第六十五話 眠り姫
「兄さん!」
事態が収まったと判断した百合がこちらに近づいてくる。
「百合……」
薔薇は、どこか申し訳なさそうな顔をする。
妹を殺そうとしたのだから、当然と言えば当然か。
「ぐっ……!そろそろ潮時か……」
突然、体の主導権が入れ替わる。
限界が来たんだな。
「百合、怪我は無いか?」
俺は百合に近づき、尋ねる。
「はい、先輩のおかげでなんともないです」
「そうか、よかった……」
薔薇の生存も大事だが、何よりも百合の無事が一番大事だ。
「百合、僕は……「ちょっといいか?」」
薔薇が百合に何かを話そうとするのをひとまず止める。
「色々話したいこともあるだろうが、先に事情を説明するべきじゃないか?」
百合はまだ決議のことなどは何も知らないのだ。
先にそのあたりを説明した方がいいだろう。
「……そうだね、百合はなぜ僕たちが戦ったのかまだ知らないもんね。うん、全部話すよ」
「お願いします。私も、全部知りたいんです。なんで先輩と兄さんが戦ったのか。……私は、知らなくちゃいけない気がするから」
「よし。決まりだな。まずは決議についてなんだが——」
その後、俺たちは決議についてや七大魔家についてなど、様々なことを説明した。
百合は術木家の生まれなため、魔術師や魔獣の存在など、本当に基本的なことは知っていたが、幼い頃(百合が8歳の頃)に術木家を離れたため、七大魔家や決議については何も知らなかった。
魔術についてさえ、そういうものがあるというくらいの認識だった。
俺たちはこれから百合のルートをクリアしなければならないが、百合がここまで魔術の世界と関わりが薄いとなると、どう攻略していくのが正解なのかまるでわからないな……。
説明などをしているうちに日も傾き、夜になったため、ひとまず今日は解散することとなった。
薔薇はまだ少し話したがっていたが、百合をあまり夜遅くまで拘束するわけにはいかないということで納得してもらった。
そして、薔薇のことだが、「使い魔になったのだから主人の側にいなくちゃね!」などと言って、うちに来ることになった。
まさか居候が増えることになるとは……。
部屋は足りるだろうか?
というか、薔薇の奴、明らかに主を守るだなんて殊勝な思いで来てないだろ!
顔があからさまに「やった!刀也の家に合法的に泊まれる」みたいな顔だったぞ!
……まぁ、家に来ない場合、薔薇は術木家の別邸に帰ることになる。
当然、そこには術木萄越がいる。奴は星詠を天翳大神に変えた張本人だ。
祈闘さんのルートでは倒さずともクリアになったが、今回のルートでは敵になるかもしれない。
警戒はしておくべきだろう。
ということで、俺たちは家に帰ってきた。
「ただいま、姉さん」
「おかえりなさい」
さて、どう切り出すべきか……。
俺がそう悩んでいると、薔薇が後ろから飛び出す。
「こんばんは桃子さん!突然なんですけど、今日からしばらくお世話になってもいいですか?」
「あら、薔薇くんじゃない!」
突然現れた薔薇だが、姉さんは普通に受け入れている。
さらに奥から父さんが出てくる。
「ん?どうかしたのか?……って、薔薇くんか。どうしたんだい?こんな遅くに」
どうやらことのほか、薔薇は受け入れられているらしい。
「薔薇は中学に上がってからはよく遊んでいたし、家に泊まったりもしていたからな」
刀也が補足の説明をしてくれる。
なるほど……。だからこんなに受け入れられているのか。
その後、事情を説明した。薔薇が百合を殺そうとしたことは話さず、あくまでも決議のために戦い、結果、優奈さんの使い魔となったと話した。
少し驚かれはしたが、姉さんも父さんも快く受け入れてくれた。
薔薇は、俺の部屋で寝泊まりすることになった。
就寝前に薔薇が俺に話しかける。
「ねぇ、刀也。さっき刀重郎さんと桃子さんに事情を説明する時、どうして僕が百合を殺そうとしたことを話さなかったの?」
薔薇からすれば当然の質問だろう。
俺は薔薇の質問に答えることにする。
「そうだな……、正直に話すとお前を受け入れてもらえないかもしれないっていうのもある」
一度助けた手前、薔薇の居場所が無くなるのは困る。
だから、父さんと姉さんが薔薇を受け入れやすいように嘘をついた。
だがそれは、あくまでも理由の一つだ。他にも理由はある。
「だけど、それ以上に、お前の気持ちをあまりみんなにバラしたくなかったってのがあったからだな」
薔薇の刀也に対する想いは本物だ。それを誰彼構わず話すのはあまりよろしくないだろう。
百合を殺そうとしたことを話すには、薔薇の想いも話す必要がある。それを防ぐために話さなかった。
この選択は間違っているのかもしれない。本当なら、家族には正直であるべきかもしれない。
それでも、そうしたくなかった。俺も、刀也もそう思ったが故の選択だ。
「刀也……。……ごめん、ありがとう……」
それきり、薔薇は何も話さなかった。
時は少し遡り、黒木百合が家に帰った頃。
とあるマンションの一室。少々狭くはあるが家族二人暮らし故に窮屈とは感じていなかった。
「ただいま、お母さん」
百合は、ソファに座った物言わぬ人形に話しかける。
「今日は色々なことがあったの。本当に……、本当に疲れちゃった」
百合は人形が何も返さずとも、本当の人間を相手にしているかのように話し続ける。
まるで、百合にはその人形が本物の人間に見えているかのようだった。
確かに、艶やかな黒髪を持つ美麗なその人形は、一見すれば人間のように見える。
しかし、その人形には、関節部分などには接合部が見え、瞬き一つしないため、人間とは思えなかった。
と、そこで、ピンポーンとチャイムが鳴る。
「こんな時間に誰だろう?」
百合は玄関まで出向き、扉を開ける。
そこにいたのは、白衣を着た、金髪の美青年。
術木家の当主、術木萄越であった。
「お父さん?なんでこんな時間に?何か予定でもあったっけ?」
百合は疑問を尋ねるが、萄越は答えない。
「薔薇が魔使の手に渡った。秘奥を使われては計画に支障が出る」
百合の話を全く聞かず、ただ己の事情を話す萄越に百合は僅かに恐怖を覚える。
「ど、どうしたのお父さん?何か怖いよ?」
怯えた表情を見せる娘を前にしても、萄越の表情は能面のような表情から何一つ変わらない。
萄越は娘のことを意に介さず話を続ける。
「だから、計画を少し早めることにした」
「え?」
萄越の右手が百合へと伸びる。
そして、萄越はただ告げる。
「起きなさい、百合」
「あ」
百合の意識が闇に堕ちていく。
「はぁい♡」
よく知っているような、けれど、まったく知らない誰かの声が聞こえた。




