第七十七話 Who are you?
薔薇からの発破に俺が応えようとした時、地下室に魔使侍郎が入ってくる。
「旦那様、大変です!」
「そんなに慌ててどうした?」
かなり焦った様子の侍郎に操蛇さんは訝しむ。
急いで走ってきたのだろう。荒くなっている息を整えながら、侍郎は答えた。
「き、刻家の当主、刻 印様が、瀕死の状態で玄関に……!」
「何……!?」
刻が!?……まさか、黒百合にやられたのか?
祈闘さんが、焦った様子で呟く。
「刻殿、四元殿、呪禍殿は黒百合の討伐に向かっていたはず……。なのに、刻殿だけがここに来たということは……!」
どうやら、ここに来ていなかった三人の候補者は、黒百合の討伐に向かっていたようだ。
まさか、本当にその三人を相手にして黒百合が勝ったのか……!?
「皆、とにかく玄関へ!」
操蛇さんの号令で、俺たちは玄関へと向かう。
俺たちが玄関にたどり着くと、そこにはぼろぼろの刻が座っていた。
「やぁみんな。お揃いで」
刻は傷など何も無いかのように、気さくに挨拶する。
「刻殿、傷は大丈夫なのか?」
操蛇さんが刻の怪我を心配する。
「最低限は自分で治したよ。それでも、なるべく安静にしてなくちゃだけどね」
と、気軽に答える刻。
喋れる程度には治っているようだが、よく見ると、まだまだかなりの重傷であることが伺える。
「呪禍殿と四元殿はどうなったのですか?」
祈闘さんが刻に尋ねる。
だが、ここに居ないということはつまり……。
「死んだよ」
刻は、あくまでも冷静に、ともすれば、残酷とも言えるような声音で言い切った。
「僕を逃すために、命を賭けて殿を務めてくれた。少しでも情報を、戦力を残すためにね……」
俯く刻。平静を装っているが、その顔はどこか、悔しがっているように見えた。
数秒ほど沈黙した後、刻は顔を上げる。
「そうだ。みんなには情報を伝えないとね。あの女はとんでもなく危険だ。今は、星詠と戦った時よりもずっと強くなってる」
刻が、俺たちに黒百合の強さを説明しようとした時だった。
最初に気づいたのは、優奈さんだった。
「あれ、何……?」
訝しげな声を出す優奈さん。その場の全員が、優奈さんの視線の先を見る。
そこには、黒い、影をそのまま立体にしたような存在が立っていた。
黒い存在はぱっと見、人のような姿をしていて、頂点から伸びているいくつかの房は、髪のように、もしくはドレスのように見えた。
そして、次の瞬間には、黒い存在から膨大な、いつか感じた黒百合のような魔力を感じた。
「全員伏せろぉっ!!」
操蛇さんが全力で叫ぶ。
それと同時に、黒い存在から大きく、太い、黒い光線が放たれた。
「合わせろ刻!」
「了解!」
刹那の目配せ、すでに目の前まで迫る光線に対し、操蛇さんと刻が魔術を展開する。
「「【氷白盾・六花】!!」」
右手を突き出した二人の前に、本物の雪の結晶のような氷白盾が現れる。
その硬度は凄まじく。とてつもない魔力を感じる黒い光線さえも、防いでいた。
そして、俺は遅れて気づく。この光線は、祈闘さんとのルートで仲間になったクロが使っていた、【黒葬】にそっくりだということを。
もしも、あの黒い存在が黒百合に縁のある存在なら、同じ禁忌の魔物の要素を持つということで、使えてもおかしくはないが、記憶の中の【黒葬】を遥かに超える威力だった。
そして、その凄まじい威力の光線は、次第に、雪の結晶のような氷白盾にヒビを入れていた。
「「う、お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!」」
刻と操蛇さん、二人が吠える。
破壊されまいと、決して、この先に攻撃を通すまいとその力の全てを注ぐ。
しかし、ヒビは広がっていき、とうとう、決壊してしまった。
視界は黒い光に包まれ、轟音が聴覚を潰す。
無限とも思える刹那の時間、思考は加速していき、俺はどうにか、近くにいた優奈さんを庇うことができた。
「起きろ!心也!」
「……う……」
俺は、刀也の呼びかけにより目を覚ます。
「みんな……は?」
俺はよろめきながらも立ち上がり、辺りを見渡す。
「う……!」「ぐ……!」
どうやら気絶しているだけのようで、ほっと胸を撫で下ろす。
いつの間にかあの黒い存在は消えていた。
もしかすると、爆弾のような役割だったのかもしれない。
「なんとか生き延びた……か……」
操蛇さんと刻が咄嗟に盾を展開してくれなければ、全員が生き残ることは無かっただろう。
少なくとも、犠牲は免れなかったはずだ。
「ここ……は……?」
祈闘さんが目覚めたようだ。
そして、祈闘さんの覚醒を皮切りに、他のみんなも起き始める。
「いやぁ、すまないね。どうやら、攻撃を受けた時に、仕込まれたらしい」
そう言って、刻は頭を下げた。
「いや、刻殿が頭を下げる必要は無い。呪禍殿と四元殿の妨害があって尚、貴殿に罠を仕込めた敵方を褒めるべきだ」
操蛇さんの言葉を聞いた刻は、少し伏目がちに返す。
「ありがとう。……さて、まだ戦いの顛末を話してなかったね。話すとしよう——」
刻は、黒百合との戦いの顛末を話し始めた。
能力自体は概ね竜胆計画の計画書と同じだが、やはりなんと言っても、魔術の強化具合が凄まじかった。
星詠を喰らい、さらには今回、四元と刻を喰らった黒百合は、きっとさらに強化されていることだろう。
もはやあいつに勝つ方法はあるのか?
薔薇の計画はまだ聞いていない。この話を聞いても顔色を変えていないところを見ると、まだ可能性はあるようだが……。
「……なるほどな……。はっきり言って想像以上だ。対策を練らなければならぬな。刻殿も休む必要があるだろうし、今日はひとまず解散とする。術木薔薇、この屋敷を使っても?」
操蛇さんが、薔薇の方に向き直り尋ねる。
「え?……あぁ。大丈夫だよ。いくらでも使ってくれていいよ」
薔薇の答えを聞いて、各々は動き出す。
俺たちも、今日はもう休もうと、寝られる場所を探そうとした時、薔薇に呼び止められる。
「ちょっといいかな、刀也?」
「ん?なんだ?別にいいけど……」
薔薇に連れられ、俺は人気の無い場所へと辿り着く。
「で、何か用か?」
俺は薔薇に用事を尋ねる。正直言って、今日はもう早く休みたい。手短に済むといいが……。
「ちょっとね。刀也に聞きたいことがあるんだ」
なんだろう?何か薔薇の様子が変だ。
何か、とても重大なことを打ち明けようとしているかのような……。
そして、薔薇の口から、衝撃の質問が放たれる。
「刀也……いや、君は、いったい誰だい?」
「…………え?」
心臓が、ドクンと、一際大きく脈打ったような気がした。




