悲しみのセシーリア《2》
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エルフの街は活気付いていて、セシーリアとシーグルは胸が踊った。
屋台で食べたララは笑いが出るほど美味しく、巴旦杏の密割りは堪らなく濃厚であった。
「シーグル、せっかくだからなにかお揃いのものを買いましょう」
「うん!」
セシーリアがそう言いながらひしめき合う店に眼をやると、丁度銀細工の店が眼に入った。
「うわあ……綺麗だ」
「ほんとね!」
その時眼の端に見慣れた人物が写った気がして、セシーリアは狭い路地に眼を向けた。
あれは……オリビエ?
その後にアンリオンとマルケルスが続くのを見てセシーリアは、やはり先頭がオリビエだと確信した。
三人とも……あんなに狭い路地に入ってしまうなんてどうして?とてもじゃないけど、何かの店があるとは思えないわ。
セシーリアの心に、抑えられない好奇心が芽生えた。
何処に行くのか突き止めてやるわ。
「シーグル、少しここで待ってて。絶対に動くんじゃないわよ」
「え、どこにいくの?」
「ちょっとね。いい?絶対に動かないでね」
「……わかった」
シーグルに念を押すと、セシーリアは今しがたオリビエ達が消えた路地へと向かった。路地の中は大通りの明るさが嘘のように暗く、驚くほどに狭い。
「一体こんなところに何があるの?」
思わず眉をひそめてそう呟いた時、三人が不意に足を止めた。
建物の出っ張りに身を隠し、セシーリアが注意深く三人の姿を見つめていると、どうやらそこは一軒の店の入り口のようで、弱々しいあかりが灯っている。
……こんな狭い所に店?
オリビエ達はドアを叩く様子もなく、吸い込まれるように壁の間に消えてしまった。
胸がドキドキする。もしかして、賭博場?酒場?酒場は18歳から許されるが、賭博場はまだ入れない筈。ここまで来たんだもの、確かめてやるわ。
セシーリアはドキドキする胸を押さえながら三人が消えたあかりの元へと急いだ。
そこにドアはなかった。
その代わりに狭い階段があり、セシーリアは音を立てないようにそれを上がった。上がりきった先にあるドアを少しだけ開けると、真横に太った女が小さな椅子に腰かけていて、セシーリアを無遠慮に眺める。
「働きに来たのかい。経験は?」
やはり何かの店屋のようだ。
「えっと……」
セシーリアが話し始めた時、
「女将さぁん、ちょっと来てぇ。お酒がぁ」
女将さんと呼ばれた目の前の女は、店の奥に視線を走らせてからセシーリアを見た。
「ちょっと待ってな」
そう言い残すと重そうな身体を揺すりながら、彼女は狭い廊下の向こうへと消えてしまった。
……お酒?やっぱり酒場なのね。
セシーリアは女将が席を立ったのをいいことに、もう片側の狭い廊下を進んだ。
オリビエ達はどこかしら。それにしても布で仕切られた部屋ばかりで中の様子は分からない。
その時、急に女性の声が聞こえた。
「オリビエ様……ああっ……」
……オリビエ?
「んっ……あ……」
甘く響く声と、荒々しい息遣い。
「……セシーリア、愛してる……」
ドキンと強く心臓が脈打ち、セシーリアは硬直した。
セシーリア……!?
「セシーリア、セシーリア」
間違いない。この声はオリビエだ。
何が何だか分からず、セシーリアは息を殺してそっと布に手をかけると、僅かに出来た隙間から中を覗き込んだ。
そこに、オリビエがいた。いや、オリビエだけではなかった。
蝋燭の頼りない光に照らされた部屋の中で、裸のオリビエが透けるように白い肌の女を組み敷いて波のように動いていた。
オリビエの左手は女の膝の裏に回り、片足を抱え上げるようにして淫らに身体を開かせている。
「ん、ああっ」
オリビエが突き動く度に女の口から甘美な溜め息が漏れている。
う、そ。
心臓を矢で射抜かれたような強い痛みと衝撃。
セシーリアに気付かないオリビエはきつく眉を寄せ、歯を食い縛っていて、その額からはいくつもの汗が流れていた。
……信じられない。こんな、こんな……!
蝋燭のあかりを含んだその汗が、セシーリアを深く傷つけた。
強い胸の痛みと悲しみで、思わず目眩がする。
「誰?」
ビクッとして眼を開けた時にはもう遅かった。
ハッキリとは覚えていないが、よろけたセシーリアの身体がどこかにぶつかったようで、その音に女とオリビエがこちらを見たようだった。
「セシーリア……!」
たちまちオリビエが大きく眼を見開き、動きを止めた。
セシーリアは、もうここにいることなど到底出来なかった。
身を翻すと細い通路を走り、ドアに手をかけると一気にその先の階段をかけ降りた。
涙で前が滲み、ただでさえ暗い視界がまるで見えない。
「待ってください、セシーリア様」
なんて残酷なの、どうして!!
オリビエは……オリビエはここで女性を買っていたのだ。しかもセシーリアという名の女性を。
「きゃあっ!」
最後の一、二段を踏み外し、セシーリアは膝から路地に崩れ落ちた。
身体の痛みよりも心の痛みがセシーリアを支配し、それが嗚咽となってこぼれる。
その時、
「セシーリア!!なにやってるんだよ?!あまりにも遅いから心配し……て……」
急にシーグルの声がして、セシーリアは涙に濡れた顔を上げた。
「シーグル……」
シーグルが血相を変えてセシーリアを抱き起こす。
「何があったの、セシーリア!?」
ダメ。ダメよ、シーグルが心配する。シーグルは私よりも年下でまだ子供だもの。こんなこと、話せない。
セシーリアはゴシゴシと涙を拭うと大きく息を吐いた。
「なんでもないのよ。早くここを出ましょう」
少しでも、少しでも早くシーグルをここから遠ざけなければ。この子はまだ子供だから。
その時、
「セシーリア様、待ってください……!」
運悪くセシーリアを追ってきたオリビエの声に、シーグルが驚いて視線の方向を変えた。
「兄さん……?」
オリビエの顔がグッと歪んだ。
一方シーグルは、胸まではだけたオリビエの服の間にある赤い花びらのようなアザを見つけて硬直した。それからオリビエとセシーリアが降りてきた階段を見上げる。
「……何してたんだ、兄さん」
耐えられなくなり、セシーリアがシーグルの腕を引いた。
「いいから行きましょう、シーグル」
「よくない!」
シーグルはその赤いアザの意味が分からないほど幼くはなかった。いつか街から帰ってきた兵士の話を盗み聞きした事があったからだ。
……兄さんは、ここで女を抱いてたんだ。それを見たセシーリアが泣いている。なのに兄さんは、そんなセシーリアを追いかけて……。
許せない。許せる訳がない。セシーリアの涙の意味が分からないなんて言わせない!
酷い有り様を見せておいて、己の身を守るために残酷にも泣いているセシーリアを追いかけるなんて……!
「うっ……!!」
鈍い音の後、路地の隅に置いてあった木桶が派手な音を立てた。
16歳のシーグルのどこに、2歳年上の兄を殴り飛ばす力があったのかと思うほど、殴られたオリビエの身体が地に転がった。
地面に手を付き口元から血を流すオリビエに、シーグルが叩き付けるように叫んだ。
「兄さんにセシーリアは渡さない!!」
セシーリアは俺が守る!
「シーグル……」
セシーリアは涙が止まる思いでシーグルを見つめた。
「たった今からセシーリアは俺が守る!二度とセシーリアに近付くなっ!」
シーグルはセシーリアの腕を掴むと大股で歩き、大通りを目指した。それから先ほどの言葉通り胸に誓った。
セシーリアは俺が守る。
何があっても必ず。
俺の一生をかけて。




