第七十四話 竜胆計画
「竜胆……計画?」
俺は、薔薇の言葉を反芻する。
それが、術木萄越が企んでいる計画の名前なのか?
薔薇が、ファイルを開く。
「父さんは過去に何度か僕をここに連れてきていた。この竜胆計画ってのは知らなかったけれど、それ以外のものは見たことがあるから、百合を改造したのはこの計画によるものだと思うよ」
「待て、百合?確か術木は一度離婚していて、娘の方は母親に引き取られたと聞いたが、何か関係あるのか?」
「そう言えば、説明してなかったですね」
俺たちは、百合が知り合いであること、百合がおそらく萄越に改造されていること、見た目の情報から星詠を殺したことは百合であることを伝えた。
「——というわけで、百合を助ける方法が無いか、ここに探しに来たんです」
「なるほど、な」
操蛇さんは厳しい表情をしたまま、表情を変えない。
「術木……ではなく、黒木百合だったか。仮に、黒木百合が改造によって意志能力を喪失していたとする。しかし、その体が、その力が、星詠未来を、人を殺したのだとしても、お前たちは黒木百合を救うのか?」
操蛇さんの問い。それは至極当然のものだ。だが、その答えはすでに決まっている。
「まだ」
俺は、ゆっくりと口を開く。
「まだ俺たちは、百合の言葉を聞いていない。もしも、百合が助けを求めるなら、その可能性があるのなら、百合を助けるために俺たちは動きます」
「助ける方法が、殺すしか無かったとしてもか?」
操蛇さんの再びの質問。
俺は、また、言葉を返す。
「いいや。絶対に救ってみせますよ」
こんなものは綺麗事だ。ただの戯言だ。それでも、俺は、俺たちは、そんな未来を信じている。
ここがゲームの世界だから?——違う。
百合はヒロインだから?——違う。
たった一人の女の子すら救われない世界なんて、間違っていると信じているからだ。
「……そうか。好きにしろ」
操蛇さんは半ば諦めたかのようにそう言った。
「さて、そろそろ計画について話ていいかな?」
薔薇の言葉が、場の空気を変える。
「あぁ、頼む薔薇。竜胆計画について教えてくれ」
「うん。それじゃあ説明するよ」
薔薇が、竜胆計画。その全貌を話し出す。
「今回、一族の総力を挙げているが、私はおそらく敗北するであろうと予想する。そのため、今回の決議ではなく、次、次の決議までに、究極の生命を造り出し、確実な勝利を目指すということで、この計画に竜胆の名を付ける——
薔薇が、ファイルに書かれた文章を読み上げる。
私の生命に対するアプローチは『不死』何者にも脅かされぬ究極の生命。
一族の秘奥によって呼び出せる、禁忌の魔物はその力を持つ存在だと思っていた。
しかし、そうではなかった。魂——どうやらそのような要素が全ての生命には備わっており、その魂を砕かれれば、禁忌の魔物だろうと倒されるであろう。
まずは、魂の研究から始めることにする。
ここから、文体が変わる。日記のような書き方から、実験の記録へと。
2007年 6月13日
一年あまりの研究の結果、魔獣にも魂の存在を確認。
しかし、魔獣内の魂は微量であり、生存の要素というよりは、魔力を留めておくための器のようであった。
これは未だ仮定であるが、魔獣が魔力を狙って、魔術師を襲ったり、魔獣同士で喰らい合うのは、その魂を、魔力を吸収し、自身の魂を強化するためではないだろうか。
2007年 11月25日
究極の生命を造り出すために、一つの案を考える。
禁忌の魔物ではおそらく足りない。しかしそれは、禁忌の魔物が使えないというわけではない。
故に、不壊の、不死の器を造り出し、そこに禁忌の魔物の力を注ぎ込むことで、究極の生命を造り出せるのではないかと考える。
しかし、人間の体では不可能だ。何か、人間を大きく超越した体でなければ……。
2009年 5月9日
とうとう私は、器を造り出すことに成功した!
数多の魔獣を集め、その魂を融合させることで、禁忌の魔物の力にも耐えられ、不死の体を持つ器だ!
とはいえ、それはまだ、肉体だけの話。未だ魂の不死には至っていない。
だがこれからだ。これから、この魂を、肉体を成長させていくことで、いずれ、究極に辿り着くであろう。
表向きは、新たに生まれた私の娘ということにする。
一応、妻の肉体を使って、出産を通じて肉付けたため、違和感は無いはずだ。
私は、この器に『百合』という名前を付ける」
「「「……!」」」
その場にいる全員が、薔薇でさえも、読み上げることをやめて、ただただ沈黙する。
黒木百合という人間は存在していなかった。
黒木百合という少女は人間ではなかった。
それでも——
「薔薇、続きを」
「え?あ、あぁうん」
それでも、百合を助けるという思いは変わらない。
薔薇が、続きを読み上げる。
「2016年 3月15日——
やっと、決議の時の傷が癒えた。やはり我々は敗北した。それも、私の予想通りの手段によって。
星詠家の秘奥。あれはかなり厄介だ。
百合も成長しているとはいえ、未だ、魂の不死には至っていない。
どうにかして対策を練ることにする。
現在考えられるのは、魂の相互観測。
誰にも観測できなければ、存在しないのと同じ、だが、逆を言えば、観測すれば存在する。
この理論を元に、二つの魂がお互いを観測し続けることによって、魂の不死を再現できないかと予想する。
2018年 6月18日
とうとう成功した!魔力が続く限りという条件があるものの、片方の魂が破損した時、もう片方の魂が魔力によって再生させることに成功した。
あとは、ただひたすらに、魂を喰わせ続け、強化していくだけだ。
もうしばらく、もしかすると、次の決議にも間に合わないかもしれないが、そんなのことはどうでもいい。
百合が完成さえすれば、我が家の命題にすら届き得るかもしれない」
薔薇が、読み上げるのを止める。
「このファイルはここまでだね。おそらく、この後はただひたすらにエサやりをしていただけなんだろう」
エサやり……か。萄越は、一体何人の人を犠牲にしたのだろう。
一体、どうしてそこまで究極の生命とやらに固執するのだろう。
わからない。理解できない。だが、放っておくわけにはいかない。
「結局、百合は助けられないのか?」
俺は、薔薇に問う。
百合の成り立ち。そして、ああなった理由もわかった。
しかし、この計画を知ってわかったことは、百合が助けられない。そんな現実なのではないか?
俺の問いに、薔薇が答える。
「難しいことではあると思う。けれど、可能性が無いわけじゃない」
「本当か!」
俺は声を出して驚く。他のみんなも、声には出していないものの。驚いているようだ。
「父さんのこのファイルが正しいのなら、黒百合の不死性を保つためには、百合の魂が必要なはずだ。だったら、百合の体から、禁忌の魔物の魂を引き剥がしてしまえばいい」
薔薇は、なんでもない風にそう、言ってのける。
「引き剥がしてしまえばいいって、お前、そんなことできるのかよ!?」
俺は思わず声を荒げながら尋ねる。
薔薇は、落ち着いた声で答えた。
「誰に言っているんだい?言っておくけど、この計画は知らなかったとはいえ、術木萄越には、その全てを継承せんとした後継者が居たんだよ?」
まさか……。可能だと言うのか!?薔薇であれば、百合を救うことが可能だと!
薔薇は、ニヤリと笑いながら言い放つ。
「計画を練るよ刀也。ヒーローになる準備はいいかい?」
俺たちの、百合救出作戦が始まる。




