第五十五話 堕天
「無様な姿だな。星詠未来」
「っ!術木……!」
術木?この白衣を着た金髪の美男が?もしや、術木家の当主なのか⁉︎
術木と呼ばれた男は俺のことを無視しながら話を続ける。
「このままでは負けてしまうな。まぁ、君自身もそれはわかっていただろうが。やはりここは私の案を呑まないかね?」
案?こいつはいったい何を言っているんだ⁉︎
「黒峰さん!」
俺を心配した祈闘さんとクロが社に入ってきた。
後ろを見ると優奈さんも近いてきたようだ。
「増援がきた。これでは不意打ちで彼を殺しても無理だな」
「さっきからお前は何の話をしているんだ⁉︎」
くそっ!どうする⁉︎こいつはひとまず黙らせるべきか⁉︎
「あなたは!術木萄越!」
萄越、それがこいつの名前か!祈闘さんが知っているということはやはり術木家の当主か⁉︎
「さぁ、どうする?」
萄越が再び尋ねる。
「俺……は……」
星詠が応える。
「勝つためであれば、貴様の案にだって乗ってやる!」
「よろしい、交渉成立だ」
こいつ、何をするつもりだ⁉︎
萄越が星詠に触れようとする。
よくわからないが、ともかく止めなければならない!
俺は萄越を止めるために動き出す。
「はぁっ!」
萄越が星詠に触れた瞬間に俺は萄越を切った。
切ったはずなのに萄越から血が流れることはなかった。
「残念だがこれは分身だ。本体は別の場所でここを観測している。そして、私の案もまた成功した」
「がぁっ⁉︎」
「星詠⁉︎」
星詠の体が跳ねる。
何かが星詠の元へ集まっていく。
「いったい何をしたのです⁉︎」
祈闘さんが萄越を詰問する。
「何、一種の降霊術だよ。まぁ、この場合は神降ろしと呼ぶだろうがな」
「神、降ろ、し?」
俺は萄越の言葉をオウム返しにする。
「この神社は天照大神を祀っている。そんな場所で確かな器に大量の魔力を注ぎ込むことで、擬似的な神格の再現をする儀式を行った。まぁ、その神格は神話に伝わるものよりも遥かに劣る上に本質も変化している紛い物だろうがね」
「神格の再現?そんなことできるわけないじゃない⁉︎」
萄越の話を聞いた優奈さんが叫ぶ。
そうだ、神格――神様の再現なんてできるはずがない。
俺はそこまで魔術に詳しくないが、いくらなんでもそこまで便利なものだとは思っていない。
「いえ、可能性の話だけであれば可能になってしまいます」
「え?」
祈闘さんから衝撃の一言が放たれた。
「三重には、地面に流れる魔力の奔流――地脈が三本流れています。三本の地脈が重なる土地であるために三重と名付けられたこの地で、伊勢神宮という場所、そして、器と技術、これらが揃うことで確かに儀式は行えるはずです。それでも、机上の空論すら生温い、不可能な儀式なはずなのですが……」
祈闘さんの説明によって萄越が行ったことが現実味を帯びる。
何よりも、今星詠は大量の魔力を注ぎ込まれて体が変質していっている。
それが、何よりの証拠だろう。
「ご説明どうも、祈闘殿。さて、これで分かっただろう。今君たちは神の再現を見ているのだ!」
「がっ、あ、あぁ……!」
今にも星詠は変身しきりそうだ。
「くそっ!だったら、儀式が終わる前に星詠を……!」
俺は星詠を殺すために駆け出す。
「おっと、実験の邪魔はしないでくれ」
俺のナイフを萄越は体を張って受け止める。
分身であるために萄越が死ぬことはない。
「おっと、流石にこれだけのダメージを受ければもたないか」
萄越の体が崩れ始める。
「まぁいい。それ、神が生まれるぞ」
「ああああああああああああ‼︎」
星詠が叫ぶ。
目に見えるほどの黒い魔力の奔流によって視界が奪われる。
魔力が消え、視界が開けた時、そこに星詠はいなかった。
代わりに、足元まで伸びる黒髪を垂れ流した、女性とも男性とも区別がつかない、白磁の肌をした存在がいた。
服装すらも変わっていて、星詠が着ていた狩衣に似ているが、黒く染まり、ところどころに氷のような何かが張り付いている服を着ていた。
「くそっ!儀式は完成しちまったのか。こいつは敵……なのか?」
すでに萄越の姿も見えない。
おそらく、星詠が変化する時に分身が消えたのであろう。
「あ」
元星詠が何かを呟いた。
長い黒髪で顔が覆われているため表情は読めない。
右手を上げて人差し指でこちらを指している。
何だ?こっちを指さして……。
次の瞬間、世界が蒼に包まれた。
「え?」
見渡すとそこは教室のような空間。
そう、ナビ子のいる部屋だった。
つまり――
「俺は……、死んだ、のか?」
「えぇそうよ。あなたは死んだの。天翳大神に氷漬けにされてね」
「天翳大神?」
それが星詠が変身した姿の名前か?
というか、俺は本当に死んだのか。
「あの姿は結局、天照大神を降ろした姿ではなく、術木家の技術によって天照大神が元の魔獣と融合させた姿よ。魔獣にしているから本来の天照大神とは違い、熱を奪う能力、つまり、氷結能力を持っているの」
なるほど、俺が最後の一瞬に見えた蒼の世界は俺が凍らされて見えた景色なのか。
それって大分不味くないか?
あの一瞬で俺は殺されたわけだ。
そんな相手に勝てるのか?
しかも相手は話し合いが通じる相手じゃなさそうだし……。
「聞くがナビ子、この流れは本来のストーリーと同じなのか?」
俺の横に座っていた刀也がナビ子に尋ねる。
「えぇ、これは本来のストーリー通りよ。だから、攻略法も存在する」
「本当か!それなら……!」
前回だって星詠は絶望的な相手で、攻略法なんて存在しないと思っていた。
それでも、勝てた。ナビ子が攻略法があると言うのなら、勝てるのだろう。
しかし、肝心の攻略法がどんなものかがわからない。
「悩んでいるようね。それじゃあ、いつも通り、ヒントを出すわね」
ヒントを聞くために居住まいを正す。
「祈闘守杜、あの子は未だ全力を出せていない。あなたはあの子と共に全力を持って戦いなさい。そうすればきっと、天翳大神にも勝てるでしょう」
「全力……」
祈闘さんの全力、思い出すのは二週目の星詠が宣戦布告をしに来た時の会話。
祈闘さんは秘奥を習得できていないと言っていた。
もしも、ナビ子の言う全力が秘奥のことであるならば、確かに当てはまる。
「どうやらお前も思い当たったか」
刀也が立ち上がる。
「あぁ、まずは祈闘さんと話をしよう」
立ち上がり目を瞑る。
意識が暗闇に落ちていく。
目を開けるとそこには変身した星詠――天翳大神がいた。
「あ」
天翳大神がこちらを指差す。
攻撃が来る!
今度は油断などしていなかった。
故に見えた。
天翳大神の指先からとてつもない速度で凍っていく。
瞬きする間に俺の目の前まで氷結が襲いかかる。
しかし、今度は間に合った。
「【魔切断】!」
ナイフを振るう。
魔術が切り裂かれ、それにより、空間の氷結が止まる。
よし、どうやらこの氷結も魔術として切れるようだ。
「「⁉︎」」
途中まで凍った空間を見て、二人も何が起こったか理解できたようだ。
敵は強大、しかし、勝つ方法はある筈だ。
今度こそ、このルートの最終決戦だ。




