残酷な結末《1》
蜜蝋に灯された橙色の炎が、薄暗い地下牢に座るルルド王子の頬を頼りなげに照らしている。
その様子がよりルルド王子の雰囲気に影を落とし、それを見たシーグルは溜め息をついてスティーダを腰に収めた。
「生かしておいても特にならない命だ。分かったら今ここで始末しておいた方が懸命というもの」
「さっきから聞いていれば、あなたは子供のクセにやけに人生を諦めているのね」
マラカイトグリーンの瞳が真っ直ぐにルルドを捉え、ルルドはその潔い輝きに胸を突かれた。
「……生まれ落ちた時から……私に希望などなかった」
「だったら聞いて」
セシーリアは一旦言葉を切ってルルド王子に近付くと、視線を合わせて再び口を開いた。
「この度の内戦は王弟とラティアの利害が一致した結果。綺麗事は言わないわ。ルルド。今死んでもいいと思うなら、明日、このラティアに生まれなさい」
「ラティアに……生まれる?」
ルルドが呟くように言うと、セシーリアは僅かに頷いた。
「そうよ。このラティアに生まれて、皆に愛されて幸せに生きるの。でもそれが嫌なら……私はあなたを追わないわ。この牢の鍵は開けておくからどこにでもお行きなさい。じゃあね」
言うなりセシーリアは踵を返した。
ヨルマがしなやかに身を翻すとセシーリアに続く。
「おい、セシーリア」
「行くわよ、シーグル」
シーグルが参ったという風に頭を振り、再び溜め息をつく。
「待て、女王の護衛兵よ」
「あー?」
護衛兵と呼ばれて思わずムッとしたが、ルルドはれっきとした皇族であり、そう呼ばれても仕方がないとシーグルは思い直した。
「なんだよ、ガキ」
シーグルが肩越しに振り返ってルルドを見ると、彼は『ガキ』と呼ばれて腹を立てる様子もなく、シーグルに問いかけた。
「女王の言葉は……誠か?本当に私がこのラティアを取れば……私は愛されるのか」
「……」
まだあどけない顔立ちから発せられるその言葉に、シーグルは僅かに目を細めた。
この眼は……見覚えがあった。この眼は……そうだ。
セシーリアだ。セシーリアは昔から時折こんな眼をしていた。
本人は気付いていないかもしれないが……。
いや。ルルドの命を助け、第二の人生を与えようとするのだからどこか自分と重なって見えているのかもしれない。
シーグルは小さく息をつくと牢の中に入り、ルルドに向き直った。
「アイツは嘘なんかつかない。お前次第だよ、ルルド王子。あ、そうだ。もしもお前が明日ラティアに生まれたら」
ルルドが恐る恐る問う。
「……生まれたら……?」
子供らしい一面に、シーグルの唇に笑みが浮かぶ。
「明日、お前がもしもラティアに生まれたら、お前は俺の弟だ。思い切り可愛がってやる。だがもうルルド王子とは呼ばないからな」
ルルドの髪をくしゃりと乱暴に撫でると、シーグルは踵を返した。
「じゃあな、ルルド王子」
目眩がしそうになり、ルルドは後ろに手をついて眼を閉じた。
セシーリアとシーグルの言葉がグルグルと頭の中を巡る。
『明日、このラティアに生まれなさい。このラティアに生まれて、皆に愛されて幸せに生きるの』
『明日、お前がもしもラティアに生まれたら、お前は俺の弟だ。思い切り可愛がってやる』
セシーリアの真っ直ぐな瞳と、シーグルの優しい笑顔。
みるみるうちに、ルルドの身体が熱をおび始める。
一人残された牢の扉はセシーリアが言うように開け放たれていて、一人として看守の姿が見えない。
ルアス帝国に生まれ落ちてから約十年あまり。
腫れ物のように扱われる日々と、まるで自分を道具のように見る父の眼差し。
皇族の血が流れていることだけが自分の価値だった人生。
「生まれよう、ラティアに」
ルルドは囁くようにこう呟くと、ゆっくりと眼を閉じた。
****
「遅いっ!」
「うわあっ!」
ザリッという音と共に、武術練習場の地面にルルドが倒れた。
仰向けに倒れたその喉元に、シーグルの突き下ろしたスティーダの切っ先が迫り、ルルドは眼を見開いて息を飲む。
「ま、まいった」
「まいった?!参りましただろーがっ!」
太陽を跳ね返したスティーダがギラリと光るものの、逆光でシーグルの表情は見えない。
「ま、いり……ました」
「よし」
ルルドはあまりの疲労に眼を閉じ、その力の抜けた手のひらからスティーダが砂に落ちた。
それからゆっくりと退くシーグルの気配を感じ、思い切り息を吸いこむ。
先程まで燃えるように熱かった身体が、爽やかな風に撫でられ心地よい。
疲れ果てたものの爽快感が全身を包み、すぐにでも眠れるような気がした。
「いつまでひっくり返ってるんだ。起きろ」
その時である。
「シーグル!」
練習場の入り口付近からよく響く澄んだ声が響き渡り、シーグルはギクリとして一瞬動作を止めた。
その声を聞いたルルドが身を起こすと、たちまち甘えた声を出す。
「セシーリア!」
駆け寄るセシーリアよりも早く、ヨルマがルルドの元に到着し、その頬を舐める。
「ヨルマ、息が出来ないよ」
そう言いつつもルルドは、喉を鳴らす大豹に喜びを隠せない。
そんなルルドを見て、シーグルはケッと横を向いた。
「猫にまで好かれやがって。ガキは得だよな」
「シーグル!子供相手にやり過ぎよ!大人げないわ!」
ようやくふたりの元まで来たセシーリアが、シーグルを見上げて続けた。
「あんな風に後ろから両足をすくうなんて、頭を打ったらどうするのよ。あなたとは鍛え方がちがうのよ」
するとシーグルはあからさまに嫌そうな顔をしながら、腕組みをして答えた。
「実戦じゃこんなの当たり前なんだよ。両足すくわれて転倒した後にどう身を守るかを練習で身に付けなきゃダメだ。まごついてると心臓をひと突きされて死ぬ。お前はこいつが死んでもいいのか」
するとセシーリアがシーグルの逞しい腕を拳で叩きながら言い返した。
「バカね!ルルドを戦場に出すわけないでしょ」
その時だった。
「どうして?!」
立ち上がったルルドが、セシーリアを見上げる。
「セシーリア、僕だって戦いたい。だってもう僕、ラティア人だよね?!」
「ルルド」
ルルドはセシーリアの言葉を遮り、眉を寄せて続けた。
「僕がラティア人として生きていくと決めてから、もう三ヶ月が経った。この三ヶ月を一度も後悔した事なんかない!僕はもうラティア人だ」
黒目がちのルルドの瞳が不安に揺れているのを見て、セシーリアは首を横に振った。
「あなたはまだ子供よ。戦いになど出る歳じゃないわ」
そう言いながら地に膝をついてルルドの目線に合わせると、セシーリアは少し微笑んだ。
「ルルド。私はあなたに死んでほしくないの」
「子供でも僕は男だ。僕がセシーリアを守る!」
なんだと?!
思わず目を見開くシーグルの前で、今度はセシーリアがルルドを抱き締めた。
「私もあなたが好きよ、ルルド」
「じゃあ、僕と結婚してくれる?」
「こら!ろくにスティーダも使えねぇガキの分際で女王に求婚なんざ百年早いんだよっ」
するとルルドは瞳に反抗的な光を宿し、敢然と言い返した。
「僕はこれから絶対に強くなる!それに僕はルアス帝国の元王子だ。身分的には釣り合ってる」
「はあっ?!」
互いにバリバリと睨み合うシーグルとルルドを見て、セシーリアは半ば呆れながらも笑った。
「さあルルド。とにかく今は宮殿に帰って汗を流してきて。お昼からは馬術でしょう?」
「……分かった……じゃあ行くよ」
侍従に連れられて練習場から出ていくルルドの後ろ姿を見ながら、シーグルは忌々しげに毒づいた。
「生意気なガキだぜ」
セシーリアは真上に近づきつつある太陽を感じながら、小さな声で言った。
「あの子……早く認めてもらいたいのよ。戦場で手柄をたてて、本当のラティア人として皆に認めてもらいたいんだわ」
「……」
「それに小さな頃のあなたにそっくり」
「っ……」
セシーリアがクスリと笑うと、シーグルは決まり悪そうに目をそらした。
そんなシーグルに抱き着くと、セシーリアは静かな口調で続ける。
「シーグル。あなたは逞しくなって戻ってきてくれた。感謝してる」




