第八十七話 人の理を超えし者
俺と刀也は、萄越を殺すことを誓い、戦い始める。
一撃で決める!
俺は、踏み込むと同時に、空間を切り裂き、萄越の背後に転移する。
萄越は未だ、俺が背後に現れたことに気づいていない。そんな、無防備な首筋に向かって、ナイフを振るう。
果たして、そのナイフは見事、萄越の首を刎ねた。
あまりの簡単さに、俺は拍子抜けする。
「なんだ?これで終わりか……?」
分身というわけでもない。確かに血が吹き出し、萄越の体は倒れ込む。
拍子抜けしたことで冷静になり、俺はするべきことを思い出す。
「そうだ。早く黒百合を止めないと!」
俺は、魔道具のある部屋、選定の部屋の入り口となっている、小さな神社へと体を向ける。
そして、俺が一歩踏み出した、その時であった。
触手が、俺の足に絡みついた。
触手は俺の背後から伸びていて、その先には、頭を失いながらも、触手を伸ばしている萄越の体があった。
「やれやれ、少しばかり油断していたよ」
「嘘……だろ……!?」
「あり得ない……!」
俺も、刀也も、驚き、言葉を失う。
確かに首を切った。それは間違いないはずだ。なのに、それなのに、萄越の体は起き上がり、刎ねられた首が喋りだした。
萄越の体は、頭を回収し、くっつける。すると、再生が始まり、元に戻ってしまう。
「なに、驚くことはない。私とて術木だ。息子や娘の改造ばかりしているとでも思ったかね?」
そんなことは思ってなどいなかった。きっと、萄越だって薔薇がしてきたことくらいはやっているだろうと考えていた。
しかし、だ。これは予想外だ。いくら薔薇でも、首を切れば死ぬ。しかし萄越は、首を切っても死ななかった。まさか、萄越も不死身だっていうのか……!?
「驚いているね。私が不死身なのかもしれないと」
萄越が、妖しく笑いながらこちらの心を読んでくる。
「だが安心したまえ。私は不死ではない。そうだったら、百合を作る必要は無いからな。ただ再生能力が強く。首を切られただけなら、すぐにくっつければ元に戻る。ただそれだけだ」
少し、まずいかもしれない。俺の攻撃方法は『切る』ただそれのみ。体術なども、できなくはないが、奴には効果が薄いだろう。
早く黒百合を止めに行かなければならないが、かといって、萄越を放置はできない。ならば——
俺は改めてナイフを構える。
「再生できなくなるまで切り刻む」
「やってみるがいい。できるものなら」
「はぁっ!」
一歩、踏み込む。それと同時に大きく加速する。
黒峰流【身寄せ】奴の目には、俺が一瞬で目の前に現れたように感じるだろう。
さらに、俺は空間を切り裂き、転移する。一瞬で目の前に現れ、さらに消える。奴の目では、もう俺を追うことはできない。
まずは、四肢を捥ぐ!
俺は萄越の手足を狙ってナイフを振るおうとする。
その時、「心也、危ない!」刀也の警告が飛ぶ。
「ぐっ!」
下から飛んでくる触手を、すんでのところで避ける。
読まれていたか!
「また背後とは、芸が無いな」
俺を嘲笑う萄越。
「だったら——」
俺は踏み出す。今度は、緩急をつけて惑わすように近づく。
祈闘神楽と黒峰流の合わせ技。
「合技【桜花・散斬】」
「がっ!?」
萄越も、この技には反応できなかったようで、なす術無く切り裂かれる。
さらに畳み掛ける!
俺が、萄越に追撃しようとした時、萄越が呟いた。
「やはり、この体では限界があるな」
萄越から大量の魔力が噴き出す。
「なんだ!?」
俺は思わず距離をとる。すると、萄越の体に変化が起こり始めた。
萄越が体を丸めたかと思うと、白衣と、シャツが破け、翼が生える。
萄越の右半身には漆黒の三枚羽、左半身には純白の三枚羽。さらに、萄越の髪の内、左側の色素が全て抜け落ち白髪に、反対に、右側の髪は艶のある黒色に染まる。
それはまるで、天使と悪魔を混ぜ合わせたかのような姿だった。
「【羽化転生・熾天の魔王】それが、この姿の名前だ」
萄越は、軽く浮き上がりながら呟いた。
これが、改魔の頂、その成れの果て……。
神々しくも、悍ましくも感じられるその姿に、俺は一瞬、目的を見失っていた。
「心也!」「っ!」
刀也の叫びによって気を取り直す。
どんな能力かはわからないが、倒す。それだけだ!
俺は、変身した萄越へ向かって走り出す。
「向かってくるか。ならば、覚悟を持って受け止めよ」
萄越が、右手をこちらに向ける。
すると、炎が生まれる。赤と黒の入り混じった、まるで間界の空のような炎だった。
「【傲慢の炎】」
「はぁっ!」
あの炎はやばい。直感がそう告げるが、魔術であるなら切ることができる。
「ふむ。魔術は効かないか。手数で攻めればあるいは……。どちらにせよ、こちらは相性が悪いな」
そう言って、萄越は炎弾を放つのを止める。
「そこ、だっ!」
炎弾が止んだのを好機と見て、俺は萄越の懐へと入り込む。
「こちらはどうだ?」
「心也、上だ!」
わかってる!
萄越が左手を横に構えると、刀也が叫ぶ。
俺も、上から迫り来る何かの気配を感じ取っていた。
俺が跳んでその場から離れた次の瞬間に、上から大量の剣が降り注ぐ。
あと一瞬離れるのが遅かったら、串刺しになっていたことだろう。
「【熾天の剣】単純だが物量はある。お前はどこまで受け止められるかな?」
再び、萄越が左手を横に構える。すると、萄越の背後に大量の剣が生み出され、こちらに向かって降り注ぐ。
「【空間切断】!」
空間を切り裂き、飛んでくる剣を消滅させる。
剣をやり過ごすしてすぐに、空間を再び切り裂き、萄越の背後に跳ぶ。
今度こそ切れる。……そのはずだった。
「言ったはずだぞ。芸が無い、と」
「がっ!?」
俺の腹部に剣が刺さる。驚くことに、萄越は自分ごと背後の俺を刺していた。
剣が引き抜かれ、俺は地面に落ちる。
「ぐ……!」
しかしすぐさま転がるように距離をとる。
「大丈夫か!?」
刀也が俺のことを心配する。
大丈夫だ。この程度であれば問題無く再生する。
俺は、体に魔力を回して傷を治す。
それを見て萄越が感嘆する。
「ほぉ。お前も純粋な人間ではなかったか。……いや——」
そしてすぐさま俺のことを穿つように見る。
「お前、禁忌の魔物の欠片が入っているな?」
「なっ!?」
ばれた!?薔薇ですらすぐには気づかなかったのに!?
俺の衝撃に気づいたのか、萄越が気づいた理由を話す。
「なに、簡単なことだ。私も同じ、ただそれだけだ」
「「っ!?」」
萄越の放った衝撃の言葉に、俺も刀也も驚く。
俺と、いや、刀也と同じ。それはつまり、萄越も一度死んで、禁忌の魔物の欠片が肉体と融合して生き返ったということか?
……あり得ない話ではないだろう。それに、だからどうしたというのだ。俺がするべきことはなにも変わらないのだから。
俺かそう決意すると、今度は萄越が動き出す。
「お前が私と同じならば、少しばかりやりやすくなるな」
なんだ?何を言っているんだ?
「さぁ、行くぞ!」
「っ!」
萄越がこちらに向かってくる。
先程までのように、遠距離攻撃をするのではなく。身一つで突撃してくる。
何か狙いがあるのか?いや、だとしても、あちらから向かってくるなら好都合!
カウンターで切り刻む!
萄越が剣を生み出し、こちらに斬りかかる。
それに合わせて、剣を折り、続けて萄越を切る。
しかし、萄越は一切止まることなく俺の懐まで迫る。
「なっ……!?」
カウンターを受けながら近づいてきた!?どうして!?
俺が萄越の行動を理解できないでいると、萄越が俺の体に触れて囁く。
「これは、返してもらうぞ」
「あ?」
体から、何かが抜け落ちるような感覚がした。
体が凍りついていくかのように、体温が失われていく。
俺は、久しぶりの死の感覚というものを味わった。




