第七十話 星堕ちる時
星詠の魔術により、黒百合は再生すらできず、消し飛んだ。
「百合……」
呆然と立ち尽くす萄越。そこに、星詠が近いていく。
「さて、貴様の護衛は死んだ。あれがなんだったのかも含めて、貴様には聞きたいことがたくさんある。行くぞ」
「……」
星詠は萄越を連行しようとするが、萄越は何も答えない。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
かと思えば、突如として萄越が笑いだす。
「何を笑っている!」
萄越の行動が理解できず、星詠は叫ぶ。
「実験は成功した!とうとう、私はやり遂げたのだ!」
「何を……」
両手を広げ、歓喜する萄越。星詠はただ、困惑することしかできない。
すると、ズブリ、と水袋に刃物を入れたような音がした。
「あ?」
星詠は音がしたと思われる方——自身の胸元を見る。
そこには、白磁のような白い腕が、真紅の液体を纏って生えていた。
「どうも、お久しぶりです」
「な……ぜ……?」
この手で秘奥を使った。星詠家の秘奥は魂すらも殺す術。逃れる術は無い。……そのはずなのに。
敵は生きていた。星詠は訳が分からず困惑する。
完全な意識外からの不意打ち。ゆえに星詠は避けることができなかった。
「困惑しているようだから説明しよう」
平静に戻った萄越が、説明を始める。
「十年前の決議で、我が家は秘奥を用い、全盛の【禁忌の魔物】を呼び出した」
術木家の秘奥。【禁忌召喚】術者の力量に左右されるものの、強大な魔獣を召喚し、使役する魔術。
強大無比の魔の権化を呼び出す魔術を使い、術木家は十年前の決議を荒らした。
「しかし、七大魔家当主、六人が束となっては、いかに禁忌の魔物と言えど、負けてしまった」
術木家は禁忌の魔物を召喚し、決議を荒らしたものの。結束した六人の七大魔家当主によって、禁忌の魔物は滅ぼされた。
「その時、大きな役割を果たしたのが、星詠家の秘奥だった」
七大魔家の当主全員が揃おうとも、敵わぬ魔力量。強大な体躯に再生能力と、絶望的な相手であったが、星詠家の秘奥により、再生能力を無効化することで、犠牲を出しながらも、勝利することができた。
「我らが求めるのは最強の存在!たかが一魔術師の力で殺されるような存在であってはならない!……故に対策した。君の家の秘奥をね」
「まさ……か……!」
その時、星詠は初めて理解が及び、戦慄する。
思わず星詠は、叫んでいた。
「貴様、複数の魂を所持しているのか!?」
「ご明察。百合の体内には二つの魂がある。一つは人間のもの。もう一つは禁忌の魔物のだ。二つの魂はお互いを観測し合い、片方が欠ければ、もう片方が修復する。これにより、星詠家の秘奥すら克服した!」
人間の魂と禁忌の魔物の魂。この二つによって秘奥を克服したと萄越は語る。
「……さて、もういいよ百合」
ひとしきり説明を終えた萄越は百合に、星詠を殺せと命ずる。
「はぁい、お父さん。……っ!」
黒百合は腕を引き抜き、星詠を殺そうとする。
しかし、その腕は僅かに震えるばかりで動かない。
突如として、黒百合が憤怒する。
「あんたの時間はもう終わったの!!いい加減諦めなさい!」
百合の精神は、その魂は、黒百合の精神に沈みながらも、抵抗していた。
「させ、ない……!殺させたりなんかしない……!」
肉体の主導権は黒百合にある。それでも、元の持ち主の矜持と言うべきか、どうにか、腕を止める程度はできていた。
百合以外は誰もいない真っ暗な空間。そこに、来客が現れる。
「まったく、まだ抵抗する気があるだなんて、呆れた精神だわ」
「あなたは……!」
百合の目の前に現れたのは、美しい金髪に白磁の肌をした少女、黒百合だった。
黒百合が百合へと詰め寄る。
「今さら手を汚したくないなんて思っているの?あれだけのことをしたのに?」
「何、を、言って……」
百合は黒百合の言うことを理解できない。
「わからないなら思い出させてあげる。あなたの手がどれだけ汚れているのかを」
黒百合が、指をパチンと鳴らす。
「何?こ、れ……!」
すると、百合の頭の中——正確には精神、に記憶が流れ込む。
百合の視界が切り替わる。
目の前には、サラリーマンのような男性。
「ねぇ、お兄さん、ちょっといい?」
よく知っている声が、自分の声が、した。
男性は呼び止められたことで振り向く。
「なんだい嬢ちゃん?こんな遅くに。お母さんとお父さんは?」
男性は軽く屈み、目線を合わせる。
「あのね、あなたの魂が欲しいの」
「「え?」」
男性と、百合の声が重なった。そして、地面から、黒い何かが伸びて、男性を一息に飲み込んでしまった。
「何、が……」
百合は困惑する。知らない記憶。初めてみる記憶。なのに、記憶の中で、動いていたのは、間違いなく自分だった。
「最初はそこら辺にいた男性。ともかく誰でもよかったから、近くを通りがかったところをぺろり」
百合は、いつの間にか背後にいた黒百合の方に首を傾ける。
「あの人は、殺したの?」
百合は尋ねる。
「えぇ、そうよ。あなたが殺した」
「そんなはずがない!!」
百合は叫ぶ。否定するために、己の無垢を証明するために。
「あらひどい。これはあなたが望んだことなのよ?あなたが望んだから私が生まれた」
「そんなはずが、そんなはずがない……!」
百合は、重ねて否定する。しかし、黒百合は、ただ肩をすくめるだけだった。
続けて、黒百合は捲し立てる。
「一度でも思わなかった?もっと、綺麗な髪をしていたら、もっと、綺麗な肌をしていたら、もっと、女の子らしい格好をしていたら」
視界がまたもや切り替わる。
次は、ベビーカーを押した女性だった。
「待って、駄目……!」
百合は手を伸ばす。そして、血飛沫が舞う。
「あ……」
行き場を失った手を彷徨わせながら、百合は立ち止まる。
「そのために、たくさんの人を殺した。生まれ変わるために、素敵な姿になるために」
囁きが、悪意が、染み込んでいく。
「違う。違う……」
百合は、耳を塞ぎながら蹲る。
黒百合は、百合の側を離れ、目の前で踊る。
「ずっと先輩の側にいる兄さんが羨ましかった!」
「違う!」
「いきなり現れて、急に先輩の側にいる女が羨ましかった!」
「違う!」
「編ちゃんみたいに、もっと女の子らしい格好が似合ったらなんて羨ましかった!」
「違う!」
百合は、黒百合の言葉を否定するために、かき消すように叫ぶ。
そして、黒百合は、止めを刺しにかかる。
「だから、殺した」
「え?」
百合は顔を上げる。
視界が、切り替わる。
なんの変哲もない住宅街の一角。
百合もよく知っている家、友達である編笠 透子の家だ。
夜遅くに、チャイムが鳴らされる。
「はーい」
扉を開けて出てきたのは、編笠透子だ。
「あれ?百合じゃん!どうしたの?こんな遅くに」
透子は、来訪者が友人であることを知って、警戒もせずに近づく。
「駄目、待って、それだけは……!」
再び、百合は手を伸ばす。
記憶の中の百合も、手を伸ばす。
「百合?」
友人の様子がおかしいことに気づいた透子は首を傾げる。
そして、影の槍が、透子の腹を貫いた。
「がっ、はっ!?な、に……、これ……?」
突然の激痛に、透子は滝汗を流しながら蹲る。
「いや、お願い、駄目、待って、助けて、お願い、嫌だ、透子ちゃんが……!」
百合は泣き叫びながら必死に手を伸ばすが、その手が記憶に届くことは無い。
記憶の中の透子がこちらに手を伸ばす。
「たす……けて……、ゆ」
ザンッと、いくつもの影槍が、透子に突き刺さる。
赤い液体が地面を染め上げ、足元を濡らす。
透子の手は、力なく地面に横たわった。
「そん……な……」
百合の手もまた、差し出す方向を失い、力なく地面に横たわる。
「これでわかったでしょう?」
黒百合が、またも耳元で囁く。
「あなたの手はとっくの昔に汚れていて、一人救おうが、何も変わらない」
百合は、息を荒くして聞くことしかできない。
「だからもう、楽になろう?私に全てを委ねて、ゆっくり眠りなさい」
「らく……、に……」
百合は目を閉じ、落ちていく。どこまでも、暗闇の中へ……。
精神世界では、それなりの時間が経っていたが、現実世界では、ほんの数秒程度のことであった。
「ふぅ、やっと堕ちたわね。それじゃあ、終わりね」
黒百合は、もう片方の腕で星詠に突き刺した腕を引っ張り、強引に引き抜く。
「がっ!?」
大量の血が流れ、星詠は前のめりに倒れる。
「おの……れ……!」
憎々しげに萄越を一瞥した後、星詠は動かなくなる。
「百合、星詠の魂はどうだ?」
「……えぇ、これならかなりの強化が見込めるわ」
黒百合は星詠が動かなくなった後、手で何かを掴み、咀嚼するような仕草をする。
萄越は、黒百合のその仕草と言葉を満足気に受け取る。
「そうか。ならば、我が家の悲願の達成の日は近いな」
そう言って、萄越は体を翻す。
「さて、次の標的の場所へと向かおう」
「えぇ、そうね。次も楽しみだわ」
そう言って、黒百合は空の一点を見つめる。
そこには、小さな飛行体が浮かんでいた。
呪禍家別邸
黒い狩衣に身を包んだ覆面をした男が、式神を通して一連の流れを見ていた。
「まずいことになったな……」
呪禍家当主。呪禍桔梗は呟く。
「他の当主らに助力を求めなければ……」
そう言って、呪禍は動きだす。
星が堕ちたことを皮切りに、大きな争乱が幕を開けようとしていた。
黒百合の囁きは、冷静になれば自分とは関係が無いと分かるのですが、元々精神的に追い詰められていた百合にはそう判断することができませんでした。
黒百合は最悪ですね。




