残酷な結末《3》
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「さすがだな、うちのハヤブサは」
マルケルスがハヤブサの持ち帰った手紙の日付を確認すると、片方の唇の端を引き上げた。
わずか十三日にして、イシード帝国に潜入している密使のハヤブサがラティア城に到着したのだ。
「セシーリア、手紙を読め」
「うん」
アンリオンがハヤブサを肩に乗せたままセシーリアの手の中の手紙を見つめると、シーグルやマルケルスも唇を引き結んだ。
セシーリアは小さく喉をコクンと鳴らし、マルケルスから渡された密使の手紙をゆっくりと広げる。
今更怯えることなどないわ。
地獄なら見た。
大切な人々を殺され、さらわれ、王都を焼かれた一年前、もう既に見たのだ。
セシーリアはクッと唇を噛むと、手紙の文字に視線を落とした。
……!
「セシーリア?セシーリア、平気か?」
シーグルの声にセシーリアは反応できなかった。
パタリとセシーリアの左腕が下がり、それと同時に手紙が指の間をすり抜ける。
マルケルスは素早く手紙を拾い上げると、書かれている文字を眼で追う。
「なんと書いてあるんだ」
そんなマルケルスにアンリオンが近付き、手紙の中を覗き込む。
「……」
「マルケルス!」
真っ青なマルケルスに辛抱ならず、アンリオンは声を荒げた。
その声にようやくマルケルスが瞬きをし、息を吸い込む。
「……イシード帝国が……カリム皇帝がこちらに向かっているそうだ」
カリム皇帝が……!
マルケルスの掠れた声に全員が絶句し、立ち尽くした。
ここにいる全員が、ラティアに向けてカリム皇帝が出立するなどひとつの理由しか想像できなかった。
「侵攻する気か?!兵の数は?!」
「分からない。書いてない」
「受けてたつぜ!!」
アンリオンが軍議塔の石壁を拳で殴り、ニヤリと笑った。
「ダメだ!やっと新路が出来たばかりだぞ?!まだガムズ河の底堀りが残ってる!」
冷や汗を滲ませたマルケルスが小刻みにかぶりを振る。
その時であった。
「行くわよ、みんな」
重苦しい軍議塔の空気を、セシーリアの声が一掃した。
「マルケルス。戦いが突然やってきてもなんの不思議もないでしょ?ガムズ河の底堀りはギリギリまで進めればいいわ。それよりイエルド殿に伝令を。イシードを討つわよ」
シーグルがセシーリアを見つめるも、その顔には何の表情も浮かんでいない。
「これよりラティア軍はイシード帝国に出陣する。カリムの首を取るわ!」
徐々に落ち着きを取り戻したセシーリアは、マラカイトグリーンの瞳をキラリと光らせた。
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慌ただしく出兵の準備が進められ、二時間後には第一軍が出陣した。その数一万である。
そしてそれよりもひと足先を走るのがセシーリアとマルケルス、それにシーグルであった。
「セシーリア止まれ!もう50マイルは走ってる。馬を替えるぞ」
「わかった」
ラティア国内には至る町に替え馬隊が存在する。
「イシード帝国が国境に辿り着くには間に合わないだろうが、なんとかライゼン軍と国境警備隊が足留めするだろう」
イシードとの国境から一番近い主要都市はエシャードである。
マルケルスは馬の首を軽く叩いて労うと、手綱を馬丁に渡した。
「いいえ。間に合わせるわ。イシードは私達がこんなに早く動いているなんて露ほどにも思っていないはず。馬を替え、寝ずに走ると間に合うわ」
「ダメだ!無茶はするな」
「お前が潰れたら元も子もないなだろう」
シーグルとマルケルスが口々にこう言ったが、セシーリアは首を横に振った。
それから新しい馬にまたがると手綱をさばいて馬の頭を返す。
「私は潰れないわ。カリムを討ち、オリビエをとり戻すまでは潰れたりしない」
「待てよ、セシーリア。それならなおの事、」
なだめるシーグルに耳を貸すことなくセシーリアは馬の腹をクッと蹴り、走り出した。
「もう覚悟は出来てる。今がその時よ。行くわよ!」
マルケルスとシーグルは一瞬だけ顔を見合わせると、諦めたように手綱をさばいた。
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最低限の休憩しか取らず、セシーリア達は馬を替えながら進んだ。
その結果、僅か七日でエシャードに到着するという偉業を成し遂げたのだった。
「ギルーザ様!セシーリア女王陛下がご到着なさいました!」
城門兵から連絡を受けた大臣ケルグがギルーザ・エシャードにこう告げると、ギルーザは力強く頷いた。
「ケルグ、この短時間でエシャードに到着したということは、セシーリア様はさぞやお疲れに違いない。気付け薬を用意してくれ」
「ハッ」
ギルーザはケルグの黒い瞳を見据えると、意思の疎通を確認して立ち上がった。
何をおいてもまず、セシーリア女王陛下を休ませねばならないとふたりは思った。
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「行くわ、今すぐライゼンの軍に合流する!」
「ライゼン殿の兵は既に国境警備隊と合流し、ガムズ河の東に待機している。お前はまだ行かなくていいから休め」
「嫌よ!カリムの姿がこの眼に映ると同時に射殺してやる。そしてオリビエを取り戻すのよ」
徐々に平静を保てなくなっているセシーリアを目の当たりにし、マルケルスとシーグルは素早く視線を交わした。
それからマルケルスが出来るだけ穏やかな口調でセシーリアを諭す。
「セシーリア。もうじき日が沈む。ライゼン殿の軍には明日、俺が合流する。今お前に必要なのは十分な休息だ」
「私は疲れてなんかないわ!今すぐにでも、きゃあっ!」
「しつこいんだよ、お前は」
埒があかないこの状況にシーグルはイラつき、舌打ちをすると素早くセシーリアを抱き上げた。
「誰か女王に部屋を」
「こちらにご用意できております」
ギルーザの侍従がシーグルの先を小走りで進む。
「降ろして!降ろしなさい、シーグル!!ヨルマ!ヨルマ、助けてっ」
いつ何時でもセシーリアを守る大豹ヨルマが、この時ばかりはシーグルを見つめたまま地に伏せて動かない。
シーグルの味方をするヨルマを諦め、セシーリアは再び叫んだ。
「シーグル、降ろさない!」
「ああ、降ろしてやるよ」
「っ!」
通された部屋の寝台にセシーリアを放り出すと、シーグルは彼女に覆い被さりその両手首を掴んだ。
「どきなさい、シーグル!」
「ダメだ」
榛色の瞳に強い光を宿し、シーグルは至近距離からセシーリアを見据えた。
「俺がどうしてお前の傍にいると思ってるんだ」
低く静かな声に、セシーリアは胸を突かれる。
それからあの日……シーグルが城を出る直前、バラ園で交わした言葉が蘇る。
『今はまだ、セシーリアを兄さんに預けておく。でもいずれセシーリアは俺が守る。兄さんよりも強くなって』
「シーグル」
「お前の事は俺が守る。それは四年前から……いや、もっと前からずっと変わらない」
「シーグル、」
力強かった眼差しが次第に切なく変化し、シーグルは僅かに両目を細めた。
「俺がお前を守る。お前が誰を好きでも」
「シーグル、待って、」
「ダメだ、待たない」
セシーリアの手首を束ね持つ手と反対の手で、シーグルが自分の腰袋を探る。
すぐにギルーザから手渡された睡眠薬が指に当たった。
それを見たセシーリアがシーグルを睨む。
「嫌よ、シーグルやめて!嫌いになるわよ」
「……嫌われてもいい。お前のためなら」
素早く小瓶を開けて口に含むと、シーグルは頬を傾けた。
腹の上に乗られ、セシーリアはどんなにもがいても逃れることができない。
「シーグ……」
端正なシーグルの顔が近付き、すぐに何か甘い液体がセシーリアの口内に充満した。
飲めば国境に向けて出発出来ない。
なのに強烈な疲労感と空腹がセシーリアを支配し始め、甘い甘いこの味に抗えない。
ああ、オリビエ。
コクンと喉を鳴らすと、徐々にセシーリアの身体から力が抜けていった。
そんな彼女を感じて、シーグルが唇を離す。
長い睫毛に縁取られたマラカイトグリーンの瞳が、瞬きもせずシーグルを見つめた。
『ごめん、セシーリア』
榛の瞳がこう告げた気がして、セシーリアは諦めて眼を閉じた。
それから、こぼれるように言葉が漏れる。
「シーグル。ひとりにしないで。傍にいて」




