第八十四話 生命短し、闘え乙女
祈闘の挑発により、黒百合が苛立つ。
纏っていた雰囲気が変わり、絶対零度の殺意を向けられる。
「そこまで言うのなら、やってみてください、よっ!」
黒百合が繰り出したのは、【影槍多林】いくつもの影の槍が、祈闘を刺し貫かんと、襲いかかる。
今の祈闘では、一発ですら、防ぐのに精一杯な強力な攻撃。それが、複数向けられて、絶望的な状況であった。
しかしそれは、今の祈闘であるならば、だ。
深呼吸。敵の攻撃を目の前にしながら、祈闘は深く息を吸う。それと同時に、体中の全神経に意識を注ぐ。
体の内から魔力を練り上げ、己が持つ、最大の魔術を行使する。
「祈闘家秘奥」
人を神の位へと押し上げる、究極の魔術を。
「【成神祈祷】」
どこかで、鈴の音が鳴ったような気がした。
迫り来る影槍。それを、打ち、払い、はたき落とす。
「っ!?」
その速度は、強化された黒百合の目ですらも、追うことはできなかった。
「ぐっ……!」
が、影槍を防いだだけで、祈闘の腕の筋繊維が引きちぎれる。
祈闘はかつてのルートで、刀也にこう言った。
「父は秘奥を使いながら一日中戦うことができたというのに、私は十分も発動していれば限界がきます。だから、父の優秀さを聞くたびに私の弱さが嫌になるんです」
十分。それが、祈闘が秘奥を発動しながら戦える時間の全てだった。
十分の戦闘を終えた後、祈闘は瀕死の状態で、指一本動かせなくなる。下手をすれば、死ぬかもしれない。それでもいい、と祈闘は思った。
おそらく倒すことはできない。それでも、このまま秘奥を使わずにいれば、自分は十分と持たないと、そう、判断した。
「さて、覚悟はいいですか?」
祈闘は、笑みを浮かべて黒百合に問う。
「いったい何のよ……」
先程の影槍を防いだ攻撃の速度を見て、僅かに焦りながら黒百合は返す。
「もちろん、倒される覚悟です、よっ」
「っ!?」
祈闘が言葉を言い切った瞬間。黒百合の前から姿が掻き消える。
黒百合は慌てて辺りを見渡す。しかし、祈闘の姿を捉えることはできない。
すると、背後から、膨大なプレッシャーが掛かる。
「祈闘神楽」
祈闘の声がして、黒百合は背後を振り返ろうとする。
しかし、黒百合がとるべき行動は、回避、ただそれのみだった。
「【須佐男ノ祓い】」
嵐の如き暴力が、黒百合を襲う。黒百合は、回避も、防御もすることができず。無防備にも、祈闘の全力の攻撃を受けてしまう。
「がっ!?」
黒百合の体は百メートルほど吹き飛び、その上半身は千切れかかる。
黒百合は再生しつつ、追撃を警戒する。
しかし、追撃がくることは無かった。
なぜなら祈闘は、成神祈祷状態で動いた反動で、吐血していたからだ。
残り戦闘可能時間 八分
黒百合は、再生を終えて立ち上がる。
「その魔術、とんでもない強化率ですけど、その分、反動も凄まじいみたいですね」
黒百合の言葉を聞いて、祈闘は口についた血を拭いながら立ち上がる。
「は、余計なお世話です。それよりも、全く反応できていなかったのに、ずいぶんと余裕そうですね」
滝汗を流しながらも、虚勢を張り、挑発をする祈闘。
「えぇ、だって、あなたじゃ私を倒せない。結局のところ、物理だけの脳筋には私を倒せませんから」
対して黒百合は、自身の不死性に絶対の自身を持っているため、すでに冷静さを取り戻していた。
「そうですか、なら、本当に死なないかどうか、試してあげますっ!!」
祈闘が、一歩、全力で踏み出した。
瞬く間に音速を超え、衝撃波を伴いながら、真っ直ぐ黒百合へと向かっていく。
黒百合は、僅かに見えた姿から、反撃を試みる。
しかし、祈闘の速度は、それすらも許さぬほどだった。
「【天ノ羽々矢】!」
真っ直ぐに構えた大幣が、黒百合の体に突き刺さる。
と、同時に、祈闘の体のどこかで、筋繊維が引きちぎれた。
それでも、一歩、前へ。
体を回転させ、遠心力を用いて、攻撃する。
「【須佐男ノ祓い】!」
吹き飛ぶ黒百合。住宅の壁を破壊しながら、どうにか止まる。
急いで反撃に移ろうとするが、すでに、祈闘が自身のすぐ上に来ていることを知る。
縦に回転しながら、祈闘は次の型を叩き込む。
「【別雷】!」
地面が陥没するほどの力で叩きつけられる黒百合、魔力消費を増やすことで、再生力を上げ、どうにか再生しようとする。
しかし、完全に再生する前に、次の型が繰り出される。
その動きは、まるで風に揺蕩う花びらの如く、優美で、ゆったりとしていた。
気づいた時には、祈闘が背後にいた。
「【木花舞】」
祈闘が型の名前を呟いて、やっと、自身が攻撃されたことに気づく。幻影の如き五連撃。
黒百合は、四肢を捥がれ、腹部にも、大きなダメージを負う。
続けて型を繰り出そうとする祈闘。しかし、ここまでの連撃で、とうとう大幣を持つ右手が折れる。
瞬時に左手に持ち帰え、血で滑る大幣を再び振るう。
次は、叩きつけるような八連撃。
八岐大蛇を狩るが如く、苛烈な鋭撃を叩き込む。
「【大蛇首斬り】!」
「——!!」
再生し始めていた体を、再びめった打ちにされ、黒百合は声にならない叫びを上げる。
「これで止めで——ごふっ!?」
祈闘は、次の型を繰り出そうするが、またもや吐血し、膝をつく。
すでに、全身がぼろぼろだった。もはや、動いているのが奇跡と言えるほどに。
それでも、祈闘の頭は、逆に冷静に思考していた。
まだだ、まだもう少しだけ動ける、と。
「死んで、ください!——っ!?」
祈闘が膝をついた隙に、黒百合が反撃に出る。
しかし、祈闘の、あまりにも冷静で、圧のこもった視線に、射すくめられる。
「祈闘、神楽——」
触れれば折れてしまいそうなほどぼろぼろな足で踏み込み、すでに痛みすら感じないほど壊れた腕を振るう。
ただ、意志の力、それだけをもって。
祈闘は、祈闘神楽、最大の型を放つ。
「【秘剣・都牟刈】!!」
それは、なんてことのない、ただの横薙。されど、究極まで無駄を排したその一撃は、どんな型よりも、壮絶な威力を持つ。
祈闘の前方数十メートルが吹き飛ぶ。
そこには塵一つ残らず。黒百合の姿は見えない。
「はぁ……、はぁ……、ぐっ!」
とうとう、祈闘は倒れ込む。まさに、全身全霊を込めた一撃を放ったのだ。当然のことであった。
すると、祈闘の目の前に、黒い、泥のような物が生まれる。
その泥は、その体積をすぐさま増やしていき、次第に、人の形を成していく。
「また、お会いましたね」
再生を終えた黒百合が、祈闘を見下ろしてそう言った。
「やはり、私では無理でしたか」
祈闘は、倒れ込みながら、当然のようにそう言った。
「えぇ、あなたの力は凄まじかったけれども、結局は物理攻撃だけだから、ただの禁忌の魔物ならいざ知らず、私を倒すことはできません」
「それでも、まだ、私は……」
祈闘は体に力を込め、立ち上がろうとする。
「あれ?」
しかし、ほんのわずかに浮いた程度で、すぐさま倒れる。
まだ秘奥を使ってから十分も経っていない。そう考える祈闘。しかし、すぐさま自身のミスに気づく。
秘奥を使って、十分間戦えるのは、万全な自分。今回は、秘奥を使う前から消耗していた。
故に、普段よりも制限時間が短いのは当然だった。
「ここまで、ですか……」
祈闘は目を瞑り、そう呟く。
「えぇ、あなたの魂をいただきます」
黒百合は、手に魔力を溜めて、祈闘に止めを刺そうとする。
黒百合の手から放たれた、魔力弾が、祈闘の体に当たる、その瞬間であった。
どこかで、パチンと指を鳴らす音が聞こえ、祈闘の体が消える。
「いまさら何のマネですか?」
黒百合が首だけ背後に向けて問う。
「祈闘殿は候補者です。魔獣ならいざ知らず、候補者外の魔術師に殺されるのは、決議の管理者として見過ごせませんなぁ」
そこに居たのは老人だった。燕尾服を着た、小さな老人だった。
「やっと現れたな、選定者」
戦いの行方を見守っていた萄越が横から現れる。
「貴様の魔力をいただきに来た」
「やってみなさい。悪ガキ風情が」
七大魔家を受け継ぐ少女たちの戦いは終わり、世の理を越えようとする魔術師と、千年以上存在する魔道具の頭脳体との戦いが、今、始まる。




