第六十三話 犠牲無き勝利に向かって
「刀也ぁ、起きなさい!」
俺は姉さんの声で目が覚める。
時刻は七時半、早く支度をしなければ遅刻する時間だった。
「まずい、寝坊した!」
俺は急いで下に降りて朝ごはんを食べる。
「まったく、何してんのよ。魔使ちゃんは先に行かせたから、あなたも早く学校行きなさいよ」
俺は姉さんに叱られながら支度を整え、学校に行く。
昨日は夜遅くまで刀也と作戦会議をしていたからなぁ。さすがに夜更かしをしすぎたらしい。
「ゼー、ハー、ま、間に合った……!」
この流れ前回もやったな!?これでは俺が学習しない奴みたいじゃないか!
いやでも、作戦会議は必要なことだった。
だから仕方ない。うん、仕方ないな!
俺は気を取り直して授業を受けることにする。
午前の授業が終了したことを告げるチャイムが鳴る。
「お、終わった……。ようやく終わった……」
俺は一つ勘違いをしていた。
三つのルート攻略に当たって最も障害となること。
それは、ルートの分岐によるストーリーの変化でも、さらなる力を引き出してくる当主たちでもない。
それは、“授業“だ。
ともかくめんどくさい。なぜなら、三度目だ。まったく同じ授業を三度も受けなければならないのはあまりにもキツイ。
もはや精神的な拷問だ。
生前も含めれば、これで四度目だぞ!?
だがまぁいい。午前の授業は終わった。
優奈さんとお昼を食べながら作戦を話すとしよう。
「刀也〜、いっしょにお昼食べよ!」
俺が教室を出ようとすると、そこへ薔薇が入ってくる。
おっとそうだった。お昼を食べるには薔薇をどうにかしなければならなかったな。
とはいえ、だ。俺が優奈さんとお昼を食べることを伝えると駄々を捏ね出して言うことを聞かないんだよなぁ。
だからどうということは無いが、それでもかなりめんどくさい。
というか、前回なんて、教室に入ってきた瞬間の優奈さんはゴミを見るような目で見てきたからな。
俺は一瞬のうちに多くのことを思考する。
薔薇に言う言葉は決まった。これで少しは大人しくなってくれるといいが……。
薔薇は俺とお昼を食べるのが当然とばかりに近づいてくる。
そこに俺は突き離すかのような言葉を放つ。
「ごめんな薔薇、今日は一緒に食べられないんだ」
「……え?」
さっきまでにこやかだった薔薇の顔が途端に固まる。
「ま、まさか、刀也が僕以外の人とお昼を食べるって言うの?嘘だよね?」
かなりのショックを受ける薔薇。しかし、ここで畳み掛けるとさらなる大騒ぎになる。
だからここでフォローだ!
「あぁ、今日は無理だけど。また明日は一緒に食べられるから。今日は我慢してくれ」
そう。また明日、だ。薔薇を殺さずに仲間にする。
それが百合とのルートを攻略する第一歩になる……と、思う……。
さぁ、薔薇の反応はどうだ……!?
薔薇の方を見ると、この世のありとあらゆる苦痛を受けているかのような顔をしていた。
「そ、薔薇?」
さすがにこの反応は予想外だったので、思わず俺は薔薇に声をかける。
「……っ!!明日、明日は絶対だよ!」
「薔薇が成長している……!」
心の中で刀也が何か感動している。
いまさらだが、俺たちは薔薇のことをかなりバカにしているのではないだろうか?
薔薇にもしっかり納得してもらえたようなので、席を立つ。
「じゃあな薔薇。また明日」
「……じゃあね刀也」
少し不貞腐れているように見えるがまぁ、仕方ない。
俺は教室から出て屋上に向かおうとする。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
その時、扉の前にいた人影とぶつかってしまう。
「っと、ごめんなさい。怪我は無かっ……て、百合!」
俺がぶつかった人影をよく見ると薔薇の妹であり、今回のルートの攻略対象である黒木百合であった。
「痛たたた……。いやぁすいません先輩」
確かにいつも百合はここで出てくるが、今回は薔薇があまり駄々を捏ねなかったからだろうか?
たまたま百合が教室に入ってくるタイミングと、俺が教室を出るタイミングが重なってしまったようだ。
「今日も兄さんが先輩に迷惑かけていないか見に来たんですけど。大丈夫でしたか?」
「今日も」って、どれだけ周囲からの薔薇への信頼は薄いんだ……。
「はっきり言って、薔薇が大人しい時の方がレアだからな。さもありなん、という奴だ」
そ、そうなのか……。いや、分かってはいたが、周囲からの薔薇への評価はかなりひどいな……。
「あぁ、今日は予定があって薔薇とは一緒にお昼を食べられないんだが、丁寧にお願いしたら落ち込みながらも納得してくれたよ」
俺がそう言うと百合の表情が驚愕に染まる。
「え!?兄さんが先輩にお昼を断られて納得した!?今日は天変地異が起こりますよ!!先輩も気をつけてください!!」
あいつ妹からどんだけ信頼されてないんだ!?
ここまで言われるって相当だぞ!?
「黒峰くん。なかなか来ないから迎えに来たけど、何かあった?」
俺が周囲からの薔薇への評価にドン引きしていると、俺を心配した優奈さんが迎えに来てしまった。
「あぁ、すいません魔使さん。ちょっと知り合いと話していて遅くなりました。もう行きます」
「あらそう?予定があるなら無理に来なくていいのよ?」
こちらに予定があると勘違いしたのか、優奈さんは申し訳なさそうな表情をする。
「いえ、予定は元から無くて、たまたま会って話していただけなので。百合、また明日」
「……え、あっ、はい。先輩、また明日」
俺は百合とも別れ、優奈さんと共に屋上へ行く。
「それじゃあ、これからの作戦会議をしましょうか」
「えぇ、分かったわ」
屋上でお昼を食べがてら、作戦会議を行う。
昨晩、刀也と共に考えた作戦を優奈さんに伝え、実行してもらおうと思っている。
その前段階として、薔薇が候補者であることを伝える。
「魔使さん、昨日術木家の枠は当主が候補者に選ばれなかったって言ってましたよね」
「え、えぇ。と言っても、お父様がぽろっと溢したのを聞いただけだから本当かどうかわからないけれど……」
そこはやはり同じだな。ならば——
「その術木の枠なんですが、知り合いが候補者かもしれません」
「え!?」
その後は、術木家の嫡男である薔薇が知り合いであること、当主が候補者でないのなら、その息子が怪しいことを伝えた。
優奈さんは納得してくれて、一度薔薇に探りを入れることになった。
「それでですね魔使さん、もし薔薇と戦うことになったらやって欲しいことがあるんです」
「?何かしら?できることならやってみるけど……」
俺は優奈さんに昨晩刀也と共に考えた作戦を伝える。
「———してほしいんです」
「そ、そんなことできるわけないじゃない!?」
まぁ、優奈さんがそう思うのも無理は無い。
正直、俺たちだってできるかどうかは半信半疑だからな。
それでも、できなければ薔薇は死ぬだろう。
いや、死ぬまで止まらないが正しいか。
ともかく、優奈さんにはぜひともこの作戦を成功させてもらわなければならない。
「お願いします魔使さん。あなただけが頼りなんです……!」
「……やってみるけど、期待はしないでよ」
「はい。よろしくお願いします」
さぁ、後は実行するだけだ。
午後の授業が終わったことを告げるチャイムが鳴る。
約束通り優奈さんとの待ち合わせ場所につき、優奈さんと合流する。
「それじゃあ行きましょうか魔使さん」
「いいけど、術木薔薇が今どこにいるのか分かっているの?」
優奈さんからの質問は当然のものだ。
だが、こちらはすでに三度同じことを繰り返している。
薔薇の居場所は完璧に把握している。
住宅街を優奈さんと共に駆け抜ける。
人影が少なくなってきたところで二つの人影を見つける。
次の瞬間、わずかにだが魔力の高まりを感じた。
まずいっ!もうそこまで進んでるのか!
「すいません魔使さん、先に行きます!」
「あ、ちょっと!」
優奈さんを置いて俺は全力で駆け出す。
薔薇の右手はすでに鱗で覆われていて、今にもその右手を振るおうとしていた。
「間にっ、合えっ!」
渾身の力を右足に込めて大地を蹴る。
薔薇の右手が百合の胸に突き刺さる直前、どうにか俺のナイフが間に合う。
鮮血と共に右腕が飛び散る。
「なんで……!刀也がここに……!」
切り飛ばされた右手を庇いながら薔薇は驚く。
「悪いが薔薇、お前は止めさせてもらう」
今度は、薔薇ごと救ってみせる。




