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第九十話 薔薇の昇竜

心也が黒百合との戦いを始めた頃、萄越と薔薇の戦いは、すでに勝敗を決していた。


「わかっていたはずだぞ薔薇。お前では私に勝てないことを」

 白と黒、計六枚の羽を生やした姿の萄越が、数多の剣に串刺しにされて、倒れている薔薇に向かって言う。


 おびただしい量の血が流れ、誰の目にも瀕死な薔薇であるが、それでも意識を保ち、萄越に答える。


「ごふっ。……まだ、終わってなんかいないよ。まだ、僕は、死んじゃいない……!」

 剣が体に突き刺さりながらも、立ち上がる薔薇。


「なぜそこまでする?私の知るお前は、表向き妹を大事にはしていたが、特に愛しているというわけではなかったはずだが?」

 その疑問は正しかった。確かに薔薇は、百合のことなどどうでもよかった。極論を言ってしまえば、百合など死んでしまってもよかった。


 それでも、百合を助けようと、助けるために自身よりも強大な相手と戦おうとするのは、ひとえに——


「父さん。父さんは、誰かを愛したことはあるかい?」

「……何?」

 唐突な薔薇の質問に、萄越が困惑する。


「そうだな。私は百合の完成を願い、大切にしている。これは、愛しているとも言えるのではないか?」

 一瞬困惑したものの、自身の勝ちは揺るがないと見て、薔薇の質問に答える。


 しかし、その答えはすぐさま薔薇に否定される。

「違うんだよなぁ。父さん、人を愛するっていうのは、四六時中、その人のことが頭から離れなくて、その人の一挙手一投足が気になるってことなんだよ」


「……人を愛することの定義は要検討だが、それがどうしたと言うのだ?まさか、愛だのなんだのを説いて、私に計画を止めさせようとでもいうのか?」

 萄越は、薔薇の狙いがわからず尋ねる。しかし、薔薇はただ笑うのみであった。


「さっき父さんが聞いただろ?「何故そこまでするのか」って。その答えだよ。僕は、黒峰刀也を愛している。彼が、百合を救うことを望むのであれば、僕は、兄として、刀也の親友として、全霊を持って百合を救うと決めた」


「……理解できないな。それをしたからといって、黒峰刀也がお前に振り向くとは思えんが」

 薔薇の行動を理解できない萄越を、薔薇は笑う。


「それでいいんだよ。僕はもう、彼の特別にはなれないから。だから、彼の側にいられるならば、僕はそれで、いい」

 愛する人の笑顔を見るためであれば、愛する人の悲しむ顔を消すためであれば、術木薔薇は、自身よりも強大な相手にだって立ち向かえる。


「けれど父さん。僕だって死ぬ気は無い。今ここで、貴方を超えさせてもらう」

「一体どうやって?言っておくが、この姿になったのも、元の体ではお前を倒すのに時間がかかるからなったのであって、元の姿でもお前を倒すことはできたのだぞ?」


 薔薇は萄越の質問には答えない。言葉ではなく、行動で答えを示す。

「ほんとはまだ実験中だったんだけどさぁ!やっぱり、七大魔家の当主に勝つためには、リスクを背負わないとだよね!」

 すでに薔薇は龍の力を宿した形態になっている。その上で、薔薇の魔力がさらに跳ね上がる。

 薔薇の体が再生し、剣が抜け落ちる。


 薔薇の肉体にさらなる変化が起こり出す。

「父さんは今回の決議に候補者として選ばれなかった。それは、体が魔獣に近づき過ぎたからなんだろ?」

 薔薇の体のあらゆる箇所が、鱗に覆われる。


「それがどうした?候補者に選ばれるかどうかなど、すでに計画に何の支障も無い」

 萄越は薔薇の質問を認める。しかし、それに何の意味があるのかわからず尋ねる。


「別に?僕が貴方に勝つには、その段階にまで至らなければならないというだけだ」

 薔薇の頭には二本の角、腰の辺りからは尻尾が生える。


「これが僕の到達地点。【半龍人(ドラゴニュート)】だ」

 薔薇は、一際大きくなった翼を広げ、萄越を睨む。

 その眼は、まるで爬虫類のように、縦長の瞳孔をしていた。


「……なるほど、お前も魔獣的存在(こちらがわ)に来たのか」

 己が目的を果たすために、人であることすらも辞める。その姿勢は、萄越にも、薔薇にも通ずることであった。


「まずは挨拶代わりに、【龍の咆哮(ドラゴンブレス)】!」

 魔力が一瞬で圧縮され、熱線となって萄越を襲う。


「守れ【熾天の剣(ルシファーブレイド)】」

 萄越は冷静に、左手を突き出して、いくつもの剣を生成して盾とする。


 その数は百を越えていたが、萄越の眼前のもの以外は全て蒸発してしまった。

「ふむ。私が知るものよりも威力が上がっているな」

 薔薇の放った【龍の咆哮】を冷静に分析し、評価する。


「そりゃどうも。でも、まだまだこれからだ!」

 薔薇が体をぐっ、と沈み込ませ、力を溜める。

 溜めた力を解放し、爆発させるかのように踏み出す。


 翼を使って滑空するかのように進む薔薇。

 一瞬にして萄越の眼前まで接近する。


「触手展開。外筋骨構築」

 薔薇は触手を生やし、腕に纏わり付かせることで外付けの筋骨と化させる。


「【龍王の凶爪(ドラゴンクロー)】!」

「ぐっ!?」

 鋼鉄すらも抉り取る爪撃が、萄越の肉を断つ。


 しかし、肉を抉った程度では、萄越は致命には至らない。

「次は燃やしてやろう!【傲慢の炎(ルシフェルフレイム)】!」

 薔薇に向けられた右手から、赤黒い炎が飛び出す。


「ぐうっ!?」

 薔薇は翼で炎を受けて、ひとまず距離をとる。


「くそっ!」

 炎は翼から燃え広がる。薔薇は咄嗟に翼を切り取り、それ以上炎が燃え広がるのを防ぐ。


「この姿は、耐火性も上がってるはずなんだけどなぁ」

 翼を再生しつつ、ぼやく薔薇。

 そんな薔薇のぼやきに萄越が答える。


「それもそうだろう。【傲慢の炎】はあらゆるものを燃やす炎だ。触れたものは、灰と化すまで燃え続ける。……そういう意味では、翼を切り取ったのは英断だったな」

「なるほどね……!」


 薔薇は、今し方くらった炎の詳細を聞き、戦慄する。

 一歩間違っていれば、自分はすでに燃え尽きていたかもしれないと思うと、無理は無かった。


 萄越を殺すには、生半可な攻撃では足りない。しかし、強力な攻撃を放つには、隙が無い。無理に放とうとすれば、消えない炎で焼き尽くされるだろう。


 薔薇は考える。いったいどうすれば萄越を殺せるのか。

「…………やっぱり、この方法しか無いかな」

 薔薇は作戦を決定し、動き始める。


「まずは、【龍の咆哮】!」

「【熾天の剣】!」

 薔薇が熱線を放ち、先程と同様に、萄越がいくつもの剣によって防ぐ。


「それは無意味だと知って……!」

 しかし、先程と違うのは、【龍の咆哮】を撃ってすぐに、薔薇が突撃してきたことであった。


「今のは目眩しか!しかし、その程度で勝てると思いあがるなよ!」

 萄越が右の手のひらに炎を生み出す。次こそは確実に当てて、薔薇を殺すために。


 薔薇が萄越の眼前に迫る。そして、萄越が右手に生み出した炎を解放しようとする。

「燃え尽きよ!【傲慢の——!?

 しかし、今度の薔薇は、攻撃するのではなく、萄越に組付き、空へ飛び立った。


 瞬く間に上昇していき、その高度を上げていく薔薇と萄越。完全に組み付かれて動けない萄越が叫ぶ。

「お前、何をする気だ!言っておくが、落下程度で私が死ぬと思うなよ!」

「わかっているさ。そんなこと。僕が狙っているのはそれじゃない!」


 高度が二百メートルほどまで達した時、薔薇は上昇を止める。

「さぁ、ここからは帰り道だ」

 そして、勢いよく落下を始める。


 今度は落下であるが故に、とてつもない速度で加速していく薔薇たち。それと同時に、薔薇は魔力を溜めていた。

「まさか、お前!落下と同時に最大威力の技を放って自爆する気か!?」


 ゼロ距離での最大火力。それは相手に与えるダメージも大きいが、少なからず自分を巻き込む手法だった。

 その上で、落下によるダメージも加える。それが、薔薇の考えた作戦だった。


 萄越の言う通り、この作戦は薔薇にも大きなリスクを伴う。

しかし、その程度のリスクでは、術木薔薇は止まらない!


「言ったはずだよ父さん。僕が七大魔家の当主に勝つにはリスクを背負わないとって」

 すでに地面はすぐそこまで迫っている。そしてついに、薔薇の最大威力の攻撃が放たれる。


「【龍王新星爆発(ドラゴノヴァ)】!!」

 萄越の体が地面に叩きつけられ、圧迫されると同時に、薔薇の体から膨大な熱エネルギーが放たれた。


 それによって起きた爆発は、凄まじく。辺り一帯を震わせるほどだった。




 足元の大きな炭を踏みつけ薔薇が立ち上がる。

 その体はぼろぼろで、翼は破け、角や尻尾は折れていた。

 それでも、立ち上がり、呟く。


「勝ったよ、刀也。あとは、君、だけ、だ……」

 しかし、すぐさま前のめりに倒れる。


「は、ははは。ちょっと助けには行けそうにない、なぁ……。でも、まぁ、君なら大丈夫だよね」

 そう言って、目を瞑る薔薇。


「百合を頼んだよ」

 こうして、一つの戦いが幕を閉じた。

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