第七十五話 咲き誇りし竜胆
時は少し遡り、刀也たちが家を出た頃。
間界を歩く男女が一組いた。
黒百合と術木萄越である。
黄金色の海の如きの髪を揺らしながら、黒百合は萄越に尋ねる。
「ねぇ、お父さん。星詠未来の魂を喰らって、器の精神も完全に堕としたけれど、次はどうするの?また魂集め?」
萄越は僅かに微笑みながら答える。
「そうだね、もう少し魂を集めようか。その後に大仕事があるからね。たくさん食べて強くなるんだ」
言葉だけなら、一見しただけなら、微笑ましい親子の会話。
しかし、次々と襲いかかる魔獣を喰らい尽くしながら間界を闊歩するその姿は、まさに異様としか言いようが無かった。
そんな二人の前に一つの人影が現れる。
「ずいぶんと人を、魔獣を喰らったようだな」
シルバーのベストの上に、黒いスーツを来た眼鏡の男。
七大魔家四元家の当主、四元学人であった。
四元を見て萄越は少しばかり驚き、挨拶をする。
「これはこれは、四元殿。お久しぶりだな。何か用かね?」
まるで、知己の相手に会ったが故に挨拶をしたと言わんばかりの萄越の態度に四元はいくらかの怒りを見せる。
「御託はよせ、術木。もうすでにお前が……。いや、お前の連れた女が星詠を殺したことは知っている」
その言葉を聞き、萄越は目を細める。
「そうか。それで?私を殺しに来たのか?」
「あぁそうだ」
と、四元は答える。
その言葉を聞き、萄越は笑う。
「ふははは!あなた一人でか?四元殿。あなたもわかっているだろう。星詠未来は自身よりも強いことを。その星詠が殺された相手に勝てるとでも?」
今度は、萄越の言葉を聞いた四元が笑う。
「いいや、私一人じゃないさ」
「何?」
その時であった。突如として、黒百合と萄越の背後に気配が現れる。
「「っ!?」」
気配は二つ。片方は、水色髪のマジシャンのような格好をした男。もう片方は、黒い狩衣に身を包んだ、覆面の男。
マジシャンのような格好の男——刻 印と、覆面の男——呪禍桔梗が、それぞれの魔術を構える。
「刻印発動——【爆破】」
「【呪術・狐火】」
刻が放った魔石が光り輝き、燃え盛る呪禍の式神が衝突する。
そして、大きな爆発を呼んだ。
四元の側に刻と呪禍が現れる。
「普通なら即死なんだけど、呪禍殿からの情報が確かなら死んでないんだろうなぁ。……やれやれ、面倒な相手だね」
気怠そうにする刻を四元が引き締める。
「気を抜くなよ刻。相手は星詠を倒した相手だ。一瞬の油断が命取りになるぞ」
「!何かが動いているぞ」
呪禍が、煙幕の中に動く影を確認する。
煙幕が晴れ、中から黒い球体が現れる。
球体は溶けるように頂点から消えていく。
そして、中から傷一つ無い黒百合と萄越が現れる。
「ずいぶんなご挨拶ですね。あなたたちは礼儀とか知らないんですか?」
黒百合が四元たちを挑発する。
「まさか、傷一つ無いとはな……」
対して、四元たちは冷静に黒百合の戦力を分析する。
呪禍は星詠の戦いを全て見守っていたため、黒百合の能力もある程度は知っていた。
それでも、完璧な不意打ちで尚、無傷というのは、驚愕に値することであった。
「それじゃあ次はこっちの番ですね」
そう言って、黒百合は徐に片手をまっすぐに伸ばしていく。
そして、己が魔術の名を呼ぶ。
「影龍怒涛」
ドバッと、黒百合の影が上空へと飛び出す。
八匹の影龍が、形作られ、己が敵を喰らい尽くさんと四元たちに襲いかかる。
「!全員散開!」
四元の号令によって、四元、刻、呪禍はその場を離れる。
一瞬後に、影龍の津波が四元たちのいた場所をさらう。
三人はそれぞれ別の家屋の屋根に登る。
現在の影龍を見た呪禍が呟く。
「星詠と戦った時よりも大きくなっている……!?」
超人的な聴覚で呪禍の呟きを聞き取った黒百合は声高らかに叫ぶ。
「それはそうでしょう!だって私は、戦えば戦うほどに、魂を喰らえば喰らうほどに強くなる!星詠未来の魂はそこらの魔獣や一般人とは比べ物にもならぬほどに良質だった!だから、今の私は、星詠未来と戦った時よりも強いですよ?」
普通であれば、黒百合のこの言葉は絶望を与える言葉だ。しかし、彼らは笑う。
刻が。
「なるほど、つまりは今のお前を倒せば」
呪禍が。
「我々が星詠殿よりも上と言えるわけだ」
四元が。
「それならば、なおさら貴様を倒さねばならぬな」
魔術師とは、魔獣と戦うために、そのための術を修めた者たち。
そういう家に生まれたから、誰かを守りたいから。そんな理由の者もいるであろう。
しかし、全ての魔術師は、本質的に、戦闘にこそ喜びを見出す者たちである。
その中で、頂点に位置する七人の魔術師。その内の三人も、当然、その性質を持ち合わせている。
己こそが最強だと示すために、三人の魔術師が黒百合を襲う。
一人は炸裂する魔石の雨を降らせ、もう一人は焦熱の魔術矢を降らせ、さらにもう一人は紅く輝く式神を降らせる。
そんな、炎禍の雨を、黒百合は影龍で対抗する。
すると、眩い閃光が発生した。
遅れて、爆音と爆風が周囲を薙ぐ。
辺りの家屋は倒壊し、災害が起きたような状態になる。
ここが間界でなければ甚大な被害が出ていたことだろう。
爆発を起こした内の三人、四元たちは先程と同じく、家屋の上に立ち、様子を見る。
黒百合は爆心地の近くにいた。
通常であれば肉片一つ残さず消し飛ぶ。
しかし、予想通りと言うべきか、煙幕が晴れる頃には、すでに黒百合の再生は完了しつつあった。
そんな黒百合を見て、刻が愚痴をこぼす。
「あーあ。ほんとうにやんなっちゃうね。まじで不死身じゃないか」
そんな刻に四元が注意を飛ばす。
「だから言っただろう。不死身なのだと。呪禍の報告を聞いていたのか?」
一分にも満たない膠着状態。
黒百合が口を開く。
「そろそろ終わりにしましょうか。このまま続けてもあなたたちでは私のことを殺せそうにありませんし。一息に終わらせてあげますよ」
「ほう……。ずいぶんな物言いだな」
その言葉に、呪禍が苛立ちを隠せない声を出す。
他の二人も気持ちは同じであった。
そんな呪禍たちの苛立ちを黒百合は涼しげに受け流しながら答える。
「だってそうでしょう?あれだけやっても私のことは殺せない。もうそれはわかったはずです。だから、ここで終わらせてあげると言っているんです」
突如、黒百合から膨大な魔力が噴き出る。
「「「っ!?」」」
四元たちは今からとてつもない攻撃がくると予感し、冷や汗を流す。
「さぁ、死んでください」
それは、単純な、膨大な魔力を圧縮して放つだけの魔術。
それは、過去のルートで、優奈の使い魔となったクロが使用した魔術。
「【黒葬】」
黒き閃光が放たれた。
クロが使用した魔術と言っても、その威力は比較にすらできない。
その太さも、速度も、魔力量も全てが上の絶死の光線。
間界の一角が、黒に塗り潰され、跡には、はるか遠くまで見渡せるほどに何も残さず、消し飛ばされていた。




