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ラティアの月光宝花  作者: 友崎沙咲
第五章
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残酷な結末《5》

永久……不可侵条約……!

強い目眩がセシーリアを襲う。

それに負けまいときつく眼を閉じると、セシーリアは再び弓を構え直して前方を見据えた。


ラティアに……ラティアにこれだけの事をしておいて、これからは領土を侵さず仲良くしようと?

しかもオリビエが、病死。それを誰が信用できるだろうか。

セシーリアは国境をまたいで真正面に佇むカリムを睨み付けた。


面頬(めんばお)で覆っている両目が見えない上に、この距離では表情すら確認することが出来ない。

それに我慢できず、セシーリアはあの日のカリムを思い返した。

あの日……セシーリアの誕生大祭典での無礼な振る舞い。

その上奇襲をかけて都を焼き、父王とその側近、多くの民を殺した。


挙げ句の果てに奪ったオリビエが病死だったと、彼はサラリと告げたのだ。

……許さない……!

強く噛み締めた唇から血が滴ったが、セシーリアはそれに気付かないほどの怒りに支配されていた。


「……信じない」

「セシーリア」


セシーリアの呟きをすぐ理解したマルケルスが、彼女の構えた弓にそっと手を置いた。


「だってそうでしょう、マルケルス。オリビエとカリムに友情なんか生まれるわけないわ。そんなの信じない!そんなデマカセは許さない!」


マルケルスはしっかりとセシーリアの瞳を見つめて小刻みに頷いた。


「ああそうだ、セシーリア。そんな事あるわけない。だが今日はこれ以上の攻撃はよせ。でないといくら相手がイシード帝国だとしても後々厄介だ。近隣諸国の中にはようやく同盟を結べた国もあるのに、ここでイシード帝国に同情が集まると面倒だ。分かるだろう?!」

「分かってる。分かってるわ、でも……!」


セシーリアは、身体がズタズタに裂けてしまったかのような痛みに顔を歪めた。

攻めてきたとばかり思っていたイシード帝国のカリムは、軍を率いずにやって来た上、オリビエの遺体を運んできたのだ。


……本当はここでカリムを殺してやりたい。

けれど丸腰で話し合いに来た帝国の皇帝を問答無用で殺したと知れれば、たちまち友好国に警戒され信頼を失うかもしれない。

今の時代はほんの僅かな過ちが命取りになるのだ。


「クッ!」


悔しさと諦めを抱き、弓を下ろしたセシーリアの口から漏れたうめき声に、マルケルスの顔が歪んだ。

それと同時に自分の予想を超えたカリムの行動に、苛立ちとは別の何とも言えない感情を覚える。


「持ってて!それから援護は要らない。ライゼンにもそう伝えて」

「セシーリア!」

「ハッ!」


矢筒と弓をマルケルスに押し付けると、セシーリアは愛馬シーラにまたがり駆けた。


「セシーリア!」

「大丈夫よ、シーグル!ひとこと言ってやるだけ!」


アイツ……ディーアの弓矢を持ってないじゃないか!

手綱をさばきながらすぐ横を走り抜けていくセシーリアの背中を見て、シーグルが血相を変えて馬の腹を蹴る。


「おい、セシーリア」

「シーグル。私は大丈夫だから。後ろで見ていて」

「……!」


肩越しに振り向いたセシーリアが、僅かに微笑んだ。

それを見たシーグルがゆっくりと馬を止める。

セシーリアの向こうに見えるカリム一行は、迫るセシーリアを見ても微動だにしていない。

やがてセシーリアが手綱を強く引き、愛馬を止めた。

原野に響くシーラの嘶きと強く吹きつける風が、撫でるように辺りに広がる。


「皇帝カリムよ!」


手綱をさばきながらセシーリアがカリムの名を呼んだ。


「……」


声こそ発しないが、カリムはまるで返事をするように身体の真正面をセシーリアに向けた。

それを見たセシーリアが再びカリムに口を開く。


「皇帝カリムよ。今ここではっきりと申しておく。ラティアがイシード帝国と不可侵条約を結ぶことなど何億年先になろうとありえない。そしてラティアの女王の名に懸けて今ここに宣戦を布告する」

「……」


マントのヒダが数えられるほどの距離で、セシーリアはそう宣言するとカリムを見据えた。

するとセシーリアのその宣言に、カリムの側近が言葉を返す。


「ラティアの女王よ。宣戦布告などご自分の首を絞めるに値する行為ですぞ」


その言葉にセシーリアがニヤリと笑う。


「気付いておられぬようだが……自らお締めになったそちらの首は既に血が通うておらぬのでは?なれど安心召されよ。卑怯な手段でわが父ロー・ラティアの命を奪い、王都を焼いた代償はその血の通うておらぬ皇帝の首一つで免じよう」


言い終えるや否や、セシーリアが愛馬の歩を進めた。

即座に下がっていたカリムの側近達がスティーダを構えるが、それを主君であるカリムが止める。


「良く聞くがいい、卑しい簒奪者よ」


セシーリアはカリムのすぐ隣に愛馬シーラを立たせると、低い声で続けた。


「永久不可侵?オリビエと友情が芽生えた?笑わせるな!ラティアはイシードを……お前を信じる日など絶対に来ない。もう二度と我がラティアから一木一草一石とて持ち出すのは許さない。肝に命じておけ!」


セシーリアの震えるような怒りに、カリムの馬が嫌がりながら下がった。

そんな愛馬とは対照的に、カリムは実に落ち着き払った様子でセシーリアを見つめている。

そして片手で手綱を束ね持つと空いた手を伸ばし、カリムは腕に刺さるディーアの矢を掴んで答えた。


「セシーリア女王。俺はもう二度とあなたの国から何も持ち出さないと約束する。これはその証しだ」


言うなりカリムはグッと歯を食いしばると、腕に刺さるディーアの矢を力一杯引き抜いた。

ほとばしる鮮血にセシーリアは思わず眼を見開いたが、カリムは構う事なくその唇に僅かな笑みを浮かべ、矢を差し出す。


「まずはこの矢をお返しする」

「これごときが証となると思うのか?!ならば笑止千万!」


セシーリアは出された矢を奪うように掴むと、カリムを睨み付けて言い放った。


「近い内、必ずお前を殺してやる。覚悟しておけ!」


セシーリアは吐き捨てるようにこう言うと、手綱をさばいて愛馬の頭を返した。

本当は守護神ディーアの弓でカリムの心臓を射抜いてやりたい。

今すぐに。でも。


セシーリアは駆けながら必死に自分に言い聞かせた。

必ずカリムを、イシード帝国を討つ。

必ず!

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