消えた皇帝《1》
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「……セシーリア。形見として何も持たなくていいのか?」
ラティア帝国エシャード城内の神殿で、シーグルが遠慮がちに尋ねた。
「うん、いいの。剣はシーグルが使った方がオリビエも喜ぶと思うし、装飾品はその腕輪だけだもの。どちらもシーグルが持っておくべきだわ」
中央にそびえ立つ守護神ディーアの像を見上げたセシーリアの表情はスッキリとしている。
シーグルはそんな彼女を見て僅かに両目を細めた。
「シーグル?」
返事を返さないシーグルに視線を移したセシーリアの瞳には、やはり一筋の曇りもない。
「……いや。ならいいんだ」
ぎこちなく横を向いたシーグルの顔が苦し気で、セシーリアは反射的にあの日を思い返した。
あの日……イシード帝国のカリムに、オリビエの亡骸を返されたあの日。
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一ヶ月前。
「畜生っ!カリムめ、覚えてろ!イシード帝国を見る影も無いほど壊滅させてやる!」
オリビエの遺体をエシャード城に運んだセシーリア達は、この信じたくない状況にかき乱れた。
中でも弟であるシーグルの怒りは時間が経つほどに大きくなっていき、エシャード城についた頃には怒髪天を衝く勢いに膨れ上がっていた。
正直、本人もどうやって国境から帰ってきたのか覚えていないほどである。
「セシーリア様、侍医にご遺体が本当にオリビエ殿かどうかを判断させましょう。既に待機させておりますゆえ」
ライゼン・エシャードの言葉に大臣ケルグが素早く反応し、身を翻した。
「……」
棺に移された遺体を見つめながら、セシーリアは漠然と思った。
きっちりと巻かれたアマ布から僅かに覗く髪は、確かにオリビエの髪色である。
背格好は……身体の水分が抜けているためか些か小さい。
「確認には俺達全員で立ち会おう」
無理矢理に怒りを抑えて口を開いたマルケルスを、セシーリアがゆっくりと見上げる。
……確かにそうだわ。
私達……幼い頃から共に育ってきた私達が立ち会わなければ、誰がこの亡骸をオリビエだと確認できるのか。
オリビエの身体には腐敗を防ぐために薬品処理がなされ、アマ布が巻かれている。
セシーリアはそれを再び見つめながら苦痛に顔を歪めた。
もう見ることが出来ないのだ、あの美しかった榛色の瞳を。
もう聞くことは叶わないのだ、あの艶やかな声を。
もう二度と。
もう、一生。
「セシーリア。お前は無理するな。俺とシーグルで立ち会うから」
「そうだ、お前は見なくていい。お前に今の兄さんを見せるのは酷だ」
何とか冷静になろうとしつつ、自分を気遣うマルケルスとシーグルに、セシーリアは胸を突かれた。
きっと骨格がむき出しになったオリビエの皮膚にはもう、生前の面影はないだろう。
それを見て辛いのはシーグルやマルケルスも同じだ。
セシーリアは棺から身を起こしてしっかりと姿勢をただすと、二人を見上げてゆっくりと口を開いた。
「ありがとう。でも私も立ち会うわ。オリビエかどうか、しっかりと自分の眼で確かめたいの」
シーグルはこのセシーリアを一生忘れないだろうと思った。
こんなにも黒いマラカイトグリーンの瞳を、今までに見たことがなかったのだ。
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イシード帝国から返された亡骸がオリビエだと断定されたその夜、セシーリアは火葬の指示を出した。
祭壇へと視線を移すと、セシーリアはそこに置かれたオリビエの骨壷を見つめる。
骨壷を飾る黄金に打ち出された月桂樹は、今にも風に揺れそうな程見事な出来映えであったが、セシーリアはそれを見て少し残念に思った。
「どうした?」
骨壷を指でなぞるセシーリアに近寄ると、シーグルが心配そうにその眼を窺う。
「月桂樹じゃなくてダビディアの葉の方が良かったかも。だってオリビエはダビディアの樹が好きだったもの」
「ドゥレイヴ家の家紋には月桂樹が使われてる。兄さんも月桂樹でいいと思ってるさ」
「……うん……そうかもね……」
「納骨するまでの間、あとしばらく兄さんといてやってくれ。俺はアンリオンの様子を見てくる」
「……分かった。アンリオンをよろしくね」
アンリオンはひどく憔悴している。
彼は別の任務にあたっていたため、イシード帝国にオリビエの亡骸を返された時も、遺体の本人確認にも立ち会えなかったのだ。
しかも任務を終えて帰還し、ようやく再会出来た時には火葬を終え、オリビエは骨となってしまっていた。
逞しい身体を震わせ、ワアワアと泣いたアンリオンが胸に蘇り、セシーリアは唇を噛んだ。
私は沢山泣いた、アンリオンよりも。
……だからもう泣かない。今度流す涙は喜びの涙と決めたもの。
「オリビエ。必ず仇を討つからね。見ていてね」
最後に骨壷に唇を寄せると、セシーリアは踵を返して胸を張り颯爽と歩いた。
弱々しい背中を、オリビエに見せたくなかったのだ。




