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第五十話 消えない祈り

 時は少し遡る

 四元学人は己の生命力を振り絞って魔術を発動させていた。


「【(ゼロ)の魔力】‼︎」

 四元の手に半透明のバスケットボール大の魔力球が生まれる。


 私の力の全てを出し切った。

 これが通じなければ、負けを認める他あるまい。


 黒峰刀也は狼狽えている。

 奴とてこの魔術は恐ろしいらしい。

 すると、黒峰刀也の前に漆黒の盾が現れる。

 魔使優奈が命令した途端に出たということは、あの魔獣の能力か!


 10年前の決議に現れた魔獣にそっくりな使い魔、魔力も、タフネスも相当なものだ。

 あの盾もかなり丈夫なのだろう。

 しかし、我が家の秘奥の敵ではない!


 そこまで考えた時、歌うような声が聞こえた。

 詠唱らしきものが終わると、黒峰刀也の魔力が増大した。


 祈闘家の魔術でさらに強化したのか⁉︎まさか、我が家の秘奥を正面から受け止めるつもりか⁉︎


 秘奥の威力を知るが故に、四元は刀也の選択に驚愕する。

 それと同時に、自身の口角がわずかに上がっていることを感じた。


 今まで決議に参加している間、四元の頭に渦巻いていた思いは“怒り“だけだった。


 四元家を嘲笑う者共にまごうことなき実力を知らしめる。

 ただそのためだけに戦った。


 だが、今の四元の中には怒りは無い。

 ただ純粋にこの者たちに勝ちたいという思いだけがあった。

  だから叫ぶ。この戦いの決着をつけるための合図を。


「さぁ、決着をつけるぞ!黒峰刀也!」

「こいっ!四元学人!」


 四元は魔力球を放つ。絶大な威力をもつこの魔力球は魔使優奈の使い魔が作り出した漆黒の盾をものの数秒で破壊する。


 これならば……!四元は期待を募らせた。

 しかし、すぐさま四元は驚愕することとなる。


 黒峰刀也がナイフ一本で【(ゼロ)の魔力】に抗っているのである。


「信じられん!【(ゼロ)の魔力】にその身一つで対抗できると言うのか!」


 四元の体はすでにぼろぼろであり、気力だけで立っているような物である。

 故に、これを防がれれば負けは確定する。

 いや、たとえ勝てたとしても、己の命はここで終わると確信していた。


「う、おおおおおおおっ‼︎」

 黒峰刀也が叫ぶ。とうとう、魔力球は弾け飛んだ。


「バカなっ……⁉︎本当に乗り越えおった……‼︎」

 

 己の全力、今まで培ってきた全てを出し切った。

 それでも、敵わなかった。


「四元、俺たちの、勝ちだ」


 故にその言葉は、四元自身、驚くほど簡単に受け入れられた。


「……あぁ、そうだな。私の負けだ」


 四元は見つめる。

 己の全てを出し切ってなお、届かなかった相手の顔を。

 その生涯を閉じる、最期の瞬間まで。

 




 俺は勝利の雄叫びをした後、四元の様子を見る。

 ピクリとも動かない。

 どうやら死んでしまったようだ。

 

 ……残念ではある。しかし、悲しくはない。

 四元自身、死ぬ覚悟はできていただろうし、手加減すればこちらがやられていただろう。


 それほどの相手だった。

 最後まで道が違えてしまったのは残念だが、勝った以上は進まなければならない。

 そして何よりも、今は祈闘さんを救えたことを喜びたかった。


「帰りましょうか」

 俺は祈闘さんに手を差し伸べる。

 祈闘さんはかなり大怪我をしているから誰かが運んであげなければならない。


「はい」

 祈闘さんが俺の手をとり、俺は祈闘さんを抱える。

 あの時の体温を失っていく感触とは違い、確かな存在感を感じながら帰途へとついた。




 刀也たちの戦いの場から少し離れたところに一人の青年がいた。

 白き狩衣に身を包んだ。星空のような不思議な髪をした男であった。


「……結局はお前も死んでしまったか。お前ならばあるいは、と思ったのだが……」

 青年はどこか悲しげな表情で遠くを見つめる。

 しかし、すぐさま表情は取り繕われる。


「まぁいい。所詮はその程度だったというわけだ。どのみち、俺と戦えば死んでいただろうしな」

 青年はその場を後にしようとする。


 その時、一人の男が目に入った。

「何をしに来た萄越」

 白衣に身を包み、長い金髪を垂れ流した美麗な男であった。

 そんな術木家当主、術木萄越は軽やかな口調で話しかける。


「何、今日は君に提案をしに来たのだよ。わからなかったのか?」

 萄越は青年――星詠未来の魔眼のことを知っているが故に質問した。


「お前ならすでに答えもわかっているだろうに……。まぁいい。俺の目に映るのはあくまで視覚情報だけだからな。お前の提案で不機嫌になった俺は見えたが、お前が何を言ったのかまでは知らん」

 星詠は少し苛立たしげに答えた。


「ふむふむ、わかっていたとはいえ、やはり未来視の魔眼は視覚情報しかわからないのか」

「さっさと用件を言え、この場で消し炭になりたいか」

 星詠はさらに苛々を募らせながら催促する。


「まぁ、そう怒るな。君に提案をしに来たと言っただろう?」

「それで、その提案とは何だ」


 萄越はにこやかに、されど決して心から笑っているわけではないとわかる表情で提案について説明する。


「君は、更なる力が欲しくないか?」

「は?」

 萄越の提案に星詠は一瞬、思考停止した。

 そしてすぐさま我に帰り、表情を変えた。


「なるほど、つまり貴様は、この俺が貴様の手を借りねばならぬ程に追い詰められていると言っているのだな?」

 萄越の周りにいくつもの()が出現する。


 星詠がその気になれば、即座に萄越は塵すら残さず消え去るだろう。

 そんな状況でも萄越はほんの僅かにすら動揺せずに説明を続ける。


「君自身わかっているのだろう?黒峰刀也、彼の仲間たちは強大だ。そして、君の見た未来でも君は負けるのではないか?」

 星詠は何も答えない。

 しかし、その沈黙が萄越の言葉が正確であることを示していた。


「君は死にたくないのだろう?見ていればわかる。君が強さを追い求めるのは、ひとえに、死にたくないが故だと」

 萄越は言葉によって星詠をさらに追い立てる。

 しかし、星詠はこう答えた。

 「断る」

「……それは何故だ?」


「貴様のようなマッドサイエンティストの提案に乗って力を得たところでろくな目に会わないことはわかっている。そもそも、未来を見通す俺の目に、詐称は通じないと知れ」

 窓の一つからスペースデブリが飛び出す。

 デブリは萄越の頬に掠り、その美しい肌に紅き線を刻んだ。

「去れ、次は無いぞ」


 萄越は肩をすくめて答えた。

「やれやれ、詐称のつもりはないのだがね。……まぁいいさ、君は必ず私の手をとると信じているからね。それじゃ、さようなら」


 そう言って萄越は帰っていった。


 星詠は萄越の提案を聞いた瞬間に見えた未来を思いだす。


 辺りは無残にも朽ち果て、世界は凍りついていた。

 そして、そこに自身はいなかった。


「舐めるなよ、術木。俺の未来は俺だけが決められるのだ」

 そう言って星詠も闇夜の中へと消えていった。

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