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第五十九話 神の存在証明

時は遡り、星詠が天翳大神へと変わり果てた頃


 暗く、自分の足元すらろくに見えない暗闇の中、星詠は確かに存在していた。


「ここは……、俺はいったいどうなった?」

 星詠は自分の所在地を確かめようとあたりを見渡す。

 しかし、その目に見えるのはどこまでも続く闇だけだった。

 

 星詠自身は預かり知らぬことだが、星詠の肉体は完全に天翳大神へと主導権を取って変わられ、精神だけが天翳大神の精神の奥底で佇んでいた。



 星詠は右手を前にかざす。

「魔術は……発動できんな。未来も見えん。……くそっ!やはりあのマッドサイエンティストに命運を委ねるべきではなかったか!」

 星詠は何もできない己に歯噛みする。

 しかし、どうすることもできない。


「そもそも、今、俺の体はどうなっているのだ⁉︎誰でもいい!誰か、誰か答えろ!」

 息が荒くなる。喉の奥から不安と焦燥が迫り上がる。


 ずっと、未来が見えていた。それゆえに、世界をつまらないと感じ、決められた(おわり)に怯えていた。


 だがもう、未来は見えない。

 自分が今いる空間と同じ、どこまでも暗闇が続いているように感じた。


 自分はこのまま消えるのか。星詠がそう自問し始めた時、星詠の視界に何かが見え始めた。


「なんだ……これは?あれは……人か?」

 星詠に見えていたのは天翳大神が見ていた視界。

 しかし、その視界はひどく荒れていて、視界のほとんどが黒い砂嵐に塗れているかのように不鮮明だった。


 視界に見えていた人影たちが突如として後退した。

「なんだ⁉︎急に動きだしたぞ⁉︎」


 実際のところは天翳大神が冷気による広範囲攻撃をしたために刀也たちが距離をとっただけなのだが、星詠がそれを知ることはできない。


 その後、人影たちが何か問答をするような仕草をする。

 そして、突如として視界が大きく揺れた。


「がっ⁉︎……あっ!なん、だ?何かが、俺の中に……!」

 視界が揺れたと同時に星詠が頭を抱え、呻き出す。


 天翳大神の力が肉体に完全に融合し、次は精神さえも変質し始めたからである。


 流れ込んでくる何者かの意思。星詠には対抗する術が存在しなかった。


 倒せ


 声が聞こえる。


 殺し尽くせ


 じわりじわりと蝕むように。


「"最強"であると証明するために!」

 すでに星詠は、半ば天翳大神の精神に取り込まれていた。






「ふははははっ!もっと、もっとだ!もっと力を!」

 精神の変質が始まってからしばらく経った。


 天翳大神が力を振るうたび、精神の変質は進み、すでに星詠の精神はほとんど天翳大神と融合していた。


 誰にも害されることのない絶大な力。

 それは星詠が求め続けたものであった。


 しかし、その力を振るうのは星詠ではない。

 星詠は何かが間違っていることに気づきながらも、強大な力に溺れていた。


 それから少しして、視界を強い光が塗りつぶした。

「なんだ?目障りだな……」

()の天翳大神が戦いを楽しんでいるのに対し、星詠は、天翳大神の精神の奥底は、秘奥を発動した刀也たちを目障りに感じていた。


 彼らは心の奥底ではわかっていた。

 その力が自分を脅かしうるものであると……。


 視界の中を強い光が飛び回る。

 光がぶつかってくるたびに不快な感覚に苛まれる。


「やめろ……!やめろ……!」

 何かが頭の中を過ぎり続ける。


 不快感を振り払うために、何度も頭を振る。

 しかし、頭を苛む()()は晴れない。


 そして、一等強い光が瞬いた。

 白く塗りつぶされる視界。


 体がバラバラになっていくような感覚。


「俺は、消える……のか?」

死の恐怖を感じながら、星詠は意識を失った。





「ここ……は……?」

 俺が天翳大神を倒した後、少しして星詠が目を覚ました。


「よう、生きてたか」

「貴様……は、黒峰……刀也」

 まだ意識がはっきりしていないのか、星詠は自分の記憶を辿るように話す。


「そうか……、俺は、生きて……いるのか……」

 星詠はあたりを見て状況を飲み込んだようだ。


「なぜ……助けた?貴様ならば、俺を取り込んだあの力ごと殺せただろう」

 星詠が俺に尋ねる。



「なんだ?死にたかったのか?」

 星詠は死にたくないがゆえにもがいている人物だと記憶していたが……。


「そうではない。死にたくはなかった。……だが、貴様が俺を助ける理由は無いだろう?」

 まあ、星詠からすれば意味不明か。


「祈闘さんが言っていたんだ。神様は人が善く生きるために必要なんだって、お前は死にたくなくて、必死に努力して、そりゃあ、ちょっとやり過ぎなこともあったけど、お前は死ぬ必要なんかなかった。

 そして、俺には伸ばせる手があった。お前の助ける者(かみさま)になれるかもしれないと思った。だから助けた。それだけだ」

 呪禍は誰の手も取ろうとしなかった。

 四元を止めるには俺たちの力が足りなかった。


 薔薇(そうび)だってそうだ。

 いつも何かが足りなくて、助けることが、止めることができなかった。


 星詠は、やっと手が届いた一人だ。


「神……か……」

 星詠がぽつりと呟く。


「俺たちはもう行くけど動けるか?動けないなら背負っていくけど」

 俺は特になんとも無いが、祈闘さんは戦闘のダメージが大きかったようで、気絶してしまったので、早く休ませてあげなければならない。


 星詠はゆっくりとだが立ち上がり、答える。

「いや、大丈夫だ。貴様の手は借りない」

「そうか。じゃあな」

 俺は星詠に背を向け、みんなの方に歩きだす。


 いくらか歩いた時、背後からぽつりと声がした。

「感謝する。黒峰刀也」


 俺はすぐさま振り返る。

 しかし、星詠は何事も無いかのように己の帰途についていた。


 俺は声をかけるでもなく、ただ僅かに口角を上げる。


 みんなと合流し、それぞれの帰途につく。

 


 この世に神様なんてのはいない。

 少なくとも、人が思い描く理想の神様はいない。


 それでも、神様の代わりに、手を差し伸べてくれる誰かは、存在するのかもしれない。


 

 

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