第七十六話 当たり前の願い
特大級の【黒葬】を放ち、前方一kmほどを消し飛ばした黒百合は、笑う。
「これであの人たちも死んだでしょう。さて、あの人たちの魂を……?」
そこで、黒百合は異変に気づく。
肉体が死ねば、魂はその場にいくらか漂った後、どこに消える。
黒百合は、魂を知覚することができるため、肉体から飛び出たむき出しの状態であれば己の内に取り込むことができる。
だが、今この場には自分が戦っていた四元たち三人の魂が無かったのだ。
黒百合は、自身が知らず知らずのうちに魂までを傷つける能力を得たのかと思案したが、その可能性は低いと断ずる。
いくらなんでも、新たな能力を得ていれば、気づくからだ。
黒百合がそこまで思い至った時、叫び声が聞こえた。
「あっっっぶなっっ!!もうちょっとで死ぬとこだったよ!?ていうか服に掠ったし!」
黒百合も萄越も、すぐさま叫び声の方向を注視する。
そこには、一塊になっている四元たち三人がいた。
「流石にいまのは冷や汗をかいた。刻殿、助かった」
四元が刻に礼を言う。
「なるほど……。話には聞いていたけど、本当に瞬間移動なんてのができるのね」
黒百合が無事な三人を見て、憎々しげに呟く。
そう。黒百合が【黒葬】を放った瞬間、刻は四元と呪禍に触れて瞬間移動をしたのだ。
横方向に跳んだのは良かったが、それでも光線が掠るほどのギリギリの回避となった。
「いやぁ、ホント、ご先祖様様だよねぇ。ご先祖様が【転移】の永久魔術刻印を残してくれていなかったら僕ここで死んでいたよ」
そう、刻が呟いた。
刻家の秘奥、【永久刻印】。それは、刻家の魔術【刻印】とは似て非なる魔術。術者本人が見た魔術を解析し、術理を理解することで、使用することができる【刻印】とは異なり、【永久刻印】は術者の死後も残り続ける。
物体に付与しておけば、刻印した物体が破損しない限り、半永久的に使用することができ、魔力さえあれば誰でも使える魔道具となる。
四元たちは再び黒百合と相対する。
そして、刻が呟く。
「ねぇ、やっぱり。アレしか方法は無いんじゃない?」
「そうだな」
四元が肯定し、
「あぁ」
呪禍もまた首肯する。
呪禍は片手を上げ、己を強化するための社殿を呼ぶ。
「来い。【陵辱大社・狂骨宮殿】!」
ズァッ、と、呪禍の背後に漆黒の社殿が浮かび上がる。
人骨に呪禍の魔力を染み込ませ、魔術化した呪いの社。
これにより、呪禍のあらゆる魔術は強化される。
「何をする気かは知らないですが……。させません!」
黒百合が、影龍を操り、呪禍を狙う。
「「それはこっちのセリフだ!」」
四元と刻が影龍を撃退し、呪禍を守る。
そして、呪禍が叫ぶ。
「刻殿!残り全ての式神を!」
「わかった!」
刻がマントを翻し、マントから大量の式神が飛び出す。
その数は膨大で、幾千、幾万はあろうかといった次第だった。
「そしてさらに……!」
呪禍は懐から取り出した趣の異なる式神を上空に放り投げる。
「【呪禍家秘奥・形代分身】!」
趣の異なる式神——形代が呪禍の姿へと変化する。
その数まさに八つ。呪禍本人も含めて九人の呪禍が声を揃える。
「「「我が呪い、我が恨み、我が怨讐」」」
刻が放出した大量の式神が動き出す。
「させ……ないっ!」
今度は影龍と共に黒百合自身も呪禍を狙う。
しかし、地面が一斉に光り、そこから出てきた土の触手が黒百合を拘束する。
そして、影龍は幾百かの炎の矢によって倒される。
「だから、それはこっちのセリフだって言ってるだろ」
刻が黒百合を拘束しながら呟く。
「ぐっ……!こんなもの……!」
黒百合が自身をめい一杯強化して、拘束を打ち破ろうとする。
呪禍は、二人と黒百合の攻防には目もくれず詠唱を続ける。
「「「仇は何処?牙を研ぎ、龍は目覚める」」」
式神が、次第に形を成していく。
「はぁっ!」
すると、黒百合が刻の拘束を打ち破る。
しかしそこに、四元が迫っていた。
片手に、光り輝く、半透明の光球を携えて。
「悪いが、少し死んでいてくれ」
爆発。四元家の秘奥【滅の魔力】によって、黒百合は消し飛ぶ。
「さて、僕も準備しようか」
刻はそう呟くと、刻の背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「何……をっ……!」
黒百合が再生し始めた時、それは完成した。
呪禍が呟く。
「【龍葬・黄泉竈食】」
体が式神によってできた、黒色の龍が、大きな顎を開けて浮かび上がる。
これは、呪禍が研鑽の果てに生み出した魔術の一つ、膨大な量の式神を消費してかつ、魔力消費も、龍の操作にも問題がある失敗作。
しかして、この魔術は、【呪術・鏡応】の仕組みを応用し、龍が喰らった相手を魂ごと殺すという、秘奥でないにも関わらず、魂殺しに至った驚くべき魔術である。
そして——
「【龍葬・黄泉竈食】」
刻の背後にもまた、同じ龍が現れた。
「ぐっ……!?これ操作してると、頭がおかしくなりそうなんだけど!?」
愚痴をこぼしつつも、刻は龍を操作する。
呪禍は、星詠と黒百合の戦いの全てを見ていた。当然、星詠が黒百合を倒しきれなかった理由も知っている。
故に呪禍は、同時に二つの魂を殺せれば、黒百合を倒せるのではないかと考えた。
呪禍は黒百合討伐に出るメンバーを選ぶにあたり、刻を指名した。
なぜなら、刻であれば、術者本人である自身が解説すれば、すぐさまこの魔術を真似られると踏んだからだ。
そして、刻は見事やってのけた。
「さぁ、今度はお前が死ぬ番だ」
呪禍の言葉を皮切りに、二匹の龍が黒百合に襲いかかる。
「百合!アレはまずい!防げ!」
一瞬で術の危険性を理解した萄越は、黒百合に危険だと知らせる。
「だったら……!」
黒百合は、再び【黒葬】を放つことで迎撃しようとする。
「させるか」
「っ!」
そこへ、四元が再び、【滅の魔力】を放つ。
僅かとはいえ溜めが必要な【黒葬】。四元の攻撃をどうにか避けはしたが、魔術が中断される。
そして、それは黒百合にとって、致命的な隙となった。
二匹の龍が、黒百合を飲み込んだ。
黒百合 精神世界
誰もいない。真っ暗闇な世界で、少女が一人蹲っていた。
黒百合ではない。黒木百合であった。
「わた……し、は……。死な……なくちゃ……。誰か……、お願い……!」
黒百合に見せつけられた、己の罪。百合は、罪の意識に耐えかねて、自死を望んでいた。
しかし、指一つでさえ動かせない現状。百合は、誰かが自分を殺してくれるのを願うだけだった。
すると突然、体にヒビが入る。
「!まさか……、誰かが……!」
呪禍と刻の魔術によって、黒百合と百合の魂に傷つけられたが故であった。
「ぐっ……あっ……!」
だんだんと広がるヒビ。その度に激痛が走る。
それでも、百合は、「ようやく死ねる」と考えていた。
ヒビはどんどんと広がっていき、足元から体が崩れ去っていく。
腰ほどまで体が消え、もはや細い呼吸を繰り返すことしかできなくなった時、百合はつい、願ってしまった。
それは、誰しもが持つ当たり前の願い。今の百合でさえ、ほんの一瞬、願ってしまった普通の願い。
「生き……、たい」
ほとんど呼吸だけの、微かな願いが呟かれた。
「ア、アアアアアアァァァァァ!!」
「「「っ!?」」」
二匹の龍の中から突如、叫び声が轟いた。
「なんだ!?断末魔か?」
四元が疑問を叫ぶ。しかし、それに答えられるものは居ない。
龍が消える。
黒百合は未だ健在であった。——いや、どうにか原型を留めているだけで、体に入ったヒビは再生することなく、刻一刻と広がっていた。
その姿を見た全員が、じきに黒百合は死ぬと予感した。
しかし、それは半分正しく、半分間違いであった。
「……なんだ?」
それに最初に気付いたのは呪禍だった。
陵辱大社によって強化された分身の聴力が、微かに響き渡る地鳴りを捉えた。
そして、一匹の魔獣が、四元たちの背後に現れた。
「なに!?魔獣!?なんでここに!?」
刻が驚き、狼狽える。
本来であれば、魔獣は大きな魔力がぶつかり合っている場所には近づかない。
それが今、ここにいる。であれば、何かが魔獣を惹きつけたということになる。
考えられる可能性は一つ。先の黒百合の叫びが魔獣を引き寄せたのだ。
「まさか、最後に私たちを巻き込むつもりか!?」
四元が叫ぶ。
しかし、魔獣は、四元たちには目もくれず。一直線に黒百合の元へと向かう。
そして、黒百合に近づいた魔獣は、黒百合に飲み込まれた。
「「「っ!?」」」
目の前の光景に驚く三人。
だが一方で、萄越は笑っていた。
「ふ、ふははは。そうか!そういうことかなのか、百合!」
「どういうことだ!」
呪禍が萄越を詰問する。
「あぁ、なに。百合が私の予想すらも飛び越えてくれたことに喜んでいただけだよ」
「……?」
萄越の答えを聞いて、呪禍は考えこむ。
「……いや、まさか!あの女、魔獣の魂を喰らっているのか!?」
呪禍が黒百合のしていることに思い当たる。
「どういうことだ呪禍!」
四元が呪禍に説明を求める。
「あの女の魂は私たちの魔術で二つとも砕かれたはずだ。しかし、ギリギリのところで崩壊を堪えながら、魔獣を引き寄せて、魔獣の魂で自身の魂を治そうとしているんだ」
ひび割れた玉を接着剤で治すようにな、と付け加える呪禍。
「そんなこと……!」
刻はそんなことできるはずがないと言いかけ、止めた。
なぜなら、できるできないは関係ないのだ。できてしまった場合、こちらが詰む。
故に、それだけはなんとしても止めなければならなかった。
そこまで考えた時、背後から、大量の魔獣がなだれ込む。
「全員魔獣を殺しきれ!魂を癒すには大量の魔獣がいるはずだ!」
四元の号令で、刻、呪禍も、魔獣を殺し始める。
「そうはさせるか!」
そこへ、萄越が触手を生やし、妨害する。
「ちっ!邪魔をするな術木!」
呪禍は、舌打ちをしながら、襲ってきた触手を燃やす。
四元たちは、ただひたすらに魔獣を殺し続ける。
しかし、一体、また一体と、魔獣が黒百合に吸収されていく。
そしてとうとう。黒百合の傷が修復されてしまった。
「さぁ、今度こそ終わりです」
黒百合は妖しく笑い、魔力を滾らせる。
すでに魔力も、体力も尽きかけている。そんな状況では、負けは確定していた。
故に、四元は方針を変更する。
黒百合に勝つのではなく。黒百合の情報を、戦力を、少しでも残すことに。
そして、今この場で、最も逃走に向いているのは——
「刻!お前は逃げて魔使殿たちと合流しろ!少しでも情報を持ち帰るんだ!」
「っ!……わかった。時間稼ぎを頼むよ」
四元の叫びを聞き、刻は離脱を始める。
「させると思っているんですか!?」
黒百合が、刻の逃走を防ごうと、影龍を飛ばす。
それを、呪禍と四元が身を挺して防ぐ。
「ぐっ……!?」「がっ……!」
次の瞬間には、刻は消えていた。
転移、走る、転移、また走る。
瞬間移動を繰り返し、刻は間界の出口の近くまで来ていた。
「もう、少しだ。もう少しで……!」
すると、影のような、蛇のような、黒い物体が、刻の後を追って来ていた。
「嘘だろ!?くそっ!早く逃げなくちゃ……!」
そして、刻は間界から現世へと戻る。
「はぁ……、はぁ……、ここまで……来れば……がっ……!?」
現世へと戻った瞬間、刻の体を影が貫く。
しかし、幸い、急所には当たっていなかった。
「転……移っ!」
突如として消える刻、影は目標を見失いその場に止まる。
「……逃げられたわ」
黒百合は静かに呟く。
でも、と、付け足して振り返る。
「この二人の魂で十分な強化が見込めるわ」
そこには、倒れ伏し、物言わぬ四元と呪禍がいた。
「ならば、いよいよ大物を狙いにいけそうだな」
萄越が黒百合へと近づく。
「えぇ、きっとお父さんの悲願を達成してあげるわ」
間界で、二つの影が笑っていた。




