第九話 優奈という名前
私と優子との出会いは、私が19の歳の時だった。
才能のあった私は齢18で当主の座を受け継ぎ、お見合いによって伴侶を探していた。
あくまでも周りが勧めたからしていただけであって、自分自身はそこまで結婚願望があるわけでもなかった。
当主である限りそのうちしなくてはならないとは思っていたが、この時はまだ乗り気ではなかった。
だが、たった一人の女性が私の全てを変えた。
当主としての仕事をする傍らいくつかのお見合いをしていた私はすでに辟易としていた。
お見合いを申し込んできた者の全てが地位や財産狙いの者だったからだ。
最初は彼女もそんな者の一人だと思っていた。
だが彼女は違った。
彼女は魔使家の分家筋の者で、驚くことに政略結婚をするためではなく良い相手を探すためにお見合いをしていたのだと言う。
腰まで伸びた長い茶髪、やや吊り目気味の整った顔の女性だった。
一見すると気の強そうな女性だが優子という名前の通り、優しく穏やかな人だった。
私はそんな彼女に一目惚れしてしまった。
20歳になる頃に私と彼女は結婚した。
そして、優子のお腹に命が宿った。
身重になった彼女と生まれてくる子供の名前を相談していた。
「ねぇ、あなた。この子の名前はもう考えてある?」
「いや、生憎私はそういのが苦手でな。さっぱり思い着かん」
そう言った私に優子が微笑む。
「ふふっ。魔使家の魔術師は使い魔の名付けをしたりでそういうのに慣れてるって聞くけどあなたは苦手なのね」
からかうような言葉に私は反論する。
「それは名前の無い魔獣を何体も使役する魔術師だけだ。私は水蛇以外ほとんど使役はしていないし、水蛇は最初から名が付いていたからな」
そんな私を見ながら彼女は話を続ける。
「そうなのね。それで、この子の名前なんだけど、優奈って名前はどうかしら」
彼女の提案に頷く。
「あぁ、きっと君と同じ優しい子供に育つだろう。いい名前だ」
だが彼女にはさらに考えがあるようだった。
「それもあるのだけれども、もう一つ意味があるの」
彼女の言葉に私は疑問を呈す。
「もう一つの意味?」
彼女は私の疑問に答える。
「えぇ、あなたの子ならこの子はきっと次期当主に選ばれる。それなら魔術の才能があって欲しいじゃない?だから、優秀な子に育って欲しいという願いも込めてるの」
私は彼女に反論しようとする。たとえ魔術の才能が無くとも生きてはいけるのだし、彼女と私の子なら大切に育てたいと思うからだ。
「いや、たとえ「えぇ、きっとあなたはそんなことは関係ないって言うんでしょうね」
しかし、私の反論は彼女に封じられる。
そのまま彼女が続ける。
「でもね、この子はどうあがいたって『魔使家』の人間として生まれる。なら、魔術の才能がある方が生きやすいでしょう?」
彼女の言葉は事実だと思う。それでも生まれてくる我が子に魔術の才能が無くとも愛することを彼女に誓った。
そして、優奈が生まれた。
幸せだった。きっとこれからもこの幸せが続くのだと思っていた。
しかしその幸せは長くは続かなかった。
優子の体調が日に日に悪化していった。
元々あまり体が丈夫でなかった彼女は出産という体に大きな負担をかける行為によって体調を崩してしまったのだ。
優奈が3歳になる頃にはほとんど寝たきりになっていた。
ベッドに横たわった彼女が看病をしようとして寝落ちした優奈を撫でながら私に話しかける。
「ねぇ、あなた。もし私が死んだらこの子のことをお願いね」
「やめろ、縁起でもない。お前はきっと良くなる。私と一緒に優奈を育てていくんだ」
私は優子に言い返す。だが彼女は私の言葉に聞く耳を持たずに話を続ける。
「お願い、約束して」
彼女がこちらをじっと見つめてくる。
根負けした私は彼女と約束する。
「わかった。必ず守ると誓う」
私がそう言うと彼女は微笑みながら言う。
「えぇ、きっと約束よ」
そして、優奈が4歳になる頃に彼女は死んだ。
私は彼女との約束を守るため、まずは優奈を魔術師として育てるか、一般人として育てるかを決めることにした。
すでに魔術の基礎の部分は教えていたので優奈が5歳になった時に初めての契約をさせることにした。
いくら魔使家の人間とはいえ5歳での契約は難しいかもしれない。
しかし、魔術師として生きるならば優奈は次期当主として育てなければならない。
これくらいできなければ仮に魔術師になったとしても苦しいだけだろう。
そう思い、契約させた。
結果は失敗。優奈の進む道は魔術師とは違ったのである。
それからは優奈を一般人として育てるために魔術からは離れさせた。
それでも優奈は独学で魔術を学び、魔術師になろうとしていた。
あくまで、趣味程度に学ぶだけならば別に良かった。
だが優奈は魔術長の候補者に選ばれてしまった。
自分が候補者に選ばれなかったのは別にいい。
だが、優奈が危険な目に遭うのは耐えられなかった。
優奈を決議に参加させれば妻との約束を違えることになると考え、参加をやめさせようとした。
それでも優奈は屋敷を飛び出し、使い魔を得て、一人の候補者を倒した。
操蛇の意識が今に戻る。
盾はすでに散り、刀也がナイフを振おうとしている。
そのナイフは首元で止まる。
「俺たちの勝ちです」
操蛇は水蛇を静止させる。
操蛇は思う。
そして、今は私にも勝ってしまった。
こんなにも優奈は成長した。もう自分の守りが必要無いほどに。
ならば、認めてやらねばならない。
「あぁ、私の負けだ」
俺は操蛇の敗北宣言を聞き、一瞬の間の後喜びを露わにする。
「勝っ……た?勝った!勝ちましたよ魔使さん!俺たちの勝ちです!」
喜びを表しながら魔使さんに近づく。
優奈は緊張の糸が解け地面に座り込む。
「そう……勝った……のね。良かったぁ」
勝利の余韻に浸っている二人に操蛇が近づく。
「まさか私が負けるとは思はなんだ。お前たちのことを見くびっていたよ」
操蛇は自身に勝利した娘に称賛の言葉をかける。
「優奈……強く……なったな」
魔使さんは立ち上がりその称賛を否定する。
「いいえ、私たちが強いんです」
操蛇はその言葉を聞き、先程の言葉を撤回する。
「……そうだな、お前たちは強い。
この私に勝つ程に」
操蛇は一拍置いた後言葉を続ける。
「お前たちが決議に参加することを認めよう」
その言葉を聞き、魔使さんは喜ぶ。
「やった!やりましたよ、黒峰くん!これで心置きなく決議に参加できます!」
「あ、あぁ」
しかし俺は魔使さんの言葉に生返事しかできなかった。
「でも、魔使さん。あんたは父親に認められるために決議に参加しようとしていたんじゃないのか?もう父親に認められたなら決議に参加する理由は無いんじゃないか?」
俺の疑問に魔使さんが呆れたように答える。
「はぁ〜。ばかね、あなたが最初に言ったんでしょ。もしも他の候補者が危ない奴だったらそんな奴を魔術長にはさせられない、魔使さんだったら信頼できるって。まさか、忘れたんじゃないでしょうね」
魔使さんの言葉に少しギクリとするが、すぐに言い返す。
「いや、でも、決議はやっぱり危険だし、もしも危ない奴がいるなら狙われるんじゃないかって思って」
魔使さんはきっとこれからはまた屋敷で過ごすようになるだろう。
もしも一人になったところを狙われればたまったもんじゃない。
俺の言葉に魔使さんが質問する。
「もしかしてあなた、私が屋敷で過ごすようになると思ってるの?」
魔使さんの質問に俺は応える。
「そりゃあ、そうだろう。だってここは魔使さんの屋敷なんだろ?家出した理由も無くなったし、俺の家に住む理由も無くなるから」
俺の言葉に魔使さんは心外だという風に答える。
「あのねぇ、使い魔が主人の元を離れてどうするのよ。そりゃあ、あなたにはなるべく迷惑をかけたくないとは思うけれども決議の間は住まわせてもらうつもりよ。もちろん、これからは間借り代くらいは出すつもりだけど。
いいわよねお父様?」
話を振られた操蛇は一考の後に答える。
「……あぁ、そちらの家が良いと言うなら良いだろう」
「まぁ、家なら大丈夫だと思いますけど」
実際、父さんと姉さんなら良いと言うだろう。
「決まりね、これからもよろしく。私は準備をしてくるわ」
魔使さんがなんでもないように話を進める。
魔使さんは屋敷に戻って行った。
これでいいのかとは思いつつもすでに話は決まってしまった。
ならば腹を括るしかないだろう。
操蛇が俺に話しかける。
「少しいいか?」
「はい、なんでしょう?」
彼から俺に話とはなんだろう?
まさか、娘に傷一つでもつけたら殺すとか言われるんじゃないだろうな。
「まずは娘と契約してくれて、娘を守ってくれてありがとう」
操蛇は俺に深々と礼をする。
「ちょっ!頭を上げてください!」
突然の礼に俺は驚く。
操蛇は頭を上げて話を続ける。
「私は……娘を守ると死んだ妻と誓ったのだ。昔、優奈が5歳くらいの時に契約に失敗してこの子の道は魔術師ではないと思い魔術から遠ざけてきた。だが私の目は節穴だった。あの子には才能があった。君のおかげでそれに気づけた。守るだけなら決議に参加させない方が良いかもしれない。だが、私は娘の気持ちも尊重したいと思う。だから、あの子のことをよろしく頼む」
彼の娘を守りたいという思いは本当でただその気持ちをうまく伝えられていなかったが故に父と子はすれ違ってしまったのだと理解した。
そして今娘と同じ歳の俺に頭を下げている。
ここまでされて拒否できるはずがない。
「わかりました。俺が必ず魔使さんを守ります」
これは誓いだ。俺と彼の、絶対の誓いだ。
「それはそれとして、だ」
操蛇は新たに言葉を紡ぐ。
「もしも貴様が娘に手を出そうものなら地の果てまで追いかけて八つ裂きにしてやるからな」
そこには般若がいた。とてつもない気迫だ。
これが娘を守ると誓った父の力か⁉︎
「二人とも何を話してるの?」
そこに魔使さんが割り込む。
操蛇は一瞬にして表情を整える。
「いや、なんでもない。それで準備は終わったのか?」
こいつ……娘と俺で態度が違いすぎる!
何も気づいていない魔使さんはそのまま話を続ける。
「えぇ、着替えとか色々持ってきたわ」
そう言う魔使さんはキャリーケースを引いている。
それを見て操蛇は言う。
「そうか、ならよかった。後日お礼をしに行かなくてはな」
言葉の途中で俺の方を見てくるがその目が明らかに「娘に手出したらどうなるかわかってるだろうな」
と言っている。
そんな気はさらさらないが気迫が怖い。
気をつけるとしよう。
「あぁ、そうだ。言い忘れるところだった」
操蛇が唐突に話しだす。
「お前たちは他の候補者が危ない奴かどうか探っているんだったな」
操蛇の言葉を聞いて俺は気づく、そうか!他の候補者は皆七大魔家の当主だから操蛇なら面識があるかもしれない。
操蛇が話を続ける。
「他の候補者だがな、はっきり言うとあまりよく分からん。面識がないわけではないが基本的にそれぞれのエリアから出ないのでな、それこそ決議の時くらいしか顔を合わせないし、何人かは前回の決議とは顔ぶれが変わっている。
顔ぶれが変わっていない中だと『呪禍家』の当主が何を考えているのかよく分からん奴だ、それと噂でしか聞いたことがないが『星詠家』の当主もきな臭い。まぁ、それ以前に皆私と同じかそれ以上の実力者だ、気をつけろ」
「はい、わかりました。情報ありがとうございます」
七大魔家当主からの情報はやはりありがたい。
魔使さんが俺に話しかける。
「それじゃあ、帰りましょう」
こちらに手を伸ばす彼女は月明かりに照らされていた。
「そうですね」
俺はその手をとり、屋敷を後にする。
家に帰る途中、魔使さんが俺に話しかける。
「ねぇ、黒峰くん」
「なんですか魔使さん?」
魔使さんは少し躊躇いながら話を続ける。
「私の呼び方なんだけど、魔使さんだとお父様や侍郎も当てはまるじゃない?だから、私のことは優奈って呼んで」
「えっ」
魔使さんからの突然の要求に俺は思考を停止させる。
確かに魔使さん呼びだと少し紛らわしい。
「え〜っと、じゃ、じゃあ、優奈……さん」
やっぱり無理だ!いきなり呼び捨ては無理がある!
こちとら友達がたった一人のコミュ障大学生だぞ!
コミュ障をいじめないでください!
俺がさん付けで呼んだことで魔使さん、いや優奈さんは少し悲しそうだ。
「優奈……さん、ね。まぁいいわその内慣れるでしょう」
余裕そうな優奈さんに俺は少しばかりの復讐心が芽生え、こちらからもやり返す。
「それじゃあ、俺のことも刀也って呼んでくださいよ」
「えっ」
優奈さんが固まる。
明らかに動揺しているようだ。
「と、刀……。私は黒峰くんの方が呼びやすいからいいの!」
「なんですかそれ!優奈さんだけずるいですよ!」
そんな言い合いをした後俺たちは互いを見つめて笑い合う。
これからもこんな日々が続けばいいなと思いながら俺たちは家へと帰った。




