第七十三話 術木の最奥
調査の参加を認められた俺たちは、ひとまず、術木家の別邸内に入り、一息つきながら、操蛇さんたちの調査の結果を聞くことにした。
屋敷内のダイニングのような部屋に集まると、操蛇さんたちが話し出す。
「では、改めて自己紹介をしようか。私は、魔使家当主、魔使操蛇だ。君たちの主である魔使優奈の父でもある」
操蛇さんは主に俺に向けて自己紹介をしたようだが、俺も操蛇さんのことは知っているので少し気まずい。
「では私も」
と、続いて祈闘さんが口を開く。
「私は祈闘家の当主、祈闘守杜です。皆さんと同じ学年ですから魔使さんと、術木さん、お二人のことはよく知っています」
「私たちと同じ……。噂には聞いていたけど、本当だったのね……」
優奈さんが静かに驚く。確かに、祈闘さんは俺たちと同じ年でありながら七大魔家の当主になっているので、俺も初めて聞いた時は驚いた。
続いて、こちら側が自己紹介する番となった。
「もう知っていると思うけど、術木薔薇です。よろしくね!」
操蛇さんたちが相手であろうとも、いつも通りの話し方をする薔薇には、いっそ、感心すら覚える。
「魔使優奈です。……よろしくお願いします」
優奈さんは少し気まずそうに自己紹介する。一応、祈闘さんの方に向かってしていたが、家族や知り合いの前で自己紹介するのは、変な気分になるのだろう。
次は俺の番だ。
「俺は黒峰刀也です。俺も一応魔術師です。よろしくお願いします」
俺の自己紹介を聞いた時、祈闘さんが僅かに呟く。
「黒峰?どこかで……」
黒峰という名字に引っかかっているようだ。
一応、黒峰家と祈闘家は交友があったそうだが、祈闘さんはほとんど覚えていないからだろう。
自己紹介が終わったところで、操蛇さんが調査の報告を始める。
「さて、一応、私たちが調査した結果分かったことをお前たちにも共有しよう」
そう言って、操蛇さんはいくつかの紙束を机に置く。
「はっきり言うとだな。何もわからなかった」
操蛇さんは、そう、苦々しい表情で言い放った。
何もわからなかった?ではこの紙束は一体……?
俺の疑問に答えるように、操蛇さんが説明する。
「これらは、術木家の実験結果をまとめた記録書のようだ。しかし、そのほとんどが何の変哲も無い魔獣との融合記録だった。
一応真偽は定かではないが、これらが本当だとしても、星詠を殺したあの女に繋がるとは思えん。……術木薔薇。術木家の者としての意見を聞きたい」
星詠が昨夜殺されて、今は昼前といったところだ。
調査できる時間などほとんど無かったであろうし、仕方がないことだと言えるかもしれない。
紙束を渡された薔薇が、ペラペラと紙束をめくりながら目を通していく。
ペラリ、ペラリと、しばらく薔薇が紙をめくる音だけが部屋に響く。
十数分ほど経った後、一通り目を通して終えた薔薇は、ただ一言。
「うん。これはただのダミーだね」
「やはりか……」
薔薇の言葉を聞いた操蛇さんは重苦しく口を開いた。
ダミー。つまりは偽物の情報だということか?
薔薇が続ける。
「情報自体は本物だけど、流出しようが何ともない、どうでもいい情報だけだね」
なるほど、まぁ、機密情報がそう簡単に見つかっては困るか。
紙束を机に置いた薔薇は、衝撃の一言を言い放つ。
「これが全てってことは、やっぱり隠し部屋は見つからなかったんだね」
「「「っ!?」」」
その場にいた全員が言葉を失うほどに驚く。
隠し部屋!?そんなものがあるのか!
「術木薔薇、その隠し部屋とはなんだ!」
操蛇さんが身を乗り出して叫ぶ。
今にも胸ぐらを掴まんとする操蛇さんの勢いに押されながら、薔薇は説明する。
「まぁ落ち着いて、隠し部屋ってのは、文字通り術木家の機密情報が隠された秘密の部屋だよ。術木家の中でも、直系。つまりは、当主とその後継者しか知らされない部屋だ」
そんなものがあるとは……!術木家は特に情報の取り扱いに気をつけているようだ。
家柄なのだろうか?
薔薇の説明を聞いた祈闘さんが薔薇に問う。
「では薔薇さん。私たちをその隠し部屋へ案内してもらえませんか?」
「いいよ。元々、刀也たちをそこへ案内するつもりだったしね」
俺たちは、術木家別邸内の、隠し部屋へと向かうことにした。
薔薇の案内で、俺たちは別邸の右端にある、廊下の突き当たりに来ていた。
「ここは……?」
俺たちは、廊下の突き当たりに来たものの、そこには一枚の絵画があるだけで、他には何も無い。
隠し部屋と言うのだから、当然、隠されていることはわかっていたが、本当にここに隠し部屋があるのか?
俺がそう疑問に思っていると、薔薇が口を開く。
「刀也は、セフィロトの樹って知っているかい?」
「え?セフィ……なんて?」
突如として薔薇から全く知らない単語が飛び出て俺は困惑する。
「旧約聖書にその実を食べれば永遠の命を得る樹として登場し、ユダヤ教のカバラという神秘思想では、天地創造の象徴として扱われる、命の樹とも呼ばれる樹の名前さ」
薔薇が説明をしてくれるが、さっぱりわからない。セフィ○スならわかるのだが。
「大丈夫だ心也。俺もわからない」
どうやら刀也もわからないらしい。
「術木家は言うなれば究極の生命を創造することを目指している家系だ。旧約聖書やユダヤ教の思想が日本に入ってきた時、当時の術木家当主がセフィロトの樹の話を知り、術木家の命題として組み込んだ」
そう言いながら薔薇は、絵の額縁に手をかける。
言われてみれば、この絵は、樹の絵のようだ。しかし、枝分かれした先に丸が描かれ、丸の中にも何かが書かれている。
「西洋ではセフィロトの樹から天地創造を証明しようとしていたみたいだけど、術木家は少しアプローチを変えて研究した」
薔薇が、額縁にかけた手を力を込める。
「世界を創造するほどの完璧な生物であれば、どのような要素を持っているのか、……つまりは、神を創り出すのに必要な要素を逆算した」
薔薇が、額縁を勢いよく回す。
上下逆さまになった絵画はぴたっと止まり、振動が起きる。
「これは……!」
それは、誰か言った言葉であっただろうか。絵画のすぐ下の地面が横に開き、地下へと繋がる階段が現れた。
薔薇が一歩、階段を降りて言う。
「さぁ、術木家の最奥を見せてあげるよ」
俺たちは、階段を降りて、地下室へと辿り着く。
「ここが……、術木家の最奥……!」
俺は、その異様な空間に息を呑む。
広さとしてはかなりのもので、それこそ、地上の屋敷を、そのまま地下に持ってきたのではないかと思うほどであった。
部屋は薄暗く、培養器のようなものに、何かしらの生物の肉片が保管され、地面にはコードが散乱していた。
薔薇は、そんな中をひょいひょいと進んでいく。
「気をつけてねぇ。培養器が壊れると、物によっては魔獣が復活するから」
術木家——魔獣を生きたまま捉え、人に移植する改魔の家系。その意味を改めて俺は知った。
長い廊下を歩いた先に、机とその上に置かれたパソコン。そして、その周りに、大量の紙束が入れられた棚が見えた。
薔薇は、机の上のパソコンに電源を入れる。
そして、何かのファイルを開き一言。
「良かった。どうやらまだデータを残していたみたいだ」
薔薇がパソコンを操作し、ファイルの名前を辿る。
「えっーと。ファイル名、竜胆計画」
俺たちはここで、今まで知らなかった、術木家の深い闇を知ることとなる。




