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ラティアの月光宝花  作者: 友崎沙咲
第五章
36/39

残酷な結末《4》

****


セシーリアとシーグルがライゼンの軍に合流したのは、エシャード城についてから三日後であった。


「マルケルス、状況は?」


一足早く到着していたマルケルスが額に手を当て、眼に当たる激しい風を避けながら口を開いた。


「第二弾のハヤブサによると、カリム皇帝は半日後国境に到着するらしい」


その言葉にセシーリアが頷く。


「他には?」

「わからない」


ガムズ河を越え東に広がる《黒色の原野》は、ラティアとイシードの国境である。


「そろそろイシードもこちらの動きを把握してるかもしれない」

「……いずれにせよイシードの要求は飲まない」


セシーリアの硬い声にマルケルスが答える。


「不思議なことにイシードの軍が確認できてないんだ」


シーグルが舌打ちし、かぶりを振る。


「軍が確認できない?!バカ言え!そんな事があるのかよ」


シーグルの言葉にマルケルスが声を荒げた。


「いや。軍を動かしてない可能性だってある」


その時、国境警備隊長が両手を高く掲げ、敵国の存在を知らせた。


「来たらしい。セシーリア、下がれ。ヨルマ、セシーリアを狙う者は咬み殺せ」


マルケルスの言葉を聞いたヨルマが、黒色の原野に身を落とした。


「見ろ。あの人数を」


小高い丘の上から見えるイシードの行列は、ほんのわずかな人間と数台の馬車であった。

野を見下ろすマルケルスが後方のライゼンに頷き、ライゼンは待機していた兵士達に合図を送った。


粒のようだったそれらが徐々に大きくなっていき、セシーリアの視界を占めていく。

カリムはどこ?カリムは。

次第に強さを増す鼓動を感じながら、セシーリアは両目を細めた。


「……いたぞ」


呟いたシーグルと、セシーリアの瞳に写ったその人物。


「カリム……!」


あれだ。面頬(めんばお)で両目は隠れているが、一際立派な馬具を見るとあれがカリムに間違いない。

(たてがみ)に派手な絹紐を編み込んだ白馬の上の皇帝カリムは、鋼の胸当てしか着けておらず、戦うには軽装である。


セシーリア達が見つめる中、やがてカリムは片手を上げて一行を止めると、口元を覆った一人の護衛兵のみを従えラティア側へと数歩進んだ。

国境を挟んで向かい合った両国に、原野を吹く風に乗ったカリムの声が響く。


「セシーリア女王。思いがけない再会に感謝する。それから」


《思いがけない再会》などと言いながら、イシードの行動を把握して国境に駆けつけたセシーリアに驚きもしないカリムは、非常に落ち着いた声で先を続けた。


「お話の前にこちらを」


カリムの声に、後方に従えていたイシードの者達が国境まで進み出た。

たちまちラティアの兵士達が彼らに弓を構える。

それを見たカリムが、


「危害は加えない」


ライゼンが右手を上げて兵士の動きを止めると、イシードの使者が再び歩を進める。

彼らによって担がれ国境まで運ばれた箱のようなそれは、立派な刺繍が施された布で覆われており中身は見えない。


「……なんだあれは。貢ぎ物か?」

「……分からないが兵を従えもせずやって来たところを見ると、ラティアに友好を求める為の献上品かもな」


シーグルとマルケルスの会話に、セシーリアは唇を引き結んだ。


「それは?」


息を吸い込み国境の向こうにいるカリムのもとへ声を飛ばすと、セシーリアは彼らを凝視した。


「まずは受け取っていただこう」


低く響いたカリムの声に、ライゼンが兵士数人に指示を出す。


「運べ」


馬車から降ろし担ぎ運んだ荷物を国境に置くと、すぐ元の位置まで下がったイシードの使者を見て今度はラティアの兵士が置かれた箱に近付く。


行李(こうり)のようだな」


近付いてくる箱が何か見定めようと、シーグルが両目を細めた。

数人で抱えてようやく運ぶことができる大型の行李がセシーリアの前まで運ばれると、彼女は馬から降りて口を開いた。


「シーグル、確認を」


「分かった」


頷いたシーグルが掛けられていた分厚い布に手を伸ばすと、木製の行李に埋め込まれていた宝玉が太陽に反射し、キラリと光った。

ようやく露になったそれは二段式で、下段はいくつかの扉がついているが上段は全体がひとつの収納箱といった感じである。

シーグルが兵士と共に、ゆっくりと上部の蓋を押し上げた。


「あっ!こ、これは……!」


シーグルと共に上段の中身を覗き込んだ兵士が、驚きのあまり眼を見開き声をあげた。

その様子に、マルケルスが騎乗のまま箱に近づき中を確認する。


「っ!」

「どうしたの」

「来るな、セシーリア!」


悲鳴のようなシーグルの声に、セシーリアがビクリと背を震わす。


「シーグル?」


セシーリアの問いに答えないシーグルは、中身を凝視したまま微動だにしない。


なに、この状況は。


「マルケルス?」


セシーリアの声が微かに震えた。


「セシーリア、来ないでくれ……!」


その時セシーリアは初めて、これが献上品の詰まった行李でないと確信した。

驚愕した兵士の瞳。

硬直したシーグル、そして苦痛に歪んだマルケルスの顔。

だとすれば、この直方体の箱は。


「ダメだ、セシーリア」

「嫌よ」


蓋を閉めようとするマルケルスにかぶりを振ると、セシーリアは箱へと歩み寄った。

最初に見えたのは白いアマ布だった。

それから、それを巻き付けてあるものが人の身体だと気付く。

頭から足の先まで巻き付けられた布のせいで、誰だかまるで分からない。


これは……髪……髪だわ。

布の間から僅かに見えたもの……茶色に近い榛の髪。

セシーリアはこの髪の色を忘れたことなどなかった。

この髪は……この髪の持ち主は。


「オリビエは病死した。ついてはその死を尊厳し、亡骸はラティアにお返しする」


カリムの低い声が、セシーリアの身体に突き刺さった。

ああ、オリビエ。

この立派な木箱は行李などではなく、最愛の人の眠る棺であったのだ。


「畜生っ!」


シーグルは血を吐くようにこう言うと、直ぐ様馬にまたがり走り出した。


「シーグル!」


何度も馬の腹を蹴り、腰からスティーダ(両刃の長剣)を引き抜いたシーグルにマルケルスの声など聞こえない。


「セシーリア、シーグルを止めろっ!殺されるぞ!」

「ヨルマ!シーグルの援護を!」


声を張り上げたセシーリアをヨルマが眼の端で捉え、走り出した。

黒色の原野を疾走するシーグルとそれを追う大豹ヨルマに、ライゼンが眼を見開き叫んだ。


「弓を構えろっ!」

「セシーリア!」


マルケルスの声よりも早く、既にセシーリアが弓を引き絞っていた。

許さない……許さない!

頬の真横で弓を構えカリムを狙うと、セシーリアは矢を放つ。


黒色の原野に光の筋を描きながら、守護神ディーアの矢が飛ぶのをそこにいた全ての者が見ていた。

その矢は凄まじい速度でシーグルを追い越すと、みるみるカリムへと迫る。


「カリム様!」

「いいんだ、さがれ」


自衛する素振りのないカリムを側近が守ろうとするが、彼はそれを拒むと飛んでくる矢を見据えた。


「カリム様!!」

「っ!」


側近の叫び声の後、カリム皇帝の身体が前後に揺れた。


「セシーリア、カリムに矢が刺さったぞ!これが守護神ディーアの力か?!」


マルケルスが驚くのも無理はない。

矢など到底届かないこの隔たりを、守護神ディーアの弓は光のような速度で飛び、標的を射ぬいたのだ。


マルケルスの言葉とほぼ同時に、カリムの腕に刺さった矢を見たシーグルが手綱を引いた。

地に蹄をめり込ませ、嘶きながら脚を止めたシーグルの愛馬をカリムが黙視し、腕に矢を受けたまま口を開く。


「争う気はない。セシーリア女王。今から俺が話すことをよく聞いて欲しい」


そんなカリムの声を追うように、今度は彼の側近が声を張り上げた。


「ラティアの女王よ!どうか我が皇帝の言葉に耳を傾けられよ!」


よくも……よくもぬけぬけと。

腕に守護神ディーアの矢を受けながらも慌てる素振りのない皇帝カリムに、セシーリアは途方もない怒りを覚えた。

そして背中の矢筒に手を伸ばすとゆっくりと二本目の矢を構える。

カリムはそんなセシーリアを見つめたまま、静かな口調で続けた。


「人質としてイシードに連行したオリビエだが、不思議な事にオリビエと俺には友情が芽生えた。こんな形でオリビエを失うのは俺としても辛い。だからオリビエの死を期に、彼の死を無駄にしないためにもラティアと永久不可侵条約を結びたい」

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