第六十八話 夢から覚めて
百合を名乗る女が去った後、突如、懐のスマホに薔薇から着信が掛かる。
「もしもし?薔薇、そっちは無事か?」
スマホからは困惑したような声が聞こえた。
「あぁ、なんとかね。それにしても、僕はついさっきまで一人で家に帰ろうとしていたんだけど、刀也の方はどうなってる?僕の記憶が確かなら、君は百合と一緒にいたはずだけど……」
「詳しい説明は合流してから話そう。魔使さんがまだ見つかっていないんだ」
「わかった。こっちでも探してみるよ」
一旦優奈さんの捜索を優先することを決め、合流を目指す。
こんなことになるとわかっていたら、優奈さんの電話番号を聞いておけばよかったな。
「悔やんでいても仕方がない。今は優奈さんを探そう」
「だな。よし、行くか」
刀也の言葉を聞き、気持ちを切り替えて優奈さんの捜索に出る。
優奈さんの捜索が始まって十分程経った。
優奈さんはすぐ近くにいたため、案外すぐに見つかった。
その後、薔薇とも合流し、家に帰りながら、状況を説明した。
「……百合を名乗る膨大な魔力を持った女……か」
薔薇が説明を聞いて呟く。
「あぁ、俺やお前のことを知っているようだったし、まるで、百合に成り代わろうとしていたみたいだった。何か心当たりとか無いか?」
もしも、失踪した百合の友達を探している時に、すでに百合とあの女が入れ替わっていた場合、いまいち狙いがわからない。
百合があんなことをする理由がわからないので、入れ替わっていたことは確実だと思うのだが、あの女の狙いもよくわからない。
百合と入れ替わったところで何をしようって言うんだ?
百合は所詮元魔術師家の一般人だろう?
人質にとるわけでもないのなら、何が狙いだ?
俺が思考を巡らせていると、同じく、考え込んでいた薔薇が口を開いた。
「ねぇ、刀也」
「なんだ?」
薔薇の様子が少し妙だ。なんだか、やけに深刻そうな顔をしている。
「もしも、もしも百合が、すでにこの世からいなくなっていると言ったら、君は信じるかい?」
「…………は?」
言葉の、意味がわからない。ユリガイナクナッテイル?
そんな、そんなはずがない。……いやしかし、確かに未だ、本物の百合の姿は確認できていない。
俺は、辿々しい口で言葉の意味を問う。
「なんで、……なんでそう、思ったんだ?」
薔薇は語る。そのあまりにも残酷な推察を。
「術木は魔獣を生きたまま捉え、解析し、その特性を体に埋め込むことで自身の肉体を強化する。
けれど、本来その行為は、とても危険なものなんだ。当然だよね。体に魔獣の要素を埋め込むなんて、人間のままでいられるわけがない。
だから、時折改造のしすぎで、精神が魔獣に飲み込まれる人もいるんだ」
そう言えば、祈闘さんとのルートでは、術木萄越が星詠を変質させていた。あの状態はまさしく、魔獣に近づき過ぎたために、精神が飲み込まれた例だろう。
そして俺は理解した。薔薇の言いたいことが、それはつまり——
薔薇は決定的な言葉を言い放つ。
「百合は、父さんに改造されて、魔獣に精神が飲み込まれたかもしれない」
「っ……!」
自然と、手のひらを握り込む。
そこへ、先程まで黙っていた優奈さんが口を挟む。
「ちなみに、どうして、改造したのがあなたのお父さん。術木家の当主だと思ったの?」
「刀也が出会った女……、仮に黒百合とでも呼ぼうか。は、膨大な魔力を宿していたんだろ?そいつが改造された百合だとして、それほどまでに強化されるには、それ相応の強力な魔獣の要素が必要だ。そんなものを動かせるのは術木でも当主である父さんだけだ」
優奈さんは質問を続ける。
「そう。それじゃあ、黒峰くんが出会った女性——黒百合が黒木百合であるという保証は?今のところ、私たちを背後から不意打ちした時の黒木百合とは同じ人物でしょうけど、本当に改造された黒木百合とは限らないでしょう?」
優奈さんの質問にハッとなる。そうだ。薔薇はあの女——黒百合が改造された百合だと言ったが、それもまだ確定はしていないはずだ。
「それなんだけどね。まず本来、魔術師相手に味方に変装して不意打ちなんて通じるはずがないんだよ」
薔薇の言葉に俺は疑問が湧く。
どうしてだ?相手の変装が上手ければ、不意打ちはできるのではないだろうか。
「……いや、そうか。魔力パターンか」
刀也が呟く。
「魔力パターン?」
俺は心の中で疑問を呟く。
薔薇が俺の疑問に答えるように説明を行う。
「魔術師、というよりも、人から感じ取れる魔力ってのは指紋みたいに特定のパターン――波長がある。それを完璧に模倣する手段は確認されていない。それは魔獣の特性でも同じことだ」
「つまり、黒百合がどれだけ見た目を百合に寄せることができても、別人なら、魔力が違うから、不意打ちはできなかったはずだってことか?」
俺の質問に薔薇は答える。
「そう、あの時、百合の魔力は普段と全く同じだった。……一応、あの女が本当に魔力パターンを完璧に模倣する方法を持っているなら話は別だけど」
薔薇は別の可能性も添えるが、聞く限りでは、可能性は低いだろう。
「そしてもう一つ」
と、薔薇はさらに説明を続ける。
「刀也、君は確か、黒百合は金髪だったと言ったよね?」
「あぁ、確かにそう言った」
敵であるとわかっていても尚、美しいと感じるほどの髪だった。
百合は黒髪のはずなので、似ても似つかない。
そして、薔薇は衝撃の事実を告げる。
「僕はね、昔黒髪だったんだ」
「え!?」
衝撃で思わず俺は声を出す。
「やっぱり刀也も忘れてたんだね。僕が君に助けられた頃はまだ、黒髪だっただろう?」
そう言われて俺は、この体の、黒峰刀也の記憶を探る。
「そう言えばそうだったな……」
刀也が呟くと同時に、俺の頭の中にも過去の記憶が蘇る。
確かに、幼少の頃の薔薇は黒髪だ。だが、それとこれが何の関係があるのだろう?
「これはあくまでも術木家でしか確認されていない現象なんだけどね」
そう前置きしてから薔薇は説明する。
「体を改造して、ある一定の段階まで体が魔獣に近くと、髪が金色に染まるんだ」
「な、……に?」
俺は思わず言葉を失う。
百合が過改造によって、魔獣に取り込まれたのだとしたら、性格が豹変したことも、髪が金髪になったことも、俺たちを不意打ちできたことも、全てが説明できてしまう。
あくまでも状況証拠からの推察だ。しかし、全ての証拠が、黒百合こそが百合だと言っている。
「そんな……、本当に……、百合は……!」
百合がもう助からないのだとしたら、百合とのルートはもう無理だろう。
これで、終わりなのか……!?
俺が俯きながら、黙っていると、薔薇が口を開く。
「でも、手が無いわけじゃない」
「……え?」
手が無いわけじゃない?それはつまり、希望があると言うのか?
薔薇は説明する。希望の可能性。その在処を。
「術木家の別邸。もし父さんが、つい最近百合を改造したのなら、そこに手掛かりがあるはずだ。……もしかしたら、そこに行けば、百合を元に戻す可能性が芽生えるかもしれない」
可能性は僅か。砂つぶほどの目かもしれない。それでも、諦める理由にはならないだろう。
俺たちは、百合を助けると、強く、決意した。
三重県 某所
黒百合と術木萄越は、日が暮れて、すでに誰もいない野外で、とある男を探していた。
「……さて、この辺りにいるはずだが……」
萄越は辺りを見渡す。
標的の居場所は割れているはずなのに、見当たらないことから、萄越は僅かに困惑していた。
その時、暗闇から声がした。
「どうやら本当に来たようだな」
「……そこにいたのか」
暗闇から、一人の男が出てくる。
狩衣のような服装に、星空をそのまま持ってきたような不思議な髪。
七大魔家、星詠家の当主、星詠未来であった。
「貴様たちの行動はこの眼で見えていた。どうやら俺を狙っているようだが……。勝てるとでも思うのか?」
「っ……!」
萄越からは冷や汗が流れる。
僅かにでも隙を見せれば死ぬ、そう予感させるほどの威圧感であった。
しかし、傍らにいる黒百合は冷や汗一つ流さない。
むしろ、余裕すら感じさせる表情であった。
「こんばんは、星詠未来。あなたを殺しに来たわ」
月を背後に、黒百合は妖しく笑う。
それを見て星詠は口元を歪める。
「やってみるがいい……!」
最強と怪物の戦いが、今始まる。
ちなみにですが、過去に術木家は、術木家以外の人間に改造実験などを行ったこともあります。
被験者は皆、魔獣に飲み込まれ、その後処分されました。
髪色は変わらなかったそうです。




