第四十四話 蛇と刀
俺たちの意識が目覚める。
「行きます!」
祈闘さんの声がした。
「来い!祈闘守杜!」
呪禍がそれに応える。
戦闘はすでに始まっている。早く助けを呼ばなくては……!
あのガラケーは確か懐に……!
俺はポケットを探り出す。万が一の場合に備えて持ってきてはいたのだ。
「あった!間界でも繋がる携帯!」
「黒峰くん⁉︎なんで今それを⁉︎」
優奈さんが驚いている。
「魔眼で見えたんです!ここに、大量の魔獣が襲来します‼︎」
「「っ⁉︎」」
優奈さんも祈闘さんも俺の言葉を聞いて驚く。
「バカな……⁉︎なぜ分かる!……いや、確かお前はよく見える魔眼を持っていたのだったな。遠くの魔獣が見えたか!」
実際には、遠くに魔獣がいるのは見えても、それがこちらに向かっているのかはわからない。
しかし、前回の記憶で、大量の魔獣がこちらに向かってくるのはわかっているのだから、遠慮なく助けを呼ばせてもらおう。
俺はガラケーに電話番号を入れて発信する。
「くそっ!させるかっ!」
呪禍が複数の式神と共に襲いかかる。
「させません!」「クロ!」「Gyua!」
「ぐぁっ⁉︎」
しかし、祈闘さんとクロによって俺への攻撃は防がれる。
何回かのコールの後、電話が繋がる。
「黒峰か、どうした?」
「操蛇さん!俺たちは今呪禍と戦っているんですが、奴が魔術によって大量の魔獣を誘き寄せました!援護をお願いします!」
「っ⁉︎……わかった。すぐに向かう。絶対に死ぬなよ」
おそらくこの言葉は優奈さんを死なせるなよという意味だろう。
それでも、ただ一言答える。
「えぇ、死ぬのはごめんですから」
電話が切れる。操蛇さんが来るまでどれくらいかかるだろうか?ともかく、操蛇さんを待つ必要は無い。
と、なれば――
「祈闘さん、魔使さん!逃げましょう!」
三十六計逃げるに如かず、だ。
俺たち自身ができる限り逃げれば援護が間に合う可能性も、助かる可能性もそれだけ上がる。
だからとにかく逃げる!
「ぐっ……!させるかっ!」
呪禍は己の身一つで俺たちを止めにかかる。
「はぁっ!」
「がっ⁉︎」
俺に向かってきた呪禍は祈闘さんに殴られ吹き飛ぶ。
吹き飛ばされた衝撃で呪禍の被り物が落ちる。
「はぁ……、はぁ……。まだだ、絶対に逃がさん。私が、勝つ、ために……!」
ぼろぼろの体を引きずり、目を血走らせながら呪禍は向かってくる。
「どうしてそこまでして……」
祈闘さんが呪禍に理由を問う。
俺と刀也はすでに呪禍がこんなことをした理由を知っているが、今の祈闘さんは知らない。
時間はあまり無い。……しかし、この問答は祈闘さんにとって必要なことだろう。
俺も優奈さんも二人の問答を見届ける。
呪禍は立ち上がるが、体中に傷を負っている。
おそらく、すでに身体強化すらまともにできていないのだ。
故に、祈闘さんの攻撃をほぼ生身で受けてかなりのダメージを負っている。
「私……は……、命に勝ちた……かった……」
呪禍の目は少し虚で、正気なのかは定かではない。
「だが、命は、もう、いな、い……。わた、し、は、お前を、命を継ぐものを、倒す、こと、で、自身を、納得、させよう、と……、ぐっ⁉︎」
「桔梗さん!」
呪禍が片膝をついて苦しむ。
すぐに祈闘さんが呪禍の名を呼び、駆け寄る。
「ぐる゙な゙っ!」
呪禍が祈闘さんを払いのける。
「はぁ……、はぁ……。お前が生き残ろうとも、死のうとも、どうでもいい……。だが、祈闘を継ぐと言うのであれば!」
呪禍は血を吐きながら叫ぶ。
己が宿敵、その後継者へと。
「この程度の困難は乗り越えてみせろ」
呪禍桔梗は執着と妄執に囚われて、道を踏み外した。
しかし、今この瞬間だけは、祈闘守杜の背を押そうとしていた。
お前であれば、“祈闘“の名に相応しい、そんな言葉を視線に込めて……。
呪禍が倒れる。死んだわけではないようだが、起き上がる様子もなかった。
「……行きましょう、祈闘さん。もうそこまで魔獣が迫っています」
「……はい」
俺たちは下山することにした。
走る。とにかく走る。
すでに何体かの魔獣と遭遇している。
そもそも、操蛇さんの援護は間に合うのか?
ナビ子のヒント通りに行動したとはいえ、数十分程度でここまで来れるのだろうか?
頭の中を疑問が駆け巡るが、考えていても仕方がない。
ともかく走る。走って、走って、走り続ける。
なんとか助かることを信じるしかない。
その内、見覚えのある魔獣が見えた。
トカゲのような大きな魔獣だった。
しかし、状況は前回よりも最悪だった。
「なんで、……こんなに魔獣が……!」
トカゲ魔獣の周りにはたくさんの魔獣が侍っていた。
トカゲ魔獣一体であれば多少骨は折れるが、問題は無かった。
しかし、これだけの魔獣がいれば乱戦になる。
乱戦になった場合、シンプルに一撃をもらいやすいというのもあるが、それ以上に厄介なのは、前回祈闘さんを刺した、あの影の魔獣を警戒しにくくなるということだ。
あの魔獣は影に潜む。乱戦になればどこから襲ってくるのか検討もつかない。
「それでも、やるしかない……か」
体中に魔力を張り巡らせる。
呪禍との戦いはほとんど無かったので、まだまだ余裕はある。
魔眼の力をフル活用して警戒するしかない。
「二人とも、行きます!」
俺は魔獣の群れへと突き進む。
「「「Gugyaaa‼︎」」」
大量の魔獣がそれを迎え撃つ。
切る、避ける、斬る、当たる、治す、切る。
ただひたすらに、ただ愚直に。
祈闘さんもクロも頑張ってくれている。
警戒しろ、見通せ、違和感を一欠片たりとも見逃すな!
周囲の魔獣が減ってきた。
祈闘さんが一息つく。
その瞬間、影がうごめく。
「そこ、かぁっ!」
俺は駆け出す。影の魔獣は現れ始めたが、十分に間に合う。
今度は助けられる!
「心也、左だ!」
「え?」
刀也が叫ぶ。しかし、視野が狭まっていた俺には左から襲いかかる魔獣が見えていなかった。
「ぐっ⁉︎」
魔獣の攻撃で俺はよろめく。
傷自体は浅く、すぐに治るものだ。
しかし、そのわずかな隙が致命的だった。
影の魔獣は今まさに祈闘さんに襲いかかろうとしていた。
「祈闘さん!避けて!」
「っ⁉︎」
祈闘さんはすぐさま動きだす。
しかし、時間が足りない。魔獣のナイフのような腕が、今にも祈闘さんの体に突き刺さろうとしていた。
しかし、そうはならなかった。
「やれ、水蛇」
雨が降り注ぐ。
その雨は影の魔獣を含めた、辺りの魔獣を一掃した。
「この技は……!」
「お父様!」
俺たちは雨の出所を見る。
そこには一人の魔術師と体が水でできた蛇の使い魔がいた。
「すまんな、手伝いを呼んでいたら遅くなってしまった」
手伝い?一体誰のことだ?
操蛇さんの背後をまた別の魔獣が襲いかかる。
「操蛇さん危ない!」
俺は叫ぶ。しかし、操蛇さんは動かない。
なぜだ⁉︎動けないのか⁉︎
俺は駆け出そうとする。しかしその瞬間、刀也が俺に語りかけた。
「いや、大丈夫だ」
操蛇さんに襲いかかった魔獣が切り刻まれる。
斬撃?誰だ?
斬撃の主は操蛇さんに尋ねる。
「まったく、魔獣に乗って飛ぶなんてずるいですよ。私も乗せてくれたらよかったのに」
「その飛んでいる魔獣に素の脚力で追いつく化け物はどこの誰だ?」
操蛇さんが軽口を返した相手は俺もよく知っている相手だった。
ボサボサの黒髪で、甚兵衛を羽織る中年の男性。
「父さん!」
黒峰刀也の父、黒峰刀重郎だった。
「おお、みんな無事だったか!助けに来たぞ!」
手伝いとは父さんのことだったか。
俺が納得していると大きな物音がした。
「……どうやらまた魔獣が集まってきたようだな」
父さんの気配が鋭くなる。
「魔使殿、次は私が露払いをしましょう。道を開けますのでみんなを連れて行ってください」
「わかった」
二人の会話を聞き、俺は叫ぶ。
「いやいや、かなりの魔獣が集まってる。みんなで戦った方が……!」
俺の言葉は父さんの真剣な視線で止められる。
「まぁ見てろ。少しは父親らしいところを見せさせてくれ」
200年続く黒峰家、その家長が刀の鯉口を切る。




