第五十八話 神話決戦
天翳大神と決着を着けるために、俺と奴は相対する。
「なんだ、また貴様か一度逃げたと言うのに戻ってきたのか?」
どうやら天翳大神には俺と祈闘さんが逃げたように見えたらしい。
「お前を倒す方法を持ってきたんだよ」
「ほう……?」
天翳大神の口が僅かに歪む。
奴は、ならば見せてみろ、と言いたげな表情をする。
「それじゃあ祈闘さん。お願いします」
「はい」
後ろに控えていた祈闘さんが俺の横に並び立つ。
「一体何をする気だ……?」
俺たちがすることが想像できないのか、操蛇さんが怪訝そうな声を出す。
まぁ無理も無い。俺たちが今から行うのは祈闘家の秘奥の発動だ。
しかし、俺たちが行う方法は操蛇さんたち、他の魔術家には知られていない方法なのだ。
祈闘さんが呟く。
「経路構築準備……、完了」
刀を通し、俺と祈闘さんが繋がる。
俺は刀を抜き、横に構える。
祈闘さんは右手に持つ大幣を、俺と同じように構える。
「それでは……始めます」
祈闘さんは一度目を瞑り、深呼吸をする。
目を開き、魔術の名を呼ぶ。
「祈闘家秘奥、【成神祈祷】!」
瞬間、魔力が吹き荒れた。
あらゆる身体能力が上昇し、さらには、どこからか純白の羽織が現れ、俺の身を包む。
祈闘家の魔術【祈り】は他者にかけることもできる。
秘奥も同じく、他者にかけることができる。
とはいえ、この魔術は絶大な強化を得る代わりにとてつもない負担を強いられる。
だからこそ、かつての祈闘家の魔術師はその負担を軽減する方法を編み出した。
祈闘家に伝わる魔道具。
【儀礼刀・天薙】
この刀は手に持つことで祈闘家の術者と経路を繋げることができる。
これにより魔術的には、天薙を持つ者と祈闘家の術者で一人とカウントされる。
負担は二人で分け、強化はどちらかに偏らせる。
そうすることで、実質的に負担を軽減することができる。
もちろん、負担を分けるのは誰でもいいわけじゃない。
秘奥の発動中、二人は寸分違わず同じ動きをしなくてはならない。
そのためには高度の連携が必要だ。
普通は何年、何十年と練習を重ねることで可能となる。
だが俺たちはすでに同じようなことを行なっている。
【祈闘神楽・共舞】
同じタイミングに、同じ型を繰り出すこの技を行えるのであれば、同じ動きをすることは造作も無い。
「さぁ、行くぞ」
天翳大神の口角がこれでもかと上がる。
「いいだろう!その力すらも乗り越えてやる‼︎」
俺と祈闘さんが屈む。
蓄えられたエネルギーが解放され、爆発的な推進力を生み出す。
今の俺と祈闘さんは身体能力に大きな違いがあるため、祈闘さんは道半ばで止まるが、俺は一瞬にして天翳大神の元へと辿り着く。
「まずは一撃」
「っ⁉︎」
刀で逆袈裟に斬る。
「がっ……⁉︎」
天翳大神は反応できない。
もう一撃!
しかし、追撃を行おうとした瞬間、体中に電撃が走った。
「ぐっ……⁉︎」
半減して尚これほどの痛みか……⁉︎
つくづく、これに一人で耐えられる祈闘さんのお父さんが化け物に感じるな。
「ふっ、ふふふ。どうやらその力。かなりの代償があるらしい」
すでに傷を再生させた天翳大神がこちらを睨む。
「貴様ならば耐えるだろう⁉︎【白撃】!」
天翳大神が冷気を纏った拳で殴りかかってくる。
「黒峰さん!」
祈闘さんの声により体の硬直が解ける。
「はぁっ!」
「っ⁉︎」
襲いかかる天翳大神の腕を一薙で斬り飛ばす。
ひとまず距離をとる。
「助かりました祈闘さん」
「いえ、半減したといえどかなりの負担です。そちらは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
こちらは大丈夫だと祈闘さんに答えつつ、祈闘さんの様子を見る。
見れば、祈闘さんも口の端から血が溢れている。
……あまり長くはもたなさそうだ。
短期決着でいかなくては……!
もう一度俺たちは駆け出す。
「今度はこちらの番だ!」
そう言って天翳大神は両手を前に突き出し、固定した左手にくっつけた右手を動かして何かを生成する。
「【氷神凍剣】」
それは氷でできた剣であった。
「凍て切り裂かれよ!」
天翳大神が剣を振るう。
濃縮され、切れ味を持った冷気がこちらに飛んでくる。
冷気が通った跡は一瞬にして凍りついていく。
俺と祈闘さんはそれぞれの得物を横に振る。
それだけで、冷気は消え去り、真空波が飛んでいく。
「ちっ!」
たまらず天翳大神は跳び上がり、風の刃を避ける。
「隙だらけだぞ」
「っ⁉︎」
天翳大神の懐まで近づいた俺は刀を振るう。
「おのれっ!」
天翳大神は手に持った氷剣で応戦しようとする。
しかし、その行いは無駄である。
なぜなら、俺の刀は、俺の魔術は、凡ゆる物体の硬度を無視する。
四度の剣閃、氷剣は斬り刻まれ、天翳大神にも大きな傷跡を残す。
「がっ⁉︎」
斬撃を受け、天翳大神は地面に落ちる。
「がっ、……はぁ!きっ、さまぁ……!」
艶のあった黒髪は大いに乱れ、息も荒々しくなっている。
「認めん、絶対に認めんぞ!余こそが、この世で最強の存在なのだ!」
奴はまだ生まれたての存在のはずだ。
それなのにこのような人格が形成されているのは、術木萄越の意図なのか、はたまた別の理由なのか。
それはわからないが、一つ確かなのは、奴よりも今の俺たちの方が強いということだ。
「ああああああああああっ‼︎」
天翳大神の周りに百を超える氷の槍が形成される。
「死っねぇぇぇぇぇぇ!」
全ての氷の槍がこちらに襲いかかる。
だが慌てることはない。今の俺にはこの程度、止まっているも同然だ。
一歩、踏み出す。
俺の体はかき消え、遅れて音が追走する。
まず最初に飛んできた二十程を斬る。
右、左、上、もう一度右、今度は下。
次も、その次も、全ての氷の槍を斬り飛ばす。
全ての氷の槍を斬り終わった時、俺は天翳大神の懐まで迫っていた。
「はあっ!」
「!こっ、のおっ‼︎」
俺が刀を振るうと同時に天翳大神は全力で冷気を発する。
距離をとりつつ刀を振るうことで、どうにか無傷ですむ。
「がっ、はっ⁉︎」
まずい、予定外の行動をしたから、負担がもろに来た……!
「大丈夫か⁉︎」
刀也が俺を心配している。
まだ、戦える。
けど、あまり長くは持たなさそうだ。
次の一撃で決着を着ける!
「どうやら互いに限界が近いようだな!」
天翳大神が叫ぶ。
限界が近い……か。
ならば、アレができるかもしれない。
「何をするつもりだ?」
刀也が俺に尋ねる。
「まぁ見てろ」
俺はどうにか立ち上がる。
祈闘さんも限界は近そうだが、まだ戦えそうだ。
「余の最大級の攻撃をもって、貴様を葬ってやる!」
天翳大神が両手を天に掲げる。
「其は凶つ星!」
詠唱⁉︎今まで奴は詠唱を使った魔術など使いはしなかった。
それ程の魔術を今から使う気か!
「凍てつき、凍え、翳へと堕ちよ!」
周囲の温度がさらに下がる。
この体が半分死んでいなければ、吐く息が白くなっていただろう。
「余は天に翳ささす神である!」
あたりが一段と暗くなる。
見上げると空に何かが現れていた。
「大地の時間に永劫を与えよう!」
詠唱が進むと空の物体はさらに大きくなる。
「凍えて永遠の眠りにつけ!【天冷ます翳星】‼︎」
空に浮かぶ物体が動き出す。
見えにくいが、こちらに落ちてきているように見える。
「あんなものを落とされたら甚大な被害が出るぞ!」
刀也が叫ぶ。
確かに、あれほどの大きさだ。直径で一kmはあるだろうか?
このまま落ちれば、まず俺たちは無事では済まないだろうし、下手をすれば、被害が間界を飛び越えて、現世にまで及ぶかもしれない。
「一体あんなのどうすれば……⁉︎」
落ち着け刀也、このまま落ちれば、だ。
「そういえば、さっきからやけにおとなしいな」
そう、俺はつい先程から、何か動くでもなく、ただひたすらにじっとしていた。
負荷で動けなかったわけではない。
諦めたわけでもない。
ただずっと、精神統一をしていた。
俺が父さんに修行をつけてもらうようになってから少しした時、俺はふと気になったことがあり質問した。
「黒峰家がどうして起こったのか知りたい?」
黒峰家の起源。明治時代、約二百年程前に起きたことは知っていたが、刀也も何故黒峰家が起きたのかは知らないようだったので聞いてみた。
「黒峰家の開祖、つまりは俺たちのご先祖様がな、文明開花によって廃刀令が出された時代に、どうも刀に惚れ込んだらしい――」
父さんの話を要約すると、廃刀令で数々の刀が失われていくなか、黒峰家の開祖がもったいないと感じ、刀を使うようになったらしい。
その開祖様がたまたま魔力に目覚めたので、以来黒峰家は魔術師の一族になったらしい。
そして、その開祖様は、刀術の中でも特に、抜刀術に打ち込んでいたらしい。
父さんに一度だけ見せてもらった。
黒峰流の抜刀術。
父さん曰く「形だけで開祖様には遠く及ばないだろうがな」
と言っていたが、今はその形さえあればいい。
あとはその形を元に自分なりのアレンジで昇華させるだけだ。
深く、息を吸う。
刀を納め、精神を研磨する。
鋭く、鋭利に、刀の如く。
気づけば俺は、言葉を紡いでいた。
「明鏡止水」
今から行うのは、斬りたいものだけを斬る斬撃。
「不断絶無」
星詠と天翳大神は融合してしまっている。
だから、普通であれば助けることはできない。
それでも、届く可能性があるならば、可能な限り手を伸ばしたい。
「居合抜刀――」
この一太刀をもって、手を差し伸べる者は存在すると証明する!
「【居合・神斬り】‼︎」
一筋の光が閃いた。
その斬撃は天翳大神でさえも見ることは叶わなかった。
巨大な氷塊がずれる。
「え?」
天翳大神が気の抜けた声を出した途端、氷塊が消え去っていく。
あくまでもあの氷塊は魔術だ。
魔術であるならば、この手で斬ればいい。
そして、奴もすでに斬られている。
「お?おおおおおっ⁉︎」
天翳大神から光が漏れ出す。
「バカなっ⁉︎消える!余が消えるというのか⁉︎」
天翳大神は叫び、苦しみだす。
血は一滴たりとも吹き出してはいない。
成功したのなら天翳大神だけが消えて、星詠は無事なはずだ。
「ああああああああああああっ‼︎」
天翳大神は姿を変え、元の星詠の姿に戻っていた。
星詠が地面に倒れる。
どうやら意識は無いらしい。
【成神祈祷】が解け、祈闘さんとの接続も切れる。
今度こそ、俺たちの勝利だ。




