1
「星浄の森」と呼ばれる場所が、バルドニア王国アッカーソン領の北部にある。そこはいわゆる禁足地であり、文字通り普段は誰も足を踏み入ることのない場所である。この地域一帯ではよく流れ星が見え、落ちた星はこの森で浄化され、再び天に上るという言い伝えからこの名前が付いた。
およそ10キロ程あるその森は、年中青々とした木が生い茂り、中心地には清らかな水を領内全域に供給する湖がある。
「私の髪って、そんなに変かな?」
そんな森の中で、1人の少女が湖面を覗き込みながら呟いた。
大陸西部に位置する小国家バルドニア王国。南に海、北には万年雪に覆われた山脈が横たわっている。その山脈を挟んで、魔法技術に優れたソルシエート帝国が、王国西隣に軍事国家のネライダ王国、東隣にリーガ連邦国がこのバルドニア王国を取り囲んでいる。いずれの国も強国である。
バルドニア王国は軍事的には周囲の国々に劣るものの、ある存在のお陰で侵略されることなく今日まで生き延びてきた。そのある存在とは、
「精霊」である。
この世界に光を満たし、魔力を満たし、あらゆる実りをもたらす存在、それが「精霊」なのである。
彼らは普通の人間には見えないが、魔力の強い者や穢れ無き心を持った者には稀に見えることがある。
気に入った土地や人間には加護を与え、それらに害を為す存在には罰を与えると云われており、このバルドニア王国はそんな「精霊」に愛されたある男性が建国したと言い伝えられている。
それが事実かどうかはわからないが、農作物は他の国々よりも育ちが良く、収穫量も多い。そして「精霊」たちが生み出すとされる魔力結晶の採取量も飛び抜けて多いのだ。
だからこそ、周囲の国々はこのバルドニア王国を侵略しようとはしないのである。
さて、ここからは私の話をしよう。
バルドニア王国の国民は、その多くが金髪か茶髪を持って生まれてくる。そんな国の中で私ローザ・ルクレント・アッカーソンは黒い髪を持って生まれてきた。
アッカーソン侯爵家の長女として生を受けたが、黒髪であるが故に家族としての愛情を注がれることは無かった。
何故なら、金や茶色の髪は精霊に愛されている証、そして
黒色の髪は「魔王」の証だからだ。
その身分に相応しく在るために必死に教養を身に付け、学問を修めようとも、黒髪である私は誰にも認められることはなかった。
むしろ「何か善からぬ事を企んでいるのでは?」と疑われる始末である。
父は綺麗な金髪、母は亜麻色の髪で、兄も妹もミルクティーのような柔らかな茶色の髪をしている。
私が生まれた当初、父は母の不貞を疑った。一族の中に誰も黒色を持つ者はいないからである。そのせいで夫婦仲は一時期最悪になった。そんな両親を見て兄は仲違いの原因である私を嫌い、基本無視するか、
「……やあ、疫病神、まだこの家に居たのか。どこまでも図々しい奴め。さっさと出ていけ!まあ、お前の居場所など世界中探してもありはしないがな!」
たまに嫌悪の色を浮かべながら罵倒してくるようになった。屋敷の使用人らは、そんな主人達の様子を見て、髪の色のこともあり、私に対して極めて雑な対応だった。
その後何とか誤解が解けた父と母との間にまた子ども、今度は妹が生まれた。その妹は兄と同じ茶髪だった。
それを見た両親と兄は殊更私を嫌った。
「アッカーソン家の汚点」「魔王の素質を持った子」「精霊に見捨てられた存在」「生まれてくるべきではなかった」
あらゆる存在否定の言葉を投げつけてくるようになった。
そんな私とは対照に、妹はそれはもう猫可愛がりされた。
罵倒される姉と、可愛がられる自分。
どちらが偉いかと言われれば当然愛される自分である。
こうして、私は幼い妹からもバカにされるようになった。
ある時は
「ごきげんよう、今日も素敵なお召し物ですわね。まるで貧民のようです。とてもお似合いですわ。
わたくしはあなたと違ってお友達がいっぱいだから、今日もお庭でお茶会ですの。あなたは、あぁ、ごめんなさい?お友達がいるかどうかなんて聞くまでもなかったわね?それではわたくしは忙しいのでこれで」
またある時は
「見てみて!お父様がお誕生日祝いにルビーのネックレスを買ってくださったの!素敵でしょ?あなたは確か先月お誕生日でしたわね?何を貰ったの?あぁ、愚問でしたわね?誰にも愛されないあなたがお祝い、ましてやプレゼントを貰うことなんてあるはずがありませんでしたわね」
「あとそうね、この前ウォルト公爵のご子息さまに『素敵な髪ですね』って誉められたの!彼ったら、わたしに気があるに違いないわ!黒髪のあなたには一生好きになってくれる人なんて現れないでしょうけど」
などと、自慢ついでに貶してくるのが殆どだ。
彼女付きのメイドも、彼女が私を貶してくる間、鼻で笑い完全にバカにした目で見てくる。
こうして家から除け者にされた私だが、一応高位貴族であるため、必要最低限のドレスなどは与えられた。あまりにもみすぼらしい格好をされるとアッカーソン家の品位が疑われるから仕方無く、ということらしい。しかしそれは本当に最低限のもので、普段はその辺の農民と変わらないワンピースを着ている。その辺の商家の子どもの方がよっぽど質の良い物を身に纏っていると言えるだろう。
私が12歳、妹が10歳になった頃、家族は私を領地に残して王都のタウンハウスで過ごすようになった。
領地の屋敷には私と、領地経営を代行する50歳前後の執事、幾人かのメイドが残った。
当然の事ながら私は彼らにも嫌われている。当主が居なくなったことで彼らは表面上取り繕うことさえ止め、完全に私の存在を無いものとして扱った。
ここまで聞けば私は悲劇の主人公の様だろう。
理不尽な理由で虐められ孤立し、繊細な心が傷付いたヒロイン。
だが残念、私の神経は自分でもビックリするほど図太かった。