんです」
「君が大丈夫なら、俺は何も言うことは無いよ。それじゃあ、俺はもう帰るよ」
百合はもう大丈夫だと判断し、俺は離れろと、強く念じる。
すると、体が浮き上がるような感覚がし始めた。
そして次の瞬間、俺の意識は刀也の体に戻った。
「ん。戻ったか」
「どうやら無事に終わったようだな。なんとなくだが、お前が見聞きしたものが伝わってきたよ」
刀也も俺を通じて事情は理解しているようだ。
そして俺は、目の前の黒百合に目を向ける。
黒百合の体に変化が起こり始める。
美しい金髪は、短く、黒く変わっていく。
白磁のような肌も、元の小麦色のものに戻っていく。
「ここ、は……」
黒百合が、否。百合が、目を覚ます。
「あ、先輩!なんとなくは見えていたんですが、体は大丈夫ですか!?」
百合がこちらの心配を始める。
ついさっきまで体を乗っ取られていたというのに、ずいぶんと人の心配ばかりする少女だ。
こちらに怪我などが無いと判断すると、次は別の質問を飛ばしてくる。
「そうだ、炎上寺さんという方にお礼を言いそびれたんですが、先輩は心也さんの居場所は知ってますか?」
今目の前にいるのがその心也なのだが、おそらくそれを伝えることはできないだろう。なので、適当にはぐらかしておくことにする。
「あー。居場所はわからないけど、伝言くらいはできるから、言いたいことがあったら伝えとくよ」
その言葉を聞いて、百合は少し落ち込む。
「そうですか……。それならしょうがないですね。……わかりました。それなら、助けてくれてありがとうございましたって、伝えておいてください」
太陽のように笑う彼女に、俺もつい釣られてしまう。
「ああ。伝えておくよ」
「それじゃあ」
俺は、百合に手を差し出す。
「帰ろうか」
「……はい!」
百合がこちらの手をとり、俺たちは、帰途へとついた。




