第八話 飛翔
俺たちは魔使家当主、魔使操蛇に宣戦布告をした。
何かわからんがベストタイミングだったらしい。
上で魔使侍郎を含め、11人の魔術師と戦って途中3回くらい三途の川が見えた気がしたがなんとか全ての使い魔を倒してここに来れた。
おかげで体も服もボロボロだが。
一息ついて落ち着いた操蛇が言う。
「ここは戦うには少々手狭だ外に出るぞ」
そう言って操蛇は書斎から出る。俺たちもそれに続く。
広間を通り過ぎながら操蛇が言う。
「来い、水蛇」
広間に置いてあった巨大な水槽が震える。
突然水槽が震えだしたので俺は驚く。
「なっ、何だ⁉︎」
水槽から水が飛び出し、巨大な蛇のような形をとる。
巨大な水の蛇を侍らせて操蛇が言う。
「川の神として祀られることの多い龍神の想念によって生み出された魔獣だ。その体は水でできていて自由に形を変えることができる。もっとも普段は水槽で大人しくさせているがな」
俺たちは屋敷の庭に出た。
日が傾き始め、もうじき夕方になるといったところだろうか。
お互いに距離をとり、相対する。
操蛇が言う。
「さぁ、始めるとしよう。殺すつもりはないが気を抜けば無事ではすまんぞ。決議に参加すると言うのならばその力を私に示してみせろ!」
操蛇に侍っている水の蛇――水蛇が構える。
「いきます!」
俺も魔力を体中に漲らせ、魔使さんは俺に強化を施す。
先手必勝!とりあえず、操蛇本人を狙う!
俺は強化された身体能力によって10メートルほどの距離を一瞬で詰める。
接近する俺を見つめながら操蛇が言う。
「速度は良い。しかし、それでは足りない」
「Gyuaaaaaaaaa!」
主を狙う不届者に水蛇が襲いかかる。
「チッ!」
その攻撃を避け、再び操蛇を狙う。
そんな俺を見て操蛇は呆れながら言う。
「それは通じんと何故わからない」
気づいた時には水色の壁が迫っていた。
「ぐうぁ⁉︎」
「黒峰くん!」
吹き飛んだ後で俺は水蛇に薙ぎ払われたのだとわかった。
俺を見下ろしながら操蛇は言う。
「なるほど身体能力は高く、水蛇の攻撃を受けてもピンピンしているほど体が丈夫だ。魔使家の魔術師、複数名を倒しただけはある。だが足りない。それなりに速い、それなりに硬い、だからどうした。その程度、魔獣の中にはそれなりにいる。そして七大魔家の当主はそれらを容易く倒せなければならない。この程度で決議に参加するなどと思い上がるな」
確かに七大魔家の当主ってのはやっぱり強い。
それでも、俺も、魔使さんもまだ諦めてはいない!
「確かにあんたは強い。でも……まだまだこれからだ!」
俺は立ち上がり、構え直す。
やはり、常に操蛇を守っている水蛇が厄介だ。
行動不能とはいかないまでもせめて怯ませるくらいはしたい。
そしてその隙に操蛇を叩く!
俺は先程とは違い、操蛇本人ではなく、水蛇を狙う。
全長が20メートルほどはありそうな巨体だがそれでも体をざっくりいかれれば平気ではいられない筈だ。
「うおおお、切断!」
水蛇の体が中程で真っ二つに分かれる。
……何かおかしい。手応えが軽すぎる。
自身の使い魔を真っ二つにした相手を見ながら操蛇は言う。
「なるほど、それがお前の魔術か。残念だが、水蛇には無駄だ」
水蛇は切られたうちの上側だけで襲いかかる。
俺はなんとかその攻撃を避ける。
「何でっ⁉︎真っ二つにしたのに⁉︎」
魔使さんも驚いているようだ。
「そうか、優奈は私が戦う姿を見たことが無かったな。先程、水蛇は体が水でできていて自由に形を変えることができると言っただろう。どれほど水を斬ろうとも、どれほど水を殴ろうとも、水は変わらず流れ続ける。それと同じだ。水蛇は物理的な攻撃で倒すことはできない」
まずい、これはかなりまずい。俺の攻撃は切る、殴る。くらいしかない。魔使さんも基礎魔術というのを覚えているらしいがどうやらそれで戦うことはできないらしい。
つまり、俺たちでは水蛇を倒すことはできない。
「これが……魔使家の当主……!」
操蛇が言う。
「もう終わりか?ならば終いにするぞ」
操蛇が戦いをやめようとする。
「まだだ!」
俺も魔使さんもまだ諦めてなんかいない!
「魔使さん!」
俺は魔使さんに呼びかける。
水蛇が倒せないならばやはり直接操蛇を狙うしかない。
ここは遮蔽物などは何も無い。だから更に速度を上げて切る!
「【瞬間強化】!」
魔使さんが俺を更に強化する。
瞬きする間に距離を詰め、ナイフを振おうとする。
しかしガラスのようなものが間に挟まり、割れる。
「何だっ⁉︎」
俺の疑問に操蛇が答える。
「【氷白盾】。水蛇の持つ魔術の一つだ。熟練の使役魔術師は使い魔の持つ魔術を使うこともできる」
立ち止まっている俺に向かって操蛇は言う。
「やれ、水蛇」
「まずいっ!?」
気づいた時には水蛇の尻尾によって吹き飛ばされていた。
「があっ‼︎」
先程薙ぎ払われた時よりも威力が強くなっている。
俺は庭の壁にめり込んでしまう。
「黒峰くん‼︎」
魔使優奈は思っていた。
まただ、と。
また自分は何もできていない。ただ見ているだけだと。
契約したあの日も、術木薔薇と戦った時も、そして今も。
彼に何か有益な指示をできているわけでもなく、ただ彼の呼ぶ声に合わせて強化を施すだけ。
自分は何もできていない。
彼は知能の低い魔獣ではなく人間だから仕方ない?
そんなわけがないだろう。
では今の自分にいったい何ができるというのか。
このまま諦めるしかないのか。
その時声が聞こえる。
「まだだ……、俺たちはまだやれます。そうでしょ魔使さん」
自身の使い魔である黒峰刀也の声である。
「黒峰くん!あなた大丈夫なの⁉︎」
父と戦う前から彼はボロボロだった。
父の言うことが本当なら彼は10人の魔術師と戦っていたのだ。
それでも彼は10人の魔術師に勝ち、来てくれた。
そんな彼に自分は何もできないのか。
そう自問する。
地面を見ていた優奈は先程の攻撃で飛び散った小さな瓦礫が目に入る。
今の自分では何もできない。
ならば、やることは一つだけだ。
自分が最も信頼する自身の使い魔に問う。
「黒峰くん、私のことを信じてくれる?」
一瞬彼は何のことだかわからないといった顔をした後答えようとする。
その時、声が響く。
「敵の前で長話とはいい度胸だ。やれ、水蛇」
「Gyaoooooo!」
水蛇が黒峰刀也を襲う。
咄嗟のことで彼は反応できない。
そして彼は水蛇に食べられてしまった。
「黒峰くん‼︎」
優奈は悲鳴を上げる。
「終わりだな。吐き出してやれ、水蛇」
操蛇は勝ちを確信し、戦いを終えようとする。
しかし、水蛇は固まったまま動かない。
「水蛇?」
操蛇も何かがおかしいと気づく。
そして水蛇の顔が切り裂かれる。
中から出て来たのはもちろん、黒峰刀也である。
彼は叫ぶ。
「魔使さん!俺はずっとあなたのことを信頼してます!だから、俺を使ってくれ‼︎」
あぁ、そうだ。彼はずっとそういう人だった。
だから、自分も彼に命令する。
「ならば、全力で突っ込みなさい‼︎」
「はいっ‼︎」
彼が駆け出すと同時に魔術をかける。
「【瞬間強化】!」
この瞬間強化は先程のものとは一味違う。
瞬間強化は普通の身体強化よりも持続時間が短い代わりに強化幅が大きいというものだが、今施した瞬間強化は更に持続時間を削る代わりにさらなる強化をもたらす。
持続時間はたったの数秒。しかし、今の彼にとって数秒とは長すぎる程の時間だ。
操蛇は何かを察知し、盾を貼る。
「【氷白盾・五重】!」
五重の盾、それは彼にとって最大級の警戒。
魔使家当主としての経験が、何かがあると言っていた。
黒峰刀也が盾に接近する。
刀也がナイフを振るう。
一枚目の盾が割れる。水蛇が復活する。
二枚目の盾が割れる。水蛇が襲いかかる。
三枚目の盾が割れる。水蛇が距離を詰める。
四枚目の盾が割れる。水蛇は刀也のすぐ後ろにまで迫っていた。
操蛇は勝ちを確信する。
「一手、足りなかったな」
しかし、刀也は未だ諦めていない。
その時、何かが飛来する。
それはナイフのように尖った小さな瓦礫だった。
刀也が走り出した時、優奈は思っていた。
今の自分たちでは父に勝てない。
ならば、今ここで成長するしかない。
足元の小さな瓦礫を拾う。
それに魔力を込める。
すでに刀也は父のすぐそばまで迫っている。
瓦礫を投擲する。
「いっ、けぇー!」
美しい直線を描きながら飛来する瓦礫。
優奈は瓦礫が盾に着弾する時、自身の使い魔の持つ魔術の名を叫ぶ。
「切断‼︎」
甲高い音を立てながら最後の盾が割れる。
操蛇は自身が貼った盾が全て割られるのを見ながら感動していた。
あぁ、私の娘はこれほどまでに成長したのか、と。
同時に操蛇の脳裏には過去の思い出が浮かび上がる。
それは自身が最も愛した女性との記憶。
優奈の母親である、魔使優子との記憶である。




