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【6】

 999回分のやりなおしと比べたら、時の流れはあっという間……などということは、ぜんぜんなくて。

 何が起きるかわからない初めての日々は、新鮮な驚きに満ちて、たくさんの思い出を私のなかに残していく。


 程なく学舎(まなびや)教手(おしえて)となった私は、ありあまる知識と技術を、国の未来を担う子供たちにたっぷり伝えた。


 覡皇(カンナギ)となられたアマヒト様は、古びたしきたりを取り払って偏った権力を解放し、横行していた汚職の数々も白日に晒していった。

 その清廉なる改革は国民たちから大歓迎されたけど、既得権益( あまいしる )にしがみつく古狸じみた老人たちからは猛烈に反発された。


 けれども、殿下は見事に改革を成し遂げられた。


 ちなみにこれは風の噂だけれど、その影で謎の怪人が暗躍していたとか、いないとか。

 白装束に白い狐面をかぶり「天狐(テンコ)」と名乗るその女は、どこからともなく現れて悪人を懲らしめ弱者を救い、幻影(まぼろし)のように去っていくという。


 彼女は何でもお見通しで、悪人どもはいつの間にか弱みを握られ、追い詰められている。しかも、屈強な用心棒を何十人けしかけられようと、華麗に無双し蹴散らしてしまう。


『あの女狐(めぎつね)に目を付けられたら終わりだ、ならその前に……』


 などと古狸たちは恐れおののき、ボロを出す前に次々と一線から身を退けていった。

 ──らしい。

 そんな物語の正義の味方みたいな人が、ほんとに実在するのかしらね?

 ま、私にはぜんぜん(・・・・)関わりないことだけれど。


 物語と言えば色恋めいたこともそれなりに、ひとなりに試してみた。

 結果として、1000回目の私と精神的に釣り合う男はどこにもいなかった。

 まあそんなのは言い訳で、いまだに初恋を忘れられないだけかも知れない、なんてことは私自身がいちばんわかっている。


 だいたい殿下が悪いのだ、即位されてからも結局、御后を迎えることはなかったのだから。


 そうして最終的に甥にあたるユキヒト様に皇位を継承されたのがつい先日のこと。余談だけれど、ユキヒト様の母親は私の親友のユキホだ。


 ──そんなこんなで、あの日からもう二十五年の歳月が過ぎていた。


 私は現在(いま)では家を出て、郊外に借りた聖王建設(づくり)の一軒家に住んでいる。

 一人暮らしにはちょっと広いけれど、多くが国の要職に就いた教え子たちや、両親のことをお願いしてあるマユカ、いまやご皇母たるユキホも、みんなが折を見て遊びに来てくれるおかげで、寂しさも退屈もない。

 そのなかには、埋め合わせをすると誓ったあの日の下女・サツキもいる。彼女には、私がかつてアマヒト様の胃袋を掴もうと修得した数々のレシピを伝授した。

 元々の資質もあって、今ではお城の厨房を統括する料理番になっている


 そんなわけで、玄関はいつも施錠せず開けっぱなし。

 マユカには不用心だと叱られるけれど、この国に私の虚を突けるほどの手練れがいるのなら会ってみたいものだ。


 ──トン、トン。


 ちょうどよく、玄関の戸を遠慮がちに叩く音が聞こえた。人の気配は感じていたから、美味しいお茶を二人ぶん準備したところ。


「開いております。どうぞお入りくださいな」


 茶碗にお茶を注ぎながら掛けた私の声に、やはり遠慮がちに開いた引き戸の向こう。

 秋空を背に立っていたのは、あのころの柔らかで爽やかな面影を残しつつ、渋みをまとう素敵な大人の男性になられた──


「やあ。久しいね、クスノ」


 ──アマヒト様だったから、完全に虚を突かれた私は、注ぎ過ぎたお茶をどばどばとお盆に溢れさせるのだった。

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