第八十六話 心重ねて
間界 東神高校
俺が星詠たちの影を倒した直後、操蛇さんからピリリリと、電話の着信音が鳴る。
「ん?間界で鳴るということは、こっちか」
操蛇さんは、見覚えのあるガラケーを取り出し、電話に出る。
「もしもし。私だ。魔使操蛇だ」
操蛇さんは通話を始めて、通話相手と話し始める。
こんな時に通話、それも間界に通じるものを使うだなんて、一体誰だろう?
俺かそんなことを考えていると、突如、操蛇さんが叫ぶ。
「魔道具を狙って術木が現れただと!?」
「「「っ!?」」」
操蛇さんの言葉に、俺たちも驚く。
術木萄越。奴が魔道具のある場所に現れただって!?
さらに、操蛇さんは驚くべきことを叫ぶ。
「祈闘が時間稼ぎのために一人で術木と交戦を!?危険すぎる!!」
「なっ……!?」
俺は思わず声を洩らす。祈闘さんが一人で萄越と交戦だって!?……いや、萄越だけではない。おそらく、いや、必ず、黒百合もいるはずだ。黒百合と一人で戦うだなんて無茶だ……!
俺は思わず走り出す。
「ちょっ、黒峰くん!?どこへ行く気!?」
優奈さんが俺を制止しようとする。
「祈闘さんの所へ!応援に行かなくちゃ!」
俺は優奈さんの制止を振り切り、東神高校を抜け出す。
いつから祈闘さんと黒百合が交戦しているかわからないが、一刻も早く行かなくては……!
もう、決めたはずだ。二度と、誰も死なせないと……!!
間界であれば、この体の能力を存分に使える。
であれば、魔道具の場所まで二十分といったところか。
俺は、車よりも速く間界を駆け抜けていった。
東神高校を飛び出してから十数分ほど経ち、魔道具のある場所まで近づいてきた。
すると、刀也が俺に話しかけてくる。
「飛び出してきたはいいが、勝率はあるのか?」
正直、勝率はあまり無い。が、それでも、ここで俺が行かなければ、祈闘さんは確実に死ぬだろう。
それは、それだけは、絶対に阻止しなければならない。
「まぁ、そうだな……」
そんなことを言っているうちに、見覚えのある場所までやってきた。
「と、ここは間界だから、一度現世に戻らなくちゃな」
ここは魔道具のある、あの小さな神社がある場所だが、間界からは行けないだろうから、一度現世に戻ることにする。
近くの路地裏に入り、現世へと戻る扉を開く。
開いた扉をくぐり、現世に戻った時、俺は、目にした光景を疑った。
「…………は?」
空は赤黒く、どんよりとしていて、まるで、間界のようだった。
俺はすぐさま後ろを振り向く。確かにそこには先程通った扉があり、ここは現世なのだとわかる。
しかし、魔獣こそいないものの、現世はまるで、間界のようになってしまっていた。
「どうなってるんだ……?」
「誰かと思えば、黒峰刀也ではないか」
俺が疑問を口にした時、背後から話しかけられる。
「おま、え、は……」
肩よりも下に金髪を伸ばした、白衣を着た美青年。術木家当主。術木萄越だった。
俺は、現世の状況を萄越に問う。
「どうして現世が間界みたいになってる。これはお前がやったのか?」
俺の質問を受けた萄越は、フッと、軽く笑った。
「何が可笑しい!?」
萄越の態度に、俺は思わず声を荒げる。
萄越は、そんな俺の態度に一切乱れることなく答える。
「いやなに、薔薇と百合から聞いた通りの性格だと思ってな」
薔薇も、百合も、古くから刀也との付き合いがある。だから、刀也の性格は二人から聞いていたのだろう。
そして、どうやら俺と刀也の性格は似ているらしい。
「言われてみればそうなのかもな」
刀也もそれに同意する。
その後、改めて萄越は説明をする。
「さて、質問にまだ答えていなかったな。結論から言うと、確かにこの有り様は私の行為が引き起こした」
やはりそうか。まぁ、この状況で考えられる原因は萄越か黒百合くらいしか思い浮かばないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
しかし、萄越はだが、と続ける。
「私とて、狙ってこの状況を引き起こしたわけではない。……まったく、選定者の奴め、祈闘守杜を逃したり、百合が魔道具の魔力を吸収できないように防壁を張ったりと邪魔ばかりをする」
萄越が、わずかに苛立って言う。よかった。どうやら祈闘さんは無事らしい。いや、本当に無事かどうかはわからないが、少なくとも、死亡が確定したわけではない。
ならば、俺がするべきは、黒百合を止めることだ。幸い、選定者のおかけで、まだ時間はあるらしい。
手遅れになる前に、決着をつける!
「術木萄越。一つ、聞きたいことがある」
「なんだね?」
俺は、改めて萄越に問う。
「俺は、今から黒百合を止めて、百合を助ける。お前は、娘を、百合を助ける気はあるか?」
「…………」
萄越は、何も答えない。どうやら答えを考えているようだ。
「心也、奴は……」
刀也が俺に、萄越は百合を救う気など、あるわけが無いと言う。
そうかも、しれない。けれど、薔薇だって仲間になれたんだ。
もしかすると、ひょっとすると、萄越にだって、娘を思う気持ちがあるかもしれない。そう思って、俺は萄越に問いかけた。
萄越が、口を開く。
「娘、君たちは、あの未完成品を私の娘だと言っているようだが、それは間違いだ」
「…………は?」
萄越の言葉を理解するのに、僅かながら時間を要した。
「何を言って……!」
ナイフを握る手に力が籠る。体中の血管が浮き出るほどに、そう、感じるほどに怒りが湧き上がる。
俺の様子を気にすることなく、萄越は高らかに叫ぶ。
「だってそうだろう!私にとって百合は、生涯をかけて完成させるつもりだった究極の生命、その幼生体だ!卵ですらないあの器を、娘だと思うわけがない!!だから——」
俺の全力の一振りを、萄越は避ける。
「あの娘の羽化を邪魔しないでくれ」
あぁ、そうか。俺は勘違いしていた。こいつは、人の形をしたナニカなんだ。娘への情など持ち合わせていない、冷徹で、冷酷で、外道の、存在。
薔薇ですら、人を殺した時、悪いことをしている自覚はあった。その上で、恋敵を消すために行動していた。
だが、奴は違う。人の命を弄んでおいて、悪の自覚すら無い。そんな、無情の存在だった。
「心也。奴は絶対に許すな」
心の内から、刀也の怒りが伝わってくる。
あぁ、言われなくてもわかってる。
これまで、同じような思考をすることはあっても、俺と刀也の思考が完全に一致することは無かった。当然だ。俺と刀也は、違う人間なのだから。
だが、今、この時だけは、俺と刀也の思考が完全に一致した。
「「お前だけは、ここで殺す!!」」




