第七十二話 薔薇と黒刀
術木家の別邸にて、操蛇さんに、俺たちが術木家の調査に加わることを認めてもらうために、戦うこととなった。
庭に出た操蛇さんが言う。
「さて、戦いの審判役だが……」
「私がやりましょう」
屋敷の中から声がして、一人の女性が出てくる。
「あなたは……!」
俺は思わず、声を出して驚く。
墨のような黒髪を、後ろ手に二つに縛った髪型をした、巫女服の女性。
祈闘家当主、祈闘守杜であった。
祈闘さんも来ていたのか!つまり、魔使家と祈闘家の合同調査だったというわけだ。
ここは祈闘家の管轄でもあることを考えれば、当然のことであった。
「祈闘殿!では、よろしく頼む」
祈闘さんが、俺たちの戦いの審判役となる。
祈闘さんなら信頼できるからありがたい。
俺たちと操蛇さんが位置につく。
祈闘さんが片手を空に向かって上げる。
「それでは——」
その場の全員が構える。
そして、祈闘さんが手を振り下ろす。
「始め!」
「薔薇!」「あぁ!」
「水蛇!」「Gyau!」
俺と薔薇、水蛇が、魔力を滾らせ、駆け出す。
狙うは当然操蛇さん!水蛇はそれを阻止してくるだろう。
しかし、こちらは二人だ。ならば!
薔薇よりも一歩先へ飛び出し、水蛇にナイフを振るう。
水蛇の体は真っ二つに裂け、動きが止まる。
「行け、薔薇!水蛇の相手は俺がする!」
「了解!」
それでもすぐに、水蛇は元の形に戻るだろう。しかし、その間に薔薇は水蛇の横をすり抜け、操蛇さんの元へと向かう。
「ちっ!……水蛇!」
「Gyaoooooo!」
俺たちの作戦を理解した操蛇さんは、思わず舌打ちをする。
水蛇は主人を守るために、即座に体を再生し、薔薇に目をつける。
しかし、薔薇を止めることは叶わない。
「はぁっ!」
「Gruu!?」
再び切り裂かれる水蛇。俺は、水蛇に向かって啖呵を切る。
「お前の相手は俺だ!」
一方、薔薇は操蛇の元へと辿り着く。
「流石だね刀也。魔使の水龍相手にあそこまでやれるだなんて。なら、次は僕の番だね!」
薔薇は、両手を鱗で覆い、操蛇へと襲いかかる。
「舐めるなよ、小僧!」
操蛇は、薔薇の攻撃を、氷の盾——【氷白盾】によって防ぐ。
「ヒビ一つ入らないか。……でも、まだまだ!」
薔薇は、触手を生やす。そして、全ての触手を鱗で覆う。
「【鱗甲触腕】!」
「っ!」
強化された触手の連撃によって、とうとう、【氷白盾】が割れる。
「止めだ!」
「思い上がるな!」
触手を操蛇へと伸ばす薔薇。しかし、操蛇も、ただではやられない。
腰あたりで、両手を使って、球を作る操蛇。
そして、僅かな溜めの後、両手を解放する。
「【鉄砲水】」
「っ!?」
手の中で、圧縮された水は、まさしく鉄砲水の如く、薔薇に向かって、飛び出す。
「ぐっ!?」
レーザーのように放たれた水は、薔薇の触手をいくらか切り落とし、薔薇自身の体にも傷をつける。
「薔薇!……うわっ!?」
刀也が、水蛇に襲われるながらも、薔薇を心配する声をかける。
それが、薔薇にはたまらなく嬉しかった。
「はは。……いやぁ、やっぱり当主は違うなぁ」
笑う。彼我の実力差を知ったとしても。
「諦めるか?」
操蛇は問う。黒峰刀也は兎も角、術木薔薇は、自分たちについて来れるとは思わなかった。
しかし、薔薇は諦めない。
「まさか。大切な人のためにも、諦めるわけにはいかないからね」
体を再生し、薔薇は立ち上がる。
今までの自分であれば、たとえ使い魔が居らずとも、魔使操蛇に勝つことは厳しかったかもしれない。
しかし、今の自分は、一人ではない。
「力を借りるのは癪だけどさぁ、そうも言ってられないんだよねぇ!」
薔薇から、大きな魔力が噴き出る。
薔薇の体に翼が生える。
竜の力を再現した姿に変身したのだ。【龍の咆哮】であれば、氷の盾ごと、貫けると考えたゆえに。
しかし、ここで一つ問題があった。強力な威力を持つ【龍の咆哮】だが、発動には大きな溜めが必要である。
しかも、魔力の溜めは、非常にデリケートなために、溜めている最中に攻撃を受ければ、魔力が爆発する恐れがあった。
遠距離攻撃も持つ操蛇の前でそれは、自殺行為に他ならない。
ではなぜ薔薇は、竜の姿に変身したのか?
それは、一人では隙の大きかった技でも、今の薔薇であれば、話は別だからだ。
「……魔使!」
薔薇は叫ぶ。気に食わない自分の主人の名を。
「!ありったけ持っていきなさい!」
優奈は、そんな薔薇の叫びに応えるように、大量の魔力を薔薇に供給する。
突如送られてきた大量の魔力。技を発動するには、充分な量。後は、その魔力を圧縮するだけだ。
「手加減はできない。だから、頑張って生き残ってね」
閃光が、解き放たれる。
「【龍の咆哮】!」
「っ!【氷白盾・五重】!!」
操蛇は、五枚の盾を展開し、防御を試みる。
一枚、二枚と、盾が、次々に破られていく。
「ぐっ……!まだまだぁ!」
最後の一枚。操蛇は、さらに魔力を込めて、盾を強化する。
しかし、とうとう最後の一枚が破られる。
だが、【龍の咆哮】もまた、魔力を使い切り、止まる。
僅かに訪れる膠着状態。一瞬の思考の後、両者が再び動き出す。
先に動いたのは薔薇。操蛇の元へと駆け出す。
ただ走るのではなく。翼を用い、半ば滑空するように走ることで、いつも以上に速く接近していた。
次に操蛇が動く。先程同様に、腰のあたりで手を重ね、魔力を、水を溜める。
直線的に動く薔薇では、【鉄砲水】を避けられない。
薔薇が操蛇の喉元に手を突きつけるのが先か、操蛇が【鉄砲水】によって、薔薇を切り裂くのが先かの勝負となる。
そして、僅かに速く。ほんの、コンマ数秒程度の差で、操蛇が速く動いた。
「私の勝ちだ!【鉄砲水】!」
圧縮された、レーザーのような水が薔薇を襲う。
避けるのは不可能。薔薇の体が、切り裂かれたようかに思われた。
しかし、そうはならなかった。
ナイフが、薔薇の横から飛び出してくる。
投げたのは他でもない。黒峰刀也ただ一人。
そして、そのナイフは、魔術であろうと、切り裂いてみせる!
「なっ!?」
操蛇は、ナイフ一本で魔術が打ち消されたことに驚く。
硬直。それは、普段であればなんともなくとも、今この場においては、致命的な隙となった。
「ほんっと、刀也は僕のヒーローだよ」
「しまっ……!」
薔薇は呟く。それにより、操蛇は自分が、まだ戦闘中であることを思い出す。
操蛇は、防御姿勢を取ろうとするが、間に合わない。
薔薇の手が、鱗に覆われたことで、ナイフのように鋭くなった手が、操蛇の喉元に突きつけられる。
「これで、僕たちも調査に加わっていいよね」
薔薇はしてやったりと言いたげな表情で尋ねる。
「あぁ、これは認めざるを得んな」
操蛇は、僅かに笑いながら答えた。
「痛ててて……!」
俺は、瓦礫の中から這い出る。
先程、薔薇が操蛇さんを追い詰めていたので、どうにか無理やり手助けした。
しかし、水蛇がそのような隙を見逃すはずもなく。吹き飛ばされて、壁に衝突してしまった。
どうやら、決着はついたようだ。
見たところ、俺たちの勝ちらしい。
「はぁー。なんとか勝てたか」
俺は、瓦礫から這い出たすぐ側で座り込む。
操蛇さんの実力はわかっていたが、最初の戦いなどよく勝てたよなぁ、と思うほどに激戦だった。
「体は大丈夫か?」
刀也が俺の、……いや、自分の体を心配する。
結構な衝撃だったけど、この体であればなんともないレベルだ。
「そうか、それにしても、投げたナイフに魔術を付与する技。できるようになっていたんだな」
刀也に、先程やった技のことに触れられる。
今までも、できなくはなかったのだが、成功率がイマイチだったため、実戦では使っていなかった。
今回は、俺にできそうなことが、これくらいだったので、やるしかなかったというわけだ。
正直、今でもあれは賭けだったなと思う。
兎に角、俺たちは操蛇さんに勝てた。これで、俺たちも術木家の調査に加われる。
俺たちは、まずは操蛇さんたちの調査の結果を聞くことにした。




