第八十八話 親の不始末
「は、ここは!」
俺は久しぶりに机からいきなり起き上がる。
教室のような空間。しかし、この空間には俺を含めてたった三人しかいない。
「ずいぶんと久しぶりだったわね」
「ああ、できれば、もう死にたくなかったんだがな」
俺は、背後から声をかけられて振り返る。
そこには、美しい桃色の髪を持つ女性、ナビ子がいた。
相変わらず教師の格好をしているようだ。
「まったく、一応は俺の体なのだから、少しは大切にしてほしいものだがな」
「いやぁ、油断しているつもりはなかったんだけどなぁ」
横から愚痴が飛んできて、俺はそれに謝る。
この空間では黒峰刀也も、自身の体(と言えるのかわからないが)を動かすことができる。
「それでナビ子。いったいどうして俺は死んだんだ?」
俺は、死因をナビ子に尋ねる。萄越に触れられた途端に、力が抜けて、気づいたら死んでいた。
いったいどうして死んだのか、さっぱりわからない。
「そうね、順を追って説明しましょう。まず、あなた、というより、黒峰刀也の体は、禁忌の魔物の肉片によって生かされている。これはわかっているわよね?」
「ああ。そのおかげで再生できるし、使い魔にもなれるからな」
ナビ子の説明に、俺は答える。
「でも、逆に言うと、禁忌の魔物の肉片が無くなると、黒峰刀也の肉体は、ただの死体に戻る」
「そうか!俺はあの時、萄越に禁忌の魔物の肉片を吸い取られて、死んだのか!」
あの、何かが吸い出されるような感覚と、最後に萄越が言っていた言葉を思い出して、俺は死因に思い当たる。
「なるほど……、禁忌の魔物を呼び出し、操る術木家の当主であれば、肉片を物体から抜き取ることなど造作もない。ということか」
刀也もナビ子の説明を聞き、納得する。
しかし、そこで俺は、あることに思い当たる。
「待てよ?それじゃあ、いったいどうやって萄越に勝てばいいんだ?触れられた瞬間に終わりだなんて、勝てるのか?」
不可能。とまでは言わないものの、かなり絶望的な戦いになるだろう。なにせ、こちらが攻撃するためには必ず相手に近づかなければならず。近づけばその分、やられるリスクが増えるのだから。
と、俺が放った疑問に、ナビ子が答える。
「今回も、全部は言うことができないけれど、ヒントをあげるわ」
「頼む。聞かせてくれ」
居住まいを正し、ナビ子のヒントを聞く。
「勝とうと思ってはダメ。耐え凌ぎなさい。そうすれば、あなたは先に進めるから」
耐え凌ぐ、だけ?そりゃあまぁ、近づかなければ肉片を吸い取られて死ぬことは無いだろうけど、それで本当に進めるのか?
「ここで思い悩んでもしょうがないだろう。ともかく、戻るぞ」
そう言って、刀也が立ち上がる。
「まぁ、それもそうか」
刀也に同意し、俺も立ち上がる。
「それじゃ、行ってくる」
「えぇ、いってらっしゃい。このルートのクライマックスだから頑張りなさい」
ナビ子が俺を送り出しながら励ます。
次の瞬間、俺の意識は暗闇に落ちた。
意識が浮上し、俺は目を開ける。
萄越はすでに目の前にいる。ここからか!もしも萄越と相対する前なら隠れて時間を稼ぐこともできたのだが……。
仕方がない。萄越と戦いながらも時間を稼ぐしかないか。
俺はナイフを構えつつも、動くことはせず、じっと萄越を見つめる。
「ふむ。ずいぶんと慎重だな。お前の性格であれば突っ込んでくるかと思っていたが」
そうしたいのはやまやまだが、そうすればかなりの確率で死ぬからな。
しかし、事情を話すことはせずに、黙ったまま萄越を見つめる。
「だんまりか。いいだろう。ならばこちらから行くとしよう!」
「来るぞ心也!」
刀也が叫んだ次の瞬間。萄越が両手を後ろに伸ばし、勢いよく振る。
すると、触手が伸びて、こちらに襲いかかってくる。
その数は大量で、薔薇が出してくるものよりも断然多かった。
とはいえ、その程度では俺にかすり傷一つつけることはできない。
向かってくる触手を片っ端から切って切って、切りまくる。
その数は、俺が切り飛ばした触手によって、雨ができるほどだった。
全ての触手が切り飛ばされ、萄越に隙ができる。しかし、攻め込まない。ただひたすらに、守りを固め、警戒する。
「これでも攻めてこないとは、慎重なのか、はたまた腰抜けなのか。先程の威勢はどうしたというのだ」
萄越がこちらを見て揺さぶりをかける。
「乗るなよ心也。乗れば死ぬぞ」
刀也が俺に釘を刺す。わかっているさ。なんのためにヒントを貰ったんだと思っているんだ。
だが、そうだな。時間稼ぎのためにも、会話を試みるくらいはいいかもしれない。
俺はそう思い、萄越に質問する。
「そういえば、まだ現世がこうなったら理由を話してもらってないぞ」
その質問に、萄越が少々目を丸くする。
「そうか、まだ話していなかったか。……まぁいいだろう話してやろう」
案外素直に話し始めたな。
「おそらく、萄越自身も、黒百合が魔力を吸収する時間稼ぎをしているからだ」
と、刀也の予想を聞いて、俺は腑に落ちる。
そうか、そういえばそうだったな。
と、そんなことを考えていると、萄越が現世が間界のようになった理由を話し始める。
「私と選定者は、間界でも現世でもない空間で戦っていてね。私が勝ったのはいいのだが、地脈の魔力を用いた結界を魔道具に張られてしまったのだ」
「なっ!?」
衝撃の事実に、俺は思わず声を出す。
いやでも、そうか。選定者が戦えたというのも驚きだが、黒百合が魔力を吸収しようとしているということは、そのための障害を払ったということであり、その最後の砦が魔道具に張られた結界なのだろう。
どうにか話を飲み込む。しかし、さらに萄越は衝撃の事実を話す。
「この結界が厄介でね。ただ硬いだけではなく、概念的な防御も含まれている。だから私は、現世と間界を繋ぐことで、魔術を弱体化させたのだよ」
魔術は、世界が正しいからこそ機能するものだからね。と、付け加える萄越。
「そんなこと——「できないと言いたいのかね?」っ!」
俺は、咄嗟に否定しようとするが、さらに上から否定される。
「できているからこそ、今世界がこうなっている。ということか」
と、刀也が呟く。
「だけど!現世と間界を繋ぐだなんて、どうやって!?」
俺は、あまりにも大きな疑問を消化し切れずに叫ぶ。
「なに、理屈としては簡単さ。我々は普段、間界に入る時扉を作る。その規模を大きくして固定化するだけさ。そうすれば、世界のバランスは歪み、複雑な魔術は機能しなくなる」
萄越は簡単そうに言ってのける。しかしそれは、並大抵の魔力や魔術では行えないことなのだと、俺でも理解できた。
というか、俺の魔術は問題無く使えていたから気づかなかったが、今、複雑な魔術は使えなくなっているのか。
だがまぁ、俺が戦えるのであれば問題は無い。あとはどうやって萄越をやり過ごすかだが……。
そんなことを考えているうちに、前回の時よりも時間が経っていたのだろうか?
戦場に、新たな客がやってくる。
「【龍の咆哮】」
突如放たれた熱線が萄越を焼く。
俺は、熱線を放った張本人の方を——俺の背後に目を向ける。
「薔薇!来てくれたのか!」
「まったく、一人で突っ走るんじゃないよ。追いつくのにずいぶん時間が掛かっちゃったじゃないか」
おそらく、飛んで追いかけてきたのだろう。薔薇はすでに、龍の力を解放した姿になっていた。
「魔使さんたちはどうした?」
俺は、ナビ子のヒントの意味を理解し、他の援軍はいないのかと薔薇に問う。
「今現世にも魔獣が溢れ出してる。だから、魔使たちはそっちの対応に手一杯。だから、援軍は僕だけだよ」
薔薇の回答を聞いて俺は考え込む。
萄越が現世と間界を繋げたせいで、現世にも魔獣が現れているのか。そして援軍は薔薇だけ。となると、薔薇と共に萄越を倒せということか?
「まったく、ずいぶんな挨拶だな、薔薇」
「「っ!」」
俺がそんなことを考えていると、煙の中から萄越が現れる。
切られただけならともかく。薔薇の【龍の咆哮】でも死なないのか……!
ところどころに火傷が残ってはいるものの、すでに再生が終わりつつある萄越に、俺も薔薇も戦慄する。
すると、薔薇が一歩前に出る。
「刀也。君は先に行ってくれ」
「はぁ!?何を言ってんだよ薔薇!お前一人で倒せるわけないだろ!」
はっきり言って萄越はかなり強い。特に、羽化転生とかいうのを使ってからは、七大魔家の当主に相応しい実力だった。
そんな相手に、薔薇だけで挑むのは危険すぎるだろう。
俺が、そんな意味を込めて薔薇に言うと、薔薇が俺の胸ぐらを掴む。
「お前しか、百合を救えないんだよ。時間が無い。僕は大丈夫だから、とっとと先に行け」
薔薇が、刀也にではなく、心也に語りかける。
薔薇は、俺の胸ぐらを放して萄越に向かう。
「これでも僕も術木だからさ。親の不始末は、息子の僕がつけないとね」
俺は、薔薇の覚悟を知り、走り出す。
「させるとでも!?」
萄越が先に向かう俺を妨害しようとする。
しかし、その妨害は薔薇に止められる。
「さぁ行け刀也!百合を救え!!」
「ああ!!」
俺は、小さな神社に触れ、魔道具のある場所へ、黒百合との決戦の地へと転移した。




